作品タイトル不明
306.夜のひと時
「やっぱり、お風呂に入ると時間が遅くなるわね」
「ヒノキのお風呂なんて初めてだったよ! すごかったねぇ!」
夕食を終え、ひと遊びしてからの入浴。
ここからもう一度『星屑』にログインとなると、時刻は深夜に及ぶことになる。
くつろぐ三人。
合宿初日は、ここで一息といった雰囲気だ。
「はい、できたわよ」
「わあ、レンちゃん上手ーっ! ありがとーっ!」
戻ってきたつばめの部屋。
可憐は手にしたドライヤーでさつきの髪を乾かし終えると、その肩にポンと手を置いた。
肩ほどまでのさつきの髪は、サラサラのツヤツヤだ。
「はい、次はツバメね」
「え……あ、私もいいのでしょうか」
まさか自分もとは思わず、つばめはかしこまる。
「ほらほら、ツバメちゃん」
さつきが手を引き、イスに腰を下ろさせる。
「お、おねがいします」
可憐はドライヤーとクシで、つばめの長い黒髪を上手に乾かしていく。
「ツバメちゃん、髪長くてきれいだねー」
「本当ねぇ」
「あの……今日はバタバタしてしまって申し訳ありませんでした」
「皆ツバメのこと心配してたんでしょうね……いい意味で」
「すっごく楽しかったよ!」
とにかく大量の料理と、冷蔵庫からあふれんばかりのスイーツ。
そして父に至っては、仕事の予定を変更してまで『つばめの友達を見るために帰る』と言い出したらしい。
『こいつ今夜も儀式をやる気か?』と、悪い意味で心配されていた自分のことを思い出して、可憐は苦々しい顔をする。
「レンさん、すごく慣れていますね」
クシを上手に使い、ドライヤーを動かしながら、つばめの長い髪をまとめていく可憐。
「昔はよく、香菜にやってたんだけどね」
「うちはお兄ちゃんしかいないので……こういうことはしたことがなくて。少し……憧れていました」
「分かるよー」
目の前には、にこにこと笑うさつき。
後ろには丁寧に髪を梳く可憐。
仲の良い三人姉妹のような光景だ。
つばめは二人に見守られている恥ずかしさとうれしさで、少しそわそわ。
「さすがの運営も、この瞬間は撮影できないわね」
「でも、あの運営さんならこういう瞬間も狙ってきそうだよっ」
運営からギネスの賞状を送られたことを思い出して、さつきは笑う。
「まさか……ツバメのお母さんがカメラを持っていたのは……」
「あはははは、そうだったら面白いね!」
「まさかの展開です」
運営からはすでに、次の写真を撮るよう頼まれていたつばめ母。
そして当たり前のように次の広報誌の表紙になっている三人。
そんな展開を想像して、笑い合う。
「はい、できたわよ」
「おおーっ! ツバメちゃん綺麗だねー!」
「やっぱり、最後は冷風でまとめるのがコツね」
可憐は得意げにドライヤーを構えてみせる。
つばめの髪は、目を引くほどに艶やかに仕上がっていた。
さつきも「おおーっ」と思わず顔を近づける。
「あ、あの、レンさん……ありがとうございます」
さつきに見つめられて、照れるつばめ。
きれいな長い黒髪を揺らして振り返ると、うれしそうにほほ笑んだ。
「え……ええ」
そんなつばめの笑顔に、可憐は思わず目を奪われてしまうのだった。
◆
「さて、それじゃもう休みましょうか。明日は朝から冒険ね」
「はいっ」
「がんばりますっ!」
電気を消して、三人並んで目を閉じる。
つばめ母は「居間に布団を三枚重ねで寝てもらいましょう」と、いよいよどうかしている提案をし始めたが、つばめがこれを冷静に却下。
つばめの部屋で一緒に就寝することになった。
あっという間の一日目が終わり、静まり返る部屋。
「……ホワイトパンサーと戦った時の赤い目」
ほどなくして、可憐がつぶやいた。
「あれって、最初に王都を破壊しに来たドラゴンもそうだった気がする。今にして思えば、あの時点で『薬』と地下へのヒントが出てたのね」
「ホワイトパンサーのクエスト自体が、大きな展開への道筋だったのにも驚きました」
「あの暗い地下の先には……何があるんだろうね……っ」
「暗くて深い地下に捕らえられた魔獣たちと、力を求めて暗躍する組織。王の子を取り戻すため、王都に迫り来る魔獣たち……」
「今ごろ従魔士さんのパーティは、仲間を集めて地下攻略に向かっているのでしょうか」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ちょっとだけ……地下をのぞいてみてもいいかもしれないわね」
「そ、そうですね。ちょっとだけならいいかもしれません」
「30分だけならいいんじゃないかな?」
「そうよね。30分だったら大丈夫よね」
「はい、30分だけなら問題ないと思います」
「「「…………」」」
三人は同時に起き上がり、即座にヘッドギアに手を伸ばす。
そして、30分だけのつもりの地下攻略を開始するのだった。