作品タイトル不明
234.雪山と野生児
「それっ」
黒のコートを着込んだ銀髪の少女が、加速の勢いに任せて宙を舞う。
コース上に着地したレンは一直線。
そのままゴールに滑り込んだ。
「これ、気持ちいいわねぇ」
思わず感動する。
青い空に浮かぶ太陽。
陽光を反射するまぶしいほどの雪渓を、風を切って滑り降りるのはとにかく心地よい。
そのうえゲーム側のアシストによって、身体の角度が一定以下にならない限りは転ぶこともない。
各所に置かれたジャンプ台も、跳べば気持ちよく着地できるようになっていて、ただ滑っているだけでも十分楽しめるミニゲームになっている。
タイムも良く、見事に『銅』ランクの結果となった。
「【加速】【リブースト】」
続いて降りて来たのはツバメ。
コーナーを最短距離で曲がり、最後の直線に姿を現した。
直角にほど近い角度でのターンは、【リブースト】ならでは軌道だ。
「【加速】【リブースト】」
最後の直線を、同一方向への二段階加速をすることでラストスパート。
ブレーキをかけ、雪を巻き上げながら停止した。
「すげえ……」
「新顔だよな? やるなぁ」
すぐさま『銀』ランク上位のタイムを叩き出したツバメに、自然と付近のスノーボード大好きプレイヤーたちから声が上がる。
「ツバメ上手じゃない」
「移動系スキル持ちには、かなり色々できる仕様になっていますね」
そう言ってツバメは楽しそうに笑う。
普段表情の薄いツバメの素直な笑みに、レンも思わずほほ笑みかける。
スキルを用いなくとも、規定タイムのクリアは練習次第で可能になるこのミニゲーム。
上手にスキルを使えば、初心者でもそれなりに結果が出せる。
ただし、コース記録に挑戦しようと考えると一気にスキルの組み合わせが重要になってくる。
上位勢は皆、このミニゲーム用にスキルを組み直して挑んでいるほどだ。
「メイさんも来ましたね」
「……なんか、雪まみれね」
スーッと、ものすごく普通の感じで降りてきたメイ。
タイムも、レンより十秒以上遅い。
意外な展開に、思わず二人は顔を見合わせる。
「楽しかったよー! 色々試してみちゃった!」
それでもメイは、いつも通りにこにこと楽しそうな笑顔を向けてくる。
ブルブルと身体を振って毛皮に着いた雪を払うメイをそっと止め、手で払うレンとツバメ。
最初は三人で、数回ほど試し滑りをした。
他プレイヤーと同じ空間にはいるが、接触しないシステムになっているため、ぶつかることはない。
メイはすぐに順応し、スノーボードという初めての経験に夢中になっていた。
「もう一回行こうよ!」
三人はコース下のポータルを使って、山の中腹へと戻っていく。
「それにしても……5秒差って結構すごいわね」
『金』ランクに届こうかというツバメですら、コースレコードにはそれだけの差をつけられている。
「どんなスキルを使っているのでしょうか」
「これまでの最速は、長距離加速スキルで常時高速の状態を維持、コーナーを移動攻撃スキルで攻めることで出したものみたいね」
「移動スキルは、ミニゲーム用の仕様に変更されるのが面白いですね」
このミニゲームは、ステップ系や突進系のスキルが『ブースト』の役割を持つ。
そしてその効果は、スキルによって少しずつ違っている。
「これもうムリだろ……」
「こんだけ攻めても1秒以上差がついてんだもんなぁ……でも、長距離加速ってめったにないスキルだしなぁ」
「かといって長距離スキルだけじゃなく、途中で勢いを落とさずターンできるスキルも必要だろ。もう二年も更新されてないだけあるよな」
記録狙いのプレイヤーたちから聞こえてくる声。
上位勢の名前は、長らく更新されていないようだ。
そんな中を、やって来たメイたち。
滑り出すレンに続いて、ツバメも見事なターンで後を追う。
「お、なかなかいい感じだな」
二人の滑りを見て、感嘆するスノーボードプレイヤーたち。
「…………なんだあの子は」
そんな二人に続いてやって来たのは、目深にフードをかぶり毛皮のマントを羽織った一人の少女。
「よーし、わたしもいきますっ!」
大きく伸びをして、景色を眺めながら深呼吸。
それからゆっくりと、メイは滑り出す。
スタートは皆と変わらない。普通の滑降だ。
「【装備変更】 【バンビステップ】!」
急な角度に大きな凹凸。
最初の難所を、フードの中で頭装備を変更したメイは、見事なターンで滑り降りる。
その速度は下がるどころか、まるで直滑降かのように上がっていく。
見事、最高速のまま最初の難関を降りきってみせた。
「おおー、ありゃすげえな!」
「かっこいいー!」
毛皮マント少女の華麗な滑りに、歓声を上げるスノーボードプレイヤーたち。しかし。
「お、おい、そろそろ減速しないと危ないぞ」
最高速のまま滑降していくメイの姿に、わずかにざわめきだす。
「速度を出し過ぎだ!」
「ありゃコースアウトだなぁ」
このままではコーナーを曲がり切れない。
そうなれば、待っているのはコースアウトのみ。
誰もが「あちゃー」と息をつく。
「せーの、それっ!」
しかしメイはコース外に投げ出された後、並ぶ木の幹をその腕でつかんだ。
そしてそのままグルンと一回転して、難なくコースに復帰した。
「はあ!? なんだあれ!?」
「あんなコーナーの曲がり方見たことねえぞ!」
予想をはるかに裏切るターンの仕方に、驚くスノーボーダーたち。しかし。
「……ここまで、最速記録できてないか?」
「マジかよ!」
その言葉で状況が変わる。
「いけいけ、このまま記録を更新しちまえ!」
2年も変わらずきた上位者一覧に飽きていた面々が、応援の声をあげ始める。
するとメイは、『ささくれ』のような形状の丘陵の側部に向かって一直線。
「お、おい、今度はどうするつもりだ!?」
「このままじゃ壁にぶつかるぞ!」
本来はこの急な丘を最終コーナーとして、迂回していかなければならない。
しかしメイはそのまま、丘陵側部の前に積まれた小さな雪山に向かって直進。
「せーのっ【ラビットジャンプ】だーっ!」
小山を足場にして、スキージャンプかと思わせるような大跳躍を繰り出した。
「な、なんだあれ! すげーっ!」
「うおおおおおっ!」
「【アクロバット】!」
その高く長い跳躍に驚くスノーボーダーたちの前で、空中で二度の縦回転。
メイは大幅なショートカットを成功させて、雪を宙に舞わせながら見事な着地を決めた。
「い、いけー! いっちまえー! 毛皮マントー!!」
「記録更新を見せてくれーっ!」
記録に挑んでいたプレイヤーたちも、滑ることをやめて拳を突き上げる。
「もしかしてさっき、メイが雪まみれだったのって……」
本来迂回するべき崖を、大きなジャンプで飛び越え着地したメイに唖然とするレン。
「あっちこっち『試して』いたからですか……」
歓声の中、メイはそのままゴールへ一直線。
「ああーっ! 楽しかったーっ!」
最高にアクロバティックな滑りを見せたメイに、歓声をあげるスノーボードプレイヤーたち。
記録はこれまでの最速を、7秒も上回る異次元タイム。
毛皮のマントをなびかせて雪上に立つ謎の少女に、自然と視線が集まる。
「ありがとうございますっ!」
周りのプレイヤーたちに応援された毛皮マントのメイは、フードを取ってあいさつしようとする。
「はいストップ」
うっかり顔を出してしまうところを、遅れてきたレンが止める。
そしてそのままメイの手を振って、歓声に応えてみせたのだった。
◆
「毛皮マント、一体何者だったんだろうな……」
「すごい滑りだったよな」
「最高でしたね!」
目前で記録更新を見たスノーボードプレイヤーたちは、いまだ興奮の中にある。
「楽しかったねー!」
「ええ、本当ね」
「良い時間でした」
十分にミニゲームを楽しんだメイたちは並んで座り、ウェーデンの街を見下ろしていた。
「記録に残す名前を、自分で決める形で良かったですね」
「古いゲームセンターみたいだったわね」
今回メイは、レンの提案で記録者のネーム欄に『EMI』と文字を入れ替えて打ち込んだ。
これなら毛皮マントの正体がメイだと気づく者は、そういないだろう。
「でも、まさか記録更新の賞品が『これ』とはねぇ」
さすがに笑ってしまう。
「予想外の展開です」
レンとツバメがもらったのは、ちょっと便利な消費アイテムといった感じだった。
対して記録更新のメイが手に入れたのは、雪の上ならどこでも使えるアイテム『スノーボード』
ただし、メイ仕様の原木一枚削り。
「レンちゃんとかツバメちゃんのやつで良かったのに……」
老舗和食店のテーブルに使われていそうなその雰囲気に、メイは「むむむ」と唸る。
そしてツバメとレンは確信した。
「メイは雪山でも、問題なく力を発揮するのね」
「雪が降ろうが積もろうが、関係ないようです」
並んで笑うレンとツバメ。
一方スノーボーダーたちは2年ぶりの記録更新と、ショートカットの可能性に盛り上がっている。
メイが行ったショートカットは、高速移動スキルと跳躍スキルを使えば、規模は小さくなるものの再現可能。
『毛皮ショートカット』という愛称で、ミニゲームプレイヤーたちに本格研究されることになったのだった。