軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93 大切なもの

Sランク冒険者、アーノルドは一人でも多くの仲間を救おうと必死だったと述懐している。

回復担当として、回復薬を多く持っていた彼がそれを見たのは、懸命に周囲の負傷者の手当に当たっていたときのことだった。

「…………なんだ、あれ」

規格外の怪物に対し、一人で立ち向かう小柄な魔法使い。

その常軌を逸した術式起動速度を呆然と見つめる。

とても人間業とは思えない。

いったい何をどうすればあんな芸当が……。

容易には受け止められない光景から彼を現実に引き戻したのは周囲に横たわる負傷者だった。

今すべきは、一人でも多くの仲間を救うこと。

彼女が時間を稼いでくれている。

総崩れになった戦線を立て直すことができれば、この絶望的な戦況にも希望があるかもしれない。

(頼む。一秒でも長く耐えてくれ)

一人の重傷者が意識を取り戻したのはそのときだった。

回復魔法による応急処置によって命に別状はないものの、戦闘続行不可能なダメージを受けている魔法使い。

ルーク・ヴァルトシュタイン。

たしか、あの彼女と一緒に攻略組に入ってきた王国で話題の天才王宮魔術師。

ルークは怪物と戦う彼女を見て瞳を揺らしてから言う。

「回復薬をください」

アーノルドはうなずく。

戦闘続行は不可能な重傷だが、意識が戻ったなら自力で安全確保ができるくらいまでは回復しておいた方が良い。

一際ダメージが大きな右膝と右肩にポーションをかけ、彼は立ち上がる。

しかしうまくいかない。

力が入らないのだろう。

バランスを崩し、倒れ込む。

「無理に立たない方が良い。彼女が時間を稼いでくれている間に距離を取って――」

言いかけて、アーノルドは息を呑んだ。

「君、何を……」

「行かなきゃいけないんです」

蒼い瞳。

信じられない言葉に、アーノルドは彼を制止する。

「ダメだ。とても戦える状態じゃない」

額に浮かぶ大粒の汗は想像を絶する痛みが彼を襲っていることを示していた。

当然だ。

まともに動けるような怪我ではない。

なのに、再び立ち上がろうとして彼は倒れ込む。

それでもあきらめない。

動かない自分の身体を苦々しげににらみ、魔法式を起動する。

自身の身体に炸裂する電撃。

突然の自傷行為に困惑していたアーノルドは、その意図に気づいて絶句する。

「まさか、さらに強い痛みで感覚を麻痺させて……」

治療とはとても呼べない無茶苦茶な対処法。

「やめるんだ。そんなことをすれば君の身体がどうなるか」

「もっと大切なものがあるんです」

傷だらけの身体を引きずり、ルーク・ヴァルトシュタインは戦場へ向かう。

決意と覚悟を込めて言った。

「今、あいつの隣で戦えないなら、僕の人生なんて今日まででいい」

◇ ◇ ◇

『ねえ、ルークは進路どうするの?』

そんな風に彼女に聞かれたのは、最上級生になった春のことだった。

王宮魔術師になる。

そう答えたルークに彼女は言った。

『マジか……さすが天才様』

自己評価が周囲とずれている彼女は、そんな風にびっくりしていて。

君も絶対なれるから、と強く勧めた。

『……そこまで言うなら私も目指してみようかな』

おずおずと放たれた言葉に、僕が内心拳を握っていたのは言うまでもない。

公爵家に生まれた僕と平民の彼女。

卒業すれば、今みたいに一緒にいることはできなくなる。

だけど、王宮魔術師として同僚になればもしかしたら――

『二人で一緒にお仕事とかできたらいいよね。話題の二人組って感じで大活躍みたいな!』

そんな甘く淡い未来を誰よりも僕が望んでいた。

立場が違う僕らが一緒にいられる可能性なんて考えたくないほど低くて。

それでも、傍にいたかった。

二人で競い合いながら試験勉強をして、『君たちなら絶対に合格できる』とお墨付きをもらって拳を打ち合わせて。

だけど、入団試験の日、彼女は会場にいなかった。

『お母さんが倒れちゃったんだって。だから――』

試験には首席で合格した。

入団してからも、ずっと一番だった。

絶対負けないって邪魔してくるあいつはもういない。

そのとき、気づいたんだ。

家柄も地位も名声も僕にとっては何の意味もなくて。

すべてを捨てたって構わない。

ただ、君の傍にいたい。

僕の魂が望んでいるのはそれだけなんだって。

だから力尽くでつかみ取った。

手段を選ばず、つなぎ止めた。

君の隣にいられる時間を。

いつか終わりが来る今の関係。

望んだ結果にはならないかもしれない。

わかっている。

だからこそ、手を伸ばすんだ。

一秒でも長く君の隣にいるために。

考えろ。

先を読め。

自分のすべてを使って勝てる道筋を探せ。

できるのは今しかない。

今しかないんだ。

ルーク・ヴァルトシュタインは力を振り絞る。

痛みなんてもう忘れている。