軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

251 適応と跳躍

「やめておけ。お前は我に勝てない。そう理解できるだけのものを既に見ているはずだ」

【竜帝】は冷ややかな声で言った。

「お前は同胞を守ろうとした。だが、一人も守ることができなかった。力の差は明白だ。お前にできることは何もない」

「先ほどまでの私はそうでした。でも、今の私は違います」

「愚かしい。人間とはここまで学ばない生き物なのか」

軽蔑したような顔で【竜帝】は言う。

「ならば教えてやろう。死を以て愚かさの対価を払うが良い」

次の瞬間、【竜帝】は私の右耳の後ろ側に浮いている。

放たれる横薙ぎの一閃。

音を超える速度で放たれたその空間に既に私はいない。

攻撃をかわして左下に回り込んでいる。

《 烈風砲(ウィンドブラスト) 》

圧縮した風の大砲で側頭部を撃ち抜く。

最大出力の一撃に、【竜帝】はよろめき、バランスを崩した。

「先ほどより速い、か」

【竜帝】は淡々とした口調で言う。

地面を蹴る。

瞬間移動のようなその速度がさらに増す。

「だが、これはどうだ」

先ほどまでのそれより早い一撃。

だけど、その一閃の先に私はいない。

見えている。

剣聖さんのときに一度、放っていた攻撃だったから。

放たれる前から魔法式を起動している。

カウンターで放つ圧縮した風の大砲。

【竜帝】の身体が激しくたわむ。

バランスを崩して中空で静止する【竜帝】に向けて、追撃する魔法式を展開したそのとき、感じたのは自分のものでない魔力の気配だった。

魔法式が足下で展開する。

《 多重詠唱(マルチキャスト) 》による《 魔力増幅(エンハンス) 》、《 魔力強化(マナブースト) 》、《 魔力自動回復(マナチャージ) 》の補助魔法。

私のそれよりも起動速度は遅くて、だけど的確で出力が高い。

(レティシアさん――!)

壁にぶつかって頭から血を流しながら、それでもありったけの魔力を込めて補助魔法をかけてくれている。

身体が軽い。

考える前に、勝手に反応している。

無数に展開する魔法式。

《 風刃乱舞(エアレイドストーム) 》の魔法式が空間を埋め尽くすように展開する。

満開の桜が舞うように、無数の刃が【竜帝】の身体に殺到する。

「撤回する。貴様は愚かではなかった」

静かな口調で【竜帝】は言った。

「ならば、我も加減せずにお前に対するとしよう」

【竜帝】の魔力圧が花びらの刃を吹き飛ばす。

ただ魔力圧をぶつけるだけという、初期の魔法以前の原始的な戦い方。

人外種の人智を超えた魔力量だからこそできるこの技術を私は既に知っていた。

【竜帝】と同じ三魔皇の一人に数えられる【精霊女王】エヴァンジェリン・ルーンフォレスト。

あの人のことを自分より優れた魔術師として目で追っていたからこそ、対応の方法もわかっている。

身体が自然に反応している。

私は背後に回って攻撃をかわしている。

経験がリンクする。

自分の奥深くにある閉じていた扉が開いていく感覚。

【竜帝】の攻撃が鋭さを増す。

同時に、私の動きも速くなった。

状況判断能力による行動予測。

肌で感じる風を利用した空間把握。

全身が目の前の状況に適応し、最適化される。

導かれるように身体が動いている。

自分でもどうやったのかわからない本能と直観による反応。

攻撃が当たると確信して、がら空きの側頭部に向けて全力の風魔法を放つ。

三度目の風の大砲は目の前の状況に最適化されて、今までよりもすさまじい轟音と共に【竜帝】の頬骨のあたりに直撃した。

【竜帝】はよろめくことなく立っていた。

ぴしり、と何かが軋むような音がした。

赤い線が一筋、頬を伝った。

(今のでバランスを崩しさえしないなんて)

身体の持つ力が人間のそれとは根本から違うのだろう。

しかし、私は即座にその情報を頭に入れ、無意識的に彼を倒す方法を探し始めている。

全身が目の前の状況に対して適応する。

【竜帝】は鋭い目を見開いて私に向けて拳を振る。

見えない速度のそれを私はかわしている。

放たれる前に身体が反応している。

届かない位置に移動している。

【竜帝】は手を緩めない。

目にも留まらぬ連続攻撃。

十から先は数えるのをやめた。

私は最小限の動きでそれをかわす。

身体の向きと歩幅から当たらない位置を感覚的に理解している。

ゼル=イグ=ファレンは笑った。

「すごい。すごいな、お前」

拳を振りながら哄笑する。

「わずかな間に別人になっている。ここまで急速に変化する者は見たことがない」

攻撃をかわすごとに、声のトーンは上がった。

歓喜の感情。

面白い玩具を見つけたみたいに【竜帝】は口角を上げる。

同じ目をしている人を私は見たことがあった。

王宮魔術師団に入団した日。

《地獄の洗礼》の腕試しで、ガウェインさんも同じ顔をしていた。

本気を出すと相手が壊れてしまう。

強者ゆえの悩みと退屈を、この人も抱えていたのかもしれない。

「いいぞ。ついてこい。もっとそれを見せろ」

無邪気な子供のように目を輝かせ、それまでとは違うコンビネーションでの連撃を放つ。

横薙ぎの回し蹴り。

身体を低くしてかわす。

【竜帝】が踏み込む足下が見える。

移動が難しい体勢を効果的に突く縦振りの左脚。

しかし、そこにある隙を私は無意識的に感じ取っていた。

おそらく、【竜帝】はこの攻撃をあまり見せたことがないのだろう。

ここまでついてこれる相手はいなかったから。

そして、的確に対応をされたこともない。

一度も失敗したことがない連続技として彼はそれを記憶している。

記憶してしまっている。

だから、私の動きに反応することができない。

破られたことがないがゆえのわずかな隙。

身体の癖。

後ろには下がらない。

リスクを侵して踏みとどまる。

敵の攻撃がもっと効果的に当たる距離で私は左脚の一閃をかわす。

今までより小さい最小限の回避。

しかし、そこで想定外のことが起きた。

予測していない拳が軌道を変えて私の左目のあたりに飛んできたのだ。

(咄嗟に攻撃を追加して――)

【竜帝】が口角を上げる。

致命的な一撃が放たれる刹那、左肘のあたりに感じたのは冷たい剣身の感触だった。

(剣聖さん――!)

白銀の髪を血の赤で染めながら、剣聖さんは機をうかがっていたのだろう。

【竜帝】を倒すために最も効果的なタイミングを狙っていた。

剣身がやさしく私の身体を押す。

【竜帝】の一閃が剣身を真っ二つにへし折る。

横薙ぎの一撃で弾き飛ばされた剣を両腕で掴み続ける剣聖さん。

暴力的な力を両腕で堪え、指向性を変えていなす。

相手の力を利用して、自らの攻撃に利用する達人の体術。

独楽のように回転しながらの一撃が【竜帝】の首元の傷に向けて放たれる。

折れた剣での一閃。

時間が加速した世界。

炸裂した剣撃による鮮やかな血の雫がゆっくりと舞う。

一瞬遅れて【竜帝】の反撃が放たれる。

剣聖さんの身体が木の葉のように吹き飛ぶ。

強烈な衝撃波。

目を開けていられない。

それでも、魔法式の操作は間違えない。

見えなくても身体が覚えている。

周囲を埋め尽くすように、私の魔法式が展開している。

一人では作れなかった状況。

剣聖さんが作ってくれた絶好のチャンス。

状況に適応して出力を増した、最大火力の風魔法。

《 烈風収束連砲(チェインテンペストバースト) 》

無数の魔法式から放たれる風の大砲の一斉掃射。

鮮やかな光が一面を染め上げる。

【竜帝】の身体がはじけ飛ぶ。

着ていた黒装束の肩口が引きちぎれて風に舞う。

轟音と共に壁に直撃する。

激しく振動する地下室。

バランスを崩して手を地面につく。

壁が崩落し、えぐりとられた岩盤が露出する。

その中心に背中を預けていた【竜帝】は、信じられないという顔で攻撃が当たった左肩を見つめた。

(逃した)

私は自分のミスに気づいて、顔をしかめる。

狙い通り首筋を撃ち抜けていれば、【竜帝】とはいえ致命的なダメージを与えられていたはずだ。

それだけ、剣聖さんが作った傷は深いものになっていた。

飛竜種特有の頑強な皮膚は裂け、何にも守られていない肉が露出していた。

しかし、捉えきれなかった。

【竜帝】は背後からの一撃に反応して致命傷を避けた。

(読まれた。そこを狙ってくるってわかってたから)

唯一の負け筋を消すことを選んだ。

そして、私はその選択を読み切ることができなかった。

読み負け。

わずかな経験の不足。

私は悔しさを押し殺す。

小さく首を振る。

(落ち着け。まだ負けてない。冷静に)

絶好の機会は逃したけれど、依然として【竜帝】の首筋には傷がある。

当てることさえできれば、勝機はある。

全神経を集中させて【竜帝】の動きに対して構える。

見つめる私の視線の先で、【竜帝】は自らの肩口を見ていた。

そこには、大きな傷跡があった。

鋭利な何かで裂かれたような古傷。

肩甲骨の辺りに、今はない翼の痕が覗いていた。

彼を片翼にしたその傷は、ずっと昔に受けたものなのだろう。

しかし赤黒い痕を【竜帝】は、初めて見たみたいな顔で見つめていた。

瞳が小刻みに振動していた。

それから、目を伏せて低い声で言った。

「良いものを見せてもらった」

前髪が目元を覆う。

表情が読み取れない。

「お前――」

【竜帝】は言う。

「我の花嫁になれ」