軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

250 繋がれたもの

『どうしてレティシアさんとガウェインさんがここに?』

そんな言葉を言いかけて飲み込んだ。

聞く必要のないことだと思ったから。

二人の先輩は私よりずっと優秀だから、殿下の計画や今日起きることを察知していてもおかしいことじゃない。

そして、二人のうち一人はとびっきり身内に甘いから、危険があると判断して来てくれたのだろう。

周囲に迷惑をかけながら。

振り回して、あきれさせながら。

だけど、真っ直ぐだから憎めないのがガウェインさんで。

そして、もう一人のレティシアさんもなんだかんだ言って無茶に付き合ってくれる。

クールで『鉄の女』なんて言われることもあるレティシアさんも本当はあたたかくてすごく優しい人だから。

レティシアさんが私に回復魔法をかけてくれる。

頼もしさに胸の奥がじんわり熱くなるのを感じつつ、私は言う。

「どうしますか」

「とにかく、刺激しないように逃げるぞ。あれは今の俺たちでどうにかできる相手じゃねえ」

ガウェインさんはあっさりとそう言った。

強敵との戦いを好むガウェインさんがそこまで言う相手。

黒い片翼を持つ男――【竜帝】ゼル=イグ=ファレンは幽鬼のような顔でこちらを見ている。

「身を挺して同胞を守る、か」

淡々とした声で言う。

「美しい行いだ。だが、無意味でもある」

赤い瞳が私たちを捉えていた。

静かな声には、強い怒りが込められているように感じられた。

「逃がしてくれそうにはないわね」

嘆息するレティシアさん。

「迎え撃つぞ、レティシア。ノエル、サポートを頼む」

「戦うんですか……?」

どうにかできる相手じゃないと言ってたのに。

私は不安そうな顔をしていたのだろう。

「心配すんな」

ガウェインさんはにっと目を細めて言った。

「百回戦って一回しか勝てない相手でも、その一回を引けばいいだけのことだ」

「一回も勝てる相手じゃないように見えるけど」

隣でレティシアさんが手袋の裾を引っ張って言った。

「千回に一回でも同じことだろ」

「そうね。ギャンブルは嫌いだけど今日だけは付き合ってあげるわ」

(ガウェインさんとレティシアさんの戦いを間近で見られる)

こんな状況なのに胸が弾んでいる自分に気づいて苦笑する。

本当に我ながらあきれるくらいに魔法が好きでたまらなくて。

だけど、今は見ているだけじゃいけない。

(一緒に戦ってサポートする。二人が戦いやすい状況を作る)

私はじっと【竜帝】を見つめて言う。

「初撃。多分左から来ます」

小声での言葉に、ガウェインさんが短く聞く。

「なぜそう思う?」

「なんとなく、そんな気がして」

頭の悪い私はうまく言葉にできなくて。

だけど、ガウェインさんは静かに口角を上げた。

「勘か。良いね。乗った」

次の瞬間、ガウェインさんの左斜め前に【竜帝】は浮いていた。

瞬間移動のようにさえ見える狂気的な速度。

初見のときはまったく見えなかったその一閃をガウェインさんはかわしていた。

それだけでは終わらない。

危険な至近距離。

紙一重で攻撃をかわしながら前に踏み込む。

左のクロスカウンター。

そこに合わせて私は既に魔法式を起動している。

身体能力を向上させる補助魔法。

魔道具師時代に周囲のサポートをしていた経験。

ガウェインさんの炎を纏った拳が【竜帝】の側頭部を打ち抜く。

その一撃で、一瞬時間が止まったかのように【竜帝】の身体が静止した。

おそらく、まったく想定していない一撃だったのだろう。

魔術師のそれとは思えない打撃攻撃。

王宮魔術師団で最も身体能力が高いガウェインさんだからできる一閃。

側頭部を弾き飛ばされながら、【竜帝】は反射的に回避行動を取ろうとする。

しかし、動けない。

膝下から先が厚い氷に覆われている。

レティシアさんの魔法式が光を放っている。

相手の動きを読んであらかじめ発動していた氷魔法。

起動を開始したのは、ガウェインさんが「乗った」と口にする前だった。

レティシアさんはガウェインさんの動きを予測していたのだ。

ガウェインさんなら乗る、と実際に決断するより早く見抜いていた。

私の勘を信じてくれていた。

瞬間、【竜帝】の身体が激しく燃焼した。

空気を歪ませる超高温の炎魔法。

至近距離だからできる、通常の魔法戦闘では実現できない最高火力。

にもかかわらず、その効果範囲は【竜帝】の上半身に集中している。

大腿部から下部を縫い止めるレティシアさんの氷は、ガウェインさんの超高火力の中でもさらにその範囲を広げている。

言葉をかわさずに行われる連係。

互いの魔法を理解し、二人でできる最も効果的なバランスを瞬時に見つけだす。

積み重ねた時間が作る互いへの深い理解。

(これが 相棒(バディ) ――)

そのとき、私の背後から聞こえたのはミカエル殿下の言葉だった。

「――ここだ」

瞬間、【竜帝】の背後にいるその人に私は息を呑む。

短く刈り揃えられた白銀の髪。

美しく光を放つ細身の大剣。

剣聖――エリック・ラッシュフォード。

王立騎士団団長にして王国最高の剣士が何故ここにいるのか。

(殿下は最初からこの状況を想定していた)

おそらく、自分が死ぬ予知夢を見たからだろう。

だからこそ、ここで現れる脅威に対して知っていたし、一切の妥協なく最善の準備をした。

大きく行動を変えてしまえば、予知夢で見た情報を利用することができずにさらに悪い状況になる可能性もある。

だからこそ、その変化がなるべく状況を左右しないように細心の注意を払いながら、このときに向けて用意していた切り札。

戦闘の達人であり、気配を消す技術にも長けている剣聖さんを配置するのは、敵に警戒心を持たれないという意味でも最善の判断と言えたように思う。

(どんな手を使っても未来を変えようとしてる)

ずっと変えたかったと話していた未来。

自分が死ぬ未来。

それだけ殿下は生きようとしているのだ。

目にも留まらぬ刃が【竜帝】の首筋を捉える。

瞬間移動のように速い助走と全体重が乗せられた一閃。

アーデンフェルドで最も鋭い剣身は【竜帝】の首を切断することはできなかったが、【竜帝】は巨人に殴られたかのようにすさまじい速度で遠く離れた壁に叩きつけられた。

舞い上がる粉塵。

轟音と共に叩きつけられた【竜帝】は何の反応もせずに沈黙している。

(これなら――)

不規則に点滅する破砕した魔導灯。

揺らめく粉塵が光を反射する。

見つめる私の視線の先。

現れたのは黒い影だった。

黒い片翼が翻る。

男が立っていた。

その身体は、破砕した壁の残骸によって汚れている。

全身に傷が付いている。

しかし、そのすべてが致命的なものではないように見えた。

レティシアさんが両脚を縫い止めて作った好機。

奇襲はたしかに成功していた。

なのに、仕留めきることはできなかった。

ぞくりとした。

強烈な悪寒が私を襲った。

「逃げて――!」

私が言ったのは剣聖さんに対してだった。

【竜帝】の攻撃を見てきたことによるわずかな慣れ。

私の適応能力は、その動きを他の人より早く捉えることができた。

声が鼓膜を揺らすよりも早く、その気配を感じ取って剣聖さんは反応している。

しかし、人間離れした身のこなしも【竜帝】の前にはあまりにも遅すぎた。

巨人に蹴り飛ばされたかのような速度で剣聖さんの身体がはじけ飛ぶ。

弾丸のように遠く離れた壁に着弾して、壮絶な亀裂が壁一体を覆った。

何かが折れるような鈍い音とともに、剣聖さんの身体は動かなくなった。

「認めよう。お前はここにいる者の中で最も強い。ゆえに最優先で対処をした」

淡々とした声で言う【竜帝】に対して、レティシアさんは魔法を起動している。

常軌を逸した怪物に対しても自分を見失わず冷静に対処する。

誰よりも早く的確な反撃は、しかし【竜帝】には届かなかった。

「遅い」

【竜帝】はレティシアさんのすぐ隣に浮いている。

突き出すように左手を伸ばす。レティシアさんの身体がはじけ飛ぶ。

激しく転がりながら遠く離れた壁にぶつかる。くぐもった音が響く。

「最後に、お前だ」

【竜帝】はガウェインさんの前に立って言う。

「お前が我と同じ力を持つ竜だったなら、先ほどの一撃で我は失神していただろう。あれは見事な攻撃だった」

「そりゃどうも」

「技術と力に敬意を表し、我も拳でお前の相手をしよう」

最初の一撃は右の脇腹に突き刺さった。

全身の筋肉が収縮した。

ガウェインさんは激しく顔を引きつらせた。

舞う小さな水の粒がやけにゆっくりと見えた。

(ガウェインさん――!)

私は補助魔法と回復魔法をかけた。

しかし、その魔法は【竜帝】の前にはあまりにも微弱だった。

最初の一撃で勝負は既に決していたし、もっと言えば戦いが始まる前から結末は決まっていた。

右の拳がガウェインさんを捉えた。

ガウェインさんはその拳を読んで、両腕で頭部をガードしていた。

攻撃はガードの上に当たった。

響いたのは何かが折れるような鈍い音だった。

ガウェインさんの身体は激しくたわんで、バランスを崩した。

しかし、ガウェインさんはその場に踏みとどまった。

折れた両腕を筋肉で支えて上げ続けた。

暴風のような連打。

人智を超えた破壊力のそれに対して、他のやり方を知らないかのように愚直に耐え続けた。

「なぜ立ち続ける。わかっているだろう。既に勝負は決している」

「知ってるよ。俺はお前に勝てない」

「なぜ耐えることに徹する。お前なら、反撃を放つこともできたはずだ。そうすれば、億にひとつくらい勝機はあったかもしれない」

「かもな。だが、賭けるならもっと高い可能性に賭けるべきだと判断した」

「もっと高い可能性?」

「いいから来いよ怪物。その程度じゃ俺は倒せねえぜ」

【竜帝】の拳がみぞおちを打ち抜く。

ガウェインさんの身体がくの字に折れる。

両足が地面から浮く。

よろめき、バランスを崩して、

しかし踏みとどまる。

折れた腕でガードを上げ続ける。

決定的な一撃を防ぎ続ける。

戦いとも呼べない一方的な惨劇。

それでもガウェイン・スタークは立ち続ける。

限界を超えた肉体を強靱な精神力でつなぎ止める。

「なぜだ。なぜ倒れない」

「先輩ってのは背中を見せるもんなんだよ。成功も失敗も。良いところもダメなところも全部見せる。そして、バトンを繋ぐのさ。俺の失敗を後輩が見て学んでくれる。だから俺は失敗を恥じない。胸を張って言う。やるだけのことはやったって」

「何一つできず一方的に敗北した事実を恥じないのは、愚行以外の何物でもないだろう」

「そう思うならそれでいい。俺は信じてる」

「残念だ」

【竜帝】の拳がガウェインさんの右肩を砕く。

肩が下がる。

ガードの上からもらったダメージで腫れ上がった右頭部がむき出しになる。

「死を以て愚かさの対価を払うが良い」

放たれる左拳。

瞬間、ガウェインさんの身体は消えていた。

目を見開く【竜帝】から距離を取って、ガウェインさんを抱えた私は言う。

「すみません。遅くなりました」

「十分早えよ。大したもんだ」

ガウェインさんは口角を上げた。

「お前に賭けた」

その言葉に、何も言えなくなる。

ガウェインさんの身体は重たかった。

すべての力を使い切って、その上でなおも絞り出して戦い続けた人にしか出せない重たさがそこにはあった。

視界が歪む。

泣きそうになる。

でも、泣いているような時間は私にはない。

ガウェインさんがボロボロになりながら作ってくれた可能性。

気づいたから、割って入ることを選ばなかった。

助けないことを選択した。

その代わり、どんなに痛くても目を背けなかった。

ガウェインさんの背中が言っていたから。

――時間を稼いで私の適応能力が追いつくことに賭ける。

私はガウェインさんの身体をそっと横たえてから言った。

「撤回して下さい。ガウェインさんは愚かじゃない」

真っ直ぐに【竜帝】を見つめて続けた。

「したくないなら、無理矢理にでもさせます」