軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

240 何の意味も無いことをしているような、そんな気持ち

殿下が密かに製造した魔法武器の輸出が始まった。

迷宮資源と高い魔法技術により作られた、西方大陸で最も質が高い魔法武器に元老院議員たちは皆一様に驚き、頭を抱えた。

最後には満足げに顔をほころばせていた。

ミカエル・アーデンフェルドは未来が見える悪魔かもしれない。

そんな子供じみたことを考えたことは今までにもないわけではなかったけど、一番強く感じたのは間違いなくこの頃だったと思う。

殿下と会合した元老院議員たちは、皆殿下に心酔しているように見えた。

殿下は彼らの思想と嗜好を完璧に把握していたし、彼らが好む振る舞いをこれ以上ないと思えるほど質高く形にすることができた。

心地良い相づち。

見せる情報と見せない情報の的確な選択。

選び抜かれて限定された情報は、元老院議員たちの頭の中で美しい幻想を描いた。

知らない異国の景色が実際以上に美しく見えるように。

多分それは人間の性質でもあるのだと思う。

長い付き合いの人よりも少し会っただけの人の方が魅力的に見えたり、心が綺麗に見えたりする。

心の中を全部知ることはできないから。

情報の余白を気づかないうちに美化してしまう。

殿下はそういった人間の機能を誰よりも上手に使うことができた。

時には、失敗を見せて相手を笑わせたりもした。

そこにある巧妙さは裏側を知っていると不気味に感じられるほどで。

だけど、殿下が悪魔のように完全な存在ではないことを今の私は知っている。

(予知夢で見た悲劇を回避するためにがんばり続けた結果、か)

重ね続けた失敗と敗北。

突きつけ続けられる不足を補う努力をし続けた。

気づいたときには、普通の人が考える完璧の域をとっくに通り越していた。

それでも、求める唯一の願い――予知夢で見た未来を変えることは一度もできなかった。

そう考えると、不気味なまでの完全性も少し痛々しく見える。

(とはいえこんな風に思ってるのも、殿下に誘導されている結果なのかもしれないけど)

あの日私にすがりついた殿下が、演技である可能性も十分にある。

いずれにせよ、私にはすべてが殿下の手のひらの上で動いているように見えた。

最高議長から届いた手紙の裏面には、魔鉱石の光を当てないと見えない特殊なインクで秘密の会合の日時が記載されていた。

五日後に帝国西部で最も大きな都市であるファルグレアで予定されていた、アーデンフェルドと帝国が初めて結ぶ通商条約に関する会合の前夜だった。

殿下は既に返書を書いていた。

殿下の返書を持って出て行く執事さんを見送ってから、私は言った。

「どうして通商条約に関する会合の前夜にこだわったんですか」

「何のことかな」

「そう誘導するためにいくつも手を打っていましたよね。その形を作ることが最優先の目的であるように見えました」

「君は本当によく見ているね。さすがの観察眼といったところかな」

ミカエル殿下は言う。

「そうだよ。秘密の会合を条約締結の前日に行うことを私は何よりも望んでいた」

「どうしてですか」

「それが実現できる可能性がある最短の日取りだった。そして、私に残された最も眩しい希望でもあった」

「最も眩しい希望?」

「予知夢で私が死ぬのはいつも通商条約が締結された日の夜だった」

私ははっとした。

「通商条約締結前夜に元老院最高議長との会合ができれば、その日少なくとも殿下は死なないということですか」

「その可能性が高いと考えた。すべて仮説に過ぎないし無意味なことかもしれないけどね。だが、少なくとも今まで予知夢で見た悲劇が別の期日に起きたことは一度も無い」

「たしかに、それは何としても条約締結前日に会合を済ませておきたいですね」

何せ、あの【教団】の黒幕である可能性が高い人物との秘密の会合なのだ。

命を失ってもおかしくない状況になる可能性は、これ以上ないほどに高い。

殿下の死が予知夢で示された日の前日に最高議長との接触を済ませることができれば、死ぬ確率が低い状態で一番危険な状況をやり過ごすことができる。

「打てる手はすべて打った。今の時点で言えば、状況は私が望んだ通りに進んでいる」

「すごいですよ、殿下。未来を変えられたかもしれないですよ、これ」

声を弾ませる私に、殿下は言った。

「うれしいな。初めてこの気持ちを誰かと共有できるかもしれない」

「どういう気持ちですか?」

「自分より大きな存在に対して何の意味も無いことをしているような、そんな気持ち」

「え?」

戸惑う私に、ミカエル殿下は言った。

「見ていればわかるよ」

三日後、元老院最高議長から届いた手紙にはこう書かれていた。

――会合は条約締結当日の夜に行う。

言葉を失う私に、殿下は言った。

「私の物語では、最初から決められてるんだよ」

自嘲するみたいに小さく首を振った。

「どんなにあがいても、状況は変わらないって」