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作品タイトル不明

238 ミカエル殿下の秘密

「最高議長は殿下のことを高く評価しています。先日いただいた試供品としての魔法武器は非常に質が高く、帝国領内大森林に暮らす 森妖精(エルフ) との力関係にもポジティブな影響ももたらす可能性が高い、と。取引を本格的に始めたい、と仰っておりました」

元老院議員の言葉に殿下は微笑みをたたえてうなずいた。

「もちろんです。お望みのままに進めさせて頂きます」

芸術品のような横顔が無邪気な光を纏う。

それは多分、彼の技術なのだろう。

無邪気さを装い、懐に入る。

聞きづらいことを違和感を持たせずに問いかける。

「最高議長は大森林に暮らす 森妖精(エルフ) についてどのように考えているのですか?」

「私と最高議長は同じ意見を持っています。西方大陸の覇権国家であり、人類を代表する立場である我々が、他種族に配慮せざるを得ない歪な構造を解消しなければならない」

「どのように解消するのですか?」

「それは言えません。ただ、貴方がくれた武器は人類のために有効に使われることを保証しましょう。屈辱的な過去を払拭して、帝国臣民の尊厳を取り戻す。我々の望みはそれだけです」

王国東部にある王室所有の館で行われた会談の後、私は殿下に言った。

「あの人たち、殿下の武器で大森林の 森妖精(エルフ) さんたちを攻撃する気みたいに見えたんですけど」

「彼らは元老院の中でも近年の 森妖精(エルフ) との宥和政策をよく思っていない派閥に属しているから。軍事国家である帝国の歴史と伝統に誇りを持つ臣民として、千年以上もの 間森妖精(エルフ) との戦いに負け続け、大森林を支配できていないという事実は決して許されないものなのだろう」

殿下の言葉にはどこか他人事のような響きがあった。

「武器が行き渡れば、帝国は大森林に攻め込むんですか」

「元老院には 森妖精(エルフ) との宥和政策を支持する者たちもいる。大臣や高官たちの中にも同様だ。武器を得たからと言って、すぐに戦いになるというわけではないだろう。様々な利害と思惑がある中で、全体の流れが傾けば戦いになることもあるだろうね」

「殿下が見た未来ではどうなっているんですか」

「それについての未来は見ていない」

殿下は目を閉じて言った。

淡々と事実を話しているかのような口ぶり。

だけど、そう思わせようと振る舞っているようにも思えた。

もし殿下が予知夢で大森林に帝国が攻め込まないことを確認していれば、間違いなくそれを私に伝えたはずだ。

そうすることで、私を納得させることができるから。

しかし、しなかったということは二つの可能性が考えられる。

ひとつは、言葉通り殿下がそれに関する予知夢を一切見ていない可能性。

もうひとつは、私に不信を抱かせないために予知夢で見た未来を黙っているという可能性。

後者の方が、可能性が高いように感じられるのは考えすぎなのだろうか。

(とはいえ、【教団】の脅威は取り除かないといけない。元老院最高議長が黒幕である可能性が高い以上、ここで武器供与を止めるわけにもいかないか)

大森林の 森妖精(エルフ) さんたちが傷つくような事態は避けたいけれど。

しかし、【教団】もさらに差し迫った脅威として存在している。

アーデンフェルドだけじゃない。

国別対抗戦の後に起きた、エヴァンジェリンさんの暗殺未遂事件にも【教団】は関わっているという話だった。

(最高議長が大森林の 森妖精(エルフ) を排除したいと考えているとすれば、あの暗殺未遂事件にも説明がつく)

ひとまずは、【教団】への対処が最優先。

そのためには、【教団】を率いる黒幕の可能性がある最高議長に近づく必要がある。

(とはいえ、それも建前である可能性もある。殿下の本当の狙いは他にあるのかもしれない)

相手の心を外から見通すことはできない。

できたらいいのにって思うけどそういう風に私たちはできてなくて。

だからこそ、注意深く進んでいかなければ。

殿下は元老院最高議長に手紙を書いた。

護衛役として執務室の入り口に控えていた私は、少しの違和感も感じさせない天才的な演技で手紙の中身を盗み見ようとした。

「あ、足がつりました! いたい、いたたたた」

よろめきながら殿下に近づいて、机の上の手紙を盗み見る。

『帝政の智恵と抑制の象徴であり、最も重き言葉を持つ閣下へ』

(いけない、別に読まなくていいところを読んでしまった……!)

反射的な後悔で頭がいっぱいだった私は、見ることに夢中で受け身を取れていないことに気づいていなかった。

顔から絨毯に転倒する。

王宮の絨毯の質が極めて高かったおかげで、涙が出るほどの痛みでは無かったけど、それでもしばらくの間うずくまって「うう……」とうめき声を出すくらいの痛みがそこにはあった。

殿下の笑い声が机の向こうから聞こえた。

「君を見ていると飽きないな」

それから、いたずらっぽい声で続けた。

「手紙が見たいかい?」

「い、いえ、別に見たくないですけど。ただ転んだだけですけど」

「隠さないでいいよ。わかってるから」

「……さすがは天才と称される頭脳の持ち主というわけですか」

私の完璧な演技を見破るなんて。

「そうだね。私は天才だから」

可笑しそうに微笑んでから言う。

「見て良いよ。ほら」

殿下は手紙を私に差し出す。

私は驚きつつも、手紙を受け取って読んだ。

なんてことはない普通の手紙であるように見える。

挨拶と敬愛の意が書いてあるだけで、重要そうなことは何も書かれていない。

「満足した?」

殿下の言葉に、私は手紙を見つめたまま答える。

「かすかに魔力の気配がします。少し過ぎて気のせいかと思いましたけど」

殿下を見上げて続ける。

「何か細工がしてありますね」

ミカエル殿下はにっこりと目を細めた。

「元老院最高議長の派閥で使われている特殊なインクだよ。特定の条件下で魔鉱石の光を当てると文字が浮かび上がる」

殿下は引き出しから水色の光を放つ魔鉱石を取り出す。

光を当てると、何も書かれていなかった裏面に文字が浮かび上がった。

親愛の証として、最高議長と通常より安価で魔法武器の取引をしたいという提案が、そこには書かれている。

秘密の裏取引。

帝国領大森林の 森妖精(エルフ) を攻撃するために必要だと殿下が計算した数量と、攻撃計画の詳細が書かれている。

「やっぱり 森妖精(エルフ) さんたちを攻撃するために使うってわかってたんですね」

「そういう意向だということはわかっていたよ」

「でも、そうなるような未来は見ていないって」

「今のところ確定した未来としては見ていない。それも事実だ」

「確定していない未来としては見ているということですか」

「ノーコメントで」

殿下の行いは、この世界に争いの種を増やしているように見える。

アーデンフェルドに暮らす人々を守るという正義がそこにはあるのかもしれない。

しかし、だからといって見過ごすことはできないと思った。

「殿下の本当の狙いは何なんですか。それを教えてもらえないと私は殿下の味方になれません」

「言っているだろう。【教団】を率いる黒幕である元老院最高議長を取り除き、帝国内に深く入り込むことで秘密裏に帝国全土を支配下に置く。そうすることでアーデンフェルドを狙う脅威を完全に取り除く」

「アーデンフェルドを守るだけなら他に方法もあるはずです」

私は言う。

「そんなくだらない野心のために、何の罪もない 森妖精(エルフ) さんを攻撃するための武器を作って渡すって本気で言っているんですか」

「リスクを侵さずに大事を為すことはできない。誰かを守るために、他の何かを犠牲にするリスクを負う必要があることもある」

殿下の言葉は多分正しい。

それはある面から見たときにこれ以上なく正確な世界に対する認識なのだろう。

しかし、私はその正しさを許容することができなかった。

心の奥で何かが許容してはいけないと叫んでいた。

間違いかもしれない。

愚かな判断かもしれない。

だけど、私にそれは選べない。

「本気で言っているなら、私は殿下の味方ではいられません」

「何をする気だ」

「エヴァンジェリンさんに手紙を送ります。魔法で厳重に密封した書面で、私が伝えられるすべての情報を伝えます」

「 王の盾(キングズガード) の秘密保持契約を君は結んでいる。魔法契約によって、職務上知り得たことを他者に伝えることはできない」

「直接書かない間接的な形であれば、何らかの脅威が迫っていると伝えることはできます。聡明なエヴァンジェリンさんなら、少しの情報でもある程度のところまではたどり着ける」

殿下はじっと私を見つめた。

おそらく、この私の行動も殿下は想定してないわけではなかったのだろう。

しかし、この場における私の行動として予想していたものと少し違っていたのだと思う。

「失礼します」

私は殿下に背を向けた。

王宮魔術師団のそれより豪奢な装飾が施された扉を押し開ける。

「待て。待ってくれ」

私は殿下の言葉を無視した。

何を話しても無駄だと思っていたし、私たちの利害は決定的に対立していると思っていた。

「頼む。頼むから」

一瞬、私はそれが誰の声なのかわからなかった。

その声は私が知る殿下のそれとは違っていた。

声はふるえていた。

ひどく切迫した声だった。

そこには普段のそれとは違う何かが込められているように感じられた。

私は半ば本能的に動きを止めていた。

殿下は言った。

「これしか方法がないんだ」

その言葉に、私は落胆した。

自分を正当化する言葉のように私には感じられた。

「殿下ならいくらでも考えられるはずです」

「ないんだよ。本当にないんだ」

殿下は言った。

いつもの余裕があって、どこか厭世的な殿下とはまったく違う響きがあった。

「少しの間で良い。最高議長との取引が行われる日まで君に味方でいてほしい」

「できませんよ。その取引をするなら、私は協力できないって言ってるんです」

「君がいないと、私はその日確実に死ぬ」

私は動きを止めた。

言葉の意味がうまくつかめなかった。

「未来が見えるんだ」

殿下は悲しげに目を伏せて言った。

「私はもう長く生きられない」