軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍版6巻&コミカライズ4巻発売記念SS『素敵な趣味にあこがれる』

教国から帰ってきて最初の週末。

紅茶が美味しいカフェの端の席。

休日を利用して、記憶喪失のルークに魔法のことを教えていた合間の休憩時間だった。

「やっぱり人間、趣味がないと一人前とは言えないと思うんだよね」

流し目で髪をかき上げながら言った私に、ルークは怪訝な顔をして言った。

「というと?」

「麗しい大人の女性は素敵な趣味を持っているものなのだよ、ルークくん」

「世の中いろんな人がいるし、一概には言えないと思うけど」

ルークの言葉に私は指を振る。

「いいえ、言えるのです。これは世界の真理だっておしゃれな雑誌のインタビューで言ってました」

「なかなか思想が強いおしゃれな雑誌だね」

「二冊買うと心臓に溜まる毒素を排出するミサンガがついてくるんだよ。定価だと銀貨二十枚もするのにおまけでもらえるの。すごいよね」

「僕その雑誌は買わない方がいいと思うな」

おしゃれセンスがないルークはそんな風に言っていたけれど、私の心は麗しの優雅な趣味に向けて既に駆け出していた。

雑誌では、王都の歌劇場で人気らしい歌い手さんが自分の趣味について話していた。

絵画だったり楽器の演奏だったり植物を育てたり。

麗しく上品で、やってると聞くといいなって感じずにはいられない趣味。

「趣味があることで人間的に深みが出るんだよ。仕事しかしてない人は深みがなくて浅い人になっちゃうんだって」

「趣味のあるなしだけで浅い人とか言っちゃう時点で書いてる人に深みはないと思う」

「ふむ。たしかに外から決めつけるのはよくないよね。みんな違ってみんないいわけだし」

私はうなずいてから言う。

「でも、そう思うのも私たちが趣味を持たない人だからという可能性もあると思うんだよ」

「あるじゃん、読書とか」

「魔法の本を読むのは仕事でもあるからさ。ロマンス小説は時々読むけど、それも趣味と言えるほど本格的な感じじゃないし」

「仕事と関係ない趣味がほしい、と」

「そういうこと。ルークは趣味ってある?」

「趣味か。僕は」

ルークはそこで言葉を止めた。

目を伏せた。

揺れる紅茶の入った白いカップを見つめた。

少し首を傾けてこめかみをおさえた。

「……ひとつもないかも」

「それは記憶喪失だから?」

「いや、元々なさそうな感じがする」

斜め下を見ながら言うルークに私は肩をすくめる。

「あんた仕事人間だもんねえ。毎日バカみたいに働いてた上、裏で一部貴族の弱みを握って暗躍みたいなことしてたみたいだし」

「ずっと魔法のことばかり考えてる君には言われたくないんだけど。あと、世界一の魔術師目指すのに趣味とか言ってていいの?」

「一流の人は趣味とか休息を大事にしてるって意識高い系の雑誌で言ってて」

「君そういうの好きだね」

「一度試してみるのもいいと思うんだよね。リフレッシュの時間を強化して魔術師としてさらに進化するの」

「たしかに、試してみる価値はあるアプローチかもしれない」

真面目な顔で言うルークに私は言う。

「じゃあ、早速音楽教室の体験会に行ってみよう」

私はカフェの向かいにある音楽教室にルークを連れて行った。

「最初から行くつもりだったと」

「この手際の良さがブラック労働環境サバイバーの力なのだよ」

不敵に笑みを浮かべる私。

受付を済ませて、音楽教室の体験会に参加する。

その日はフルートの体験会だった。

ルークの姿を見た先生の声が心なしが高くなっていて、『なんでモテてるんだこいつ』と一抹の怒りを覚えずにはいられなかったけど、そんなことよりも私の目は初めて触れるその楽器に奪われていた。

(これがフルート……!)

息を呑む。

鏡面のような光沢。

すらりとした鳥の首のようなフォルム。

美しいその楽器は、触れた指の先から上品に体温を奪っていく。

そこには間違いなく普通とは違う何かがあるように感じられた。

さながら、運命の出会いのような。

多分私は後に運命の出会いとしてこの瞬間を思い返すのだろう。

先生が教えてくれるとおりに指を添えて、唇をあてる。

目を閉じて、空気を吹き入れる。

それは教室にいた他の誰とも違う音だった。

他の参加者が振り返る。

「え? なにその音……」

先生が目を見開く。

「地獄の底から響く怪物の鳴き声みたい……」

私は感情のない目で怪物の鳴き声を響かせた。

先生はがんばって教えてくれたけど、私は地獄のような音を出し続けて「こんなにセンスがない子初めて見た」と言われた。

一方でルークは初めてやるにもかかわらず、少しの時間で経験者みたいに上手になっていた。

「こんなにセンスある子初めて」と先生が言った。

私は握りしめた拳を静かにふるわせた。

「あんたなんでできるの……」

「貴族の嗜みとしてピアノとヴァイオリンは昔やらされてたから」

一時間の体験会の間、私は向いてないんじゃないかなと遠回しに言われ、ルークは「逸材……逸材だわ……!」と興奮した目で言われていた。

体験会が終わって、建物の外に出てから私は言った。

「お、音楽なんて全然麗しい趣味じゃないと思うんだよね。なんだかちまちましててしょうもないというか」

「声がふるえてるよ」

「音楽のセンスがある人に生まれたかった! 初見でさらっと吹いちゃって『まあできますけど』みたいな顔がしたかった……!」

「人には向き不向きがあるから」

くすりと笑うルーク。

「いや、大丈夫。趣味はひとつあればいいんだから。向いてることがひとつあればいいの。次は絵画教室に行こう」

「いいけど。いつ行くの?」

「今から」

私はあらかじめ調べておいた近くにある絵画教室に向かった。

「これがブラック労働環境サバイバー……」とルークは息を呑んでいたけれど、そんなことよりも今は絵画教室が大切。

先生はやさしそうな眼鏡の男性だった。

筆の持ち方と絵の具の溶き方を教えてくれる。

そっと筆先を白い紙に当てる。

その瞬間、私は身体に稲妻がはしるのを感じた。

そこには今まで経験した他の何とも違う特別な感触があった。

うまく言葉にできないけど、そこにある特別なものを私の心が感じている。

多分、後になって私は思い返すのだろう。

あの出会いは正しく、運命だったと。

私は夢中になって筆をはしらせた。

「できました!」

「早いですね。どれどれ」

先生は私の絵を見て目を見開いた。

「こ、これは……」

「やっぱりわかりますか。先生も」

「世界の終末を告げる地獄の番人の絵ですね」

「いえ、お母さんの絵なんですけど」

「お母さん、地獄の番人されてるんですか」

「たしかに時々そう見えるときもありますけど」

先生はやさしい人だったけど、芸術のセンスが私とは合わないみたいだった。

「ノエルさんには地獄系画家の才能があります」と言われたけど、上品で麗しい絵を描いていた私なのでその評価は少しずれてるのではないかと思う。

ルークは普通にうまかった。

「この絵、展覧会に出してみる?」とか言われていた。

絵画教室を終え、外に出た私は拳をふるわせる。

「なんで……なんでできるのあんた……」

「昔親にやらされてたから」

「別にいいし。私だって、食べられる草の見分け方とか詳しいし」

「僕はそっちの方が面白くていいと思うけどな」

それからもいくつか新しい趣味を試してみたけれど、何をやっても私は麗しくならないし、ルークは上手でずっと褒められていた。

「ほんとなんでもできるね、あんた」

「まあ、器用な方ではあるかな」

「何か続けたいのあった?」

「うーん、特にこれというのはないかな」

「そっか。あったならそれを私も一緒にやろうと思ってたんだけど」

「ノエルがやりたいって言い始めたのに僕に合わせようとするの?」

「え、いや、それは」

声を上ずらせる私に、ルークは言った。

「本当は僕に息抜きさせようとして言いだしたんでしょ」

「う…………」

私は少しの間言葉に詰まってから言う。

「や、やりたかったっていうのも本当だし。たしかに、あんたが息抜きの仕方とか考えるきっかけになったらいいかもとは思ってたけど」

「見てないようで人を見てるんだよね、君。そういうところが好きなんだけど」

「いきなりなに言ってんのあんた」

「思ったことを言っただけだけど」

当たり前みたいに言うから、私はあわあわしてしまう。

「恥ずかしいこと言うの禁止!」

「心配しなくても大丈夫。趣味ならすごく好きなものが僕にもあるから」

「なんだかろくでもないこと言いそうな気がするんだけど」

「君の目を見て好きって言うこととか」

「からかってるでしょ」

「うん」

私はルークの肩をパンチした。

ルークは腕をおさえてふるえていた。

実力行使で黙らせたことに満足しつつ、私は趣味について考える。

人に素敵だと思われるような趣味はどうにも向いてないみたいだし、ルークと子供みたいなやりとりをしている私に、憧れの大人女性はまだ遠くて。

だけど、そんな今の自分も楽しいし悪くないかも、と思った。

ルークの趣味はできるだけ早く別のものを見つけてもらわないといけないけど。

でも、無趣味で心配なあいつだし、どうしてもというのなら受け入れてやらないことも――

――いや、やっぱり恥ずかしいのは禁止!