軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

219 エピローグ4

本物の枢機卿は、それぞれの場所へ帰る私たちのために豪華な馬車を用意してくれた。

「本当にありがとうございました。皆さんは国を救ってくれた英雄です」

枢機卿は言う。

「困ったことがあったらいつでも連絡してください。私にできることなら、どんなことでもさせていただきます」

ありがたい言葉に頬をゆるめる。

見送ってくれる教国の人たち。

「また一緒にお酒飲みましょうっす」

「バカラも絶対しましょう」

いつもながらびっくりするくらい聖女候補らしくないエリーさんとライザさん。

「貴方たちはこれからお説教ですよ」

感情のない声で言うマザー・ルイーゼ。

「たのしかった。またきて」

そっと近づいて来たメルちゃんの頭を撫でる。

「なんで聖女様とそんなに仲良くなってるの……」とルークは困惑していたけど、気づいたら仲良くなっていたので仕方ない。

「そうだ、マザー・ルイーゼ。少しお伝えしたいことが」

私は数歩歩み寄って言う。

「私に伝えたいこと?」

首を傾けるマザー・ルイーゼ。

「教えを守り、あるべき自分であろうとする姿、すごくかっこいいと思います。そのままでいいと思うんですけど、でも時には少しだけ自分のしたいことをするのもいいんじゃないかなって思うんです」

私は素直な自分の気持ちを言葉にする。

「神様はマザー・ルイーゼが今までがんばってきたことを誰よりも知っています。だから、少しくらい自分のしたいことをしても許してくれると思いますよ」

伝えた言葉が正しいのか、私にはわからない。

私はクラレス教の教義について詳しく知っているわけではないし、よくない道に誘ってしまってるのかもしれない。

それでも、伝えないと後悔する気がしたから。

私は今の自分が思っていることをマザー・ルイーゼに伝えた。

「そうですよ。少しくらいお酒も飲んだ方が良いと思うっす。言うじゃないっすか。お酒も適切な量なら身体に良いって」

「違法賭博も適切な量なら身体に良い物ですよ」

真面目な顔で言うエリーさんとライザさん。

「違法の時点で適切ではありません」

マザー・ルイーゼは冷ややかな声で言った。

少しの間押し黙ってから、私に向き直った。

「ありがとうございます。たしかに、そういう考え方もあるのかもしれませんね」

いろいろな思いが彼女の中で渦巻いているみたいだった。

当然だと思う。

人間の心は簡単に割り切れるものじゃないから。

マザー・ルイーゼがどういう結論を出すのかはわからない。

だけど、真面目にがんばってきた彼女にとって一番良い未来が待っているといいなと思った。

馬車に乗り込む前に、私を呼び止めたのはエヴァンジェリンさんだった。

「今回の一件、私は参加してないことになってるけど、遅かれ早かれ情報は広まるわ」

ささやくような声で私に耳打ちする。

「不意打ちとはいえ、精霊女王の私を一時的にノックアウトしたルーク・ヴァルトシュタイン。そして、暴走状態の彼と互角に戦い、倒すよりももっと難しい形で戦いを終結させたノエルの名前は表世界でもその裏側でも間違いなく広がる。三魔皇に匹敵する力を持つ可能性があるとなれば、今まで以上に多くの勢力が貴方たち二人を求めて動きだす可能性がある」

唇を引き結び、真剣な顔で続けた。

「困ったことがあったらいつでも呼びなさい。友情パワーで全部ぶっ飛ばしてあげるから。私はいつでもノエルの味方よ」

いたずらっぽく目を細める。

その隣でニーナが私に言う。

「私もいつでも呼んでくれるとうれしい。というか、呼んで。ノエルのお願いならどんなところでも駆けつけるから」

ニーナは私の手を握って続ける。

「エヴァンジェリンさんと話してたんだ。友情は対価を求めない。これを私たちの合い言葉にしようって」

「そう、合い言葉。こういうのあったら素敵だなって考えてたの」

身を乗り出して言うエヴァンジェリンさん。

(合い言葉ってなんだ……?)

困惑する私に、ニーナは目を輝かせて言う。

「言うよ。息を合わせて。せーのっ」

「「「友情は対価を求めない!」」」

なんだか秘密基地とか作ってたことを思いだす青春の匂いがそこにはあった。

手を振り合って、それぞれの馬車に乗り込む。

違う場所で違う道を進む私たち。

でも、少しだけ一人じゃないような、三人でつながっているのを感じるような、そんな気がした。

「精霊女王とも仲良くなってる……」

ルークはひいていたけど、それも気づいたら仲良くなってしまっていたので仕方ない。

アーデンフェルド王国に向かう馬車の中で、ルークといろいろなことを話した。

話したいことはたくさんあった。

教国であったいろいろなこと。

いなくなったあんたを連れ戻すために、私がどれだけ苦労したか。

あと、魔法のこととか魔法のこととか魔法のこととか。

「魔法クイズゲーム! いえーい!」

「ほんと好きだよね、君」

「負けた方はアイス奢りね。じゃあ、第一問」

薬の後遺症でルークは魔法知識には抜けている部分があったけれど、一番大切な電撃魔法についてはほとんど穴がないように感じられた。

良い兆候だ。

もしかすると、ルークにとって優先度の低い記憶ほど思いだせないようになっているのかもしれない。

『君のことはひとつも忘れてない。教室での他愛ないやりとりも、執務室で話した好きなおやつの話も全部覚えてる。僕にとって一番大切な記憶だから』

変なことを思いだして顔が熱くなる。

意識してないフリして、別の問題を出す。

ルークが一人でも困らないように、働く上で知っておいた方が良い魔法を教えておく。

そう、ルークは一人で王宮魔術師団に戻らないといけないのだ。

私は全部放り出して飛び出してきてしまったから。

大好きな職場に戻ることはできない。

(バカなことしたな)

それでも、後悔はまったくなかった。

もし過去に戻れたとしても、私は同じ選択をするだろう。

だからこそ、ルークを助けだすことができたのだから。

それでも、喪失の痛みはチクリと胸を刺す。

私はルークに、王宮魔術師団を辞めたことについてはギリギリまで話さなかった。

心配させるのがわかっているし、二人でいられる時間はこれから間違いなく少なくなるから。

少しでも、楽しい時間が多い方が良い。

魔法クイズゲームを思う存分満喫して、馬車が王都に入ったところで私は言った。

「実は、王宮魔術師団辞めたんだよね」

「…………それは冗談で言ってる?」

困惑した顔のルークに事情を話す。

「なにやってんの。絶対やっちゃダメでしょ、そんなこと」

「しょうがないじゃん。王宮魔術師してる以上、教国でルークのことを探すと国際問題になっちゃうかもしれなかったんだから」

「だとしても、他に方法が――」

「逆の立場ならルークだって同じことするでしょ」

「…………」

ルークは少しの間押し黙ってから言った。

「するかもしれない」

「ね。親友の命は仕事よりも大切なの」

私は肩をすくめた。

「アーネストさんに掛け合ってみよう。事情を話せばきっと可能性はある。いや、その前にガウェインさんとレティシアさんを抱き込んで……」

「そんなことしないで大丈夫だって。私、結構たくましいし、魔法が使える仕事なら大体やりがいを持ってできる自信あるし」

「世間知らずで抜けてるから前みたいに騙されて都合良く使われそうだし」

「それは……そうかもしれない」

あの環境でも辞めようとか全然思わなかったもんな、魔道具師時代の私。

「強すぎる愛は時に目を眩ませるものなのかもしれない」

「名言風に言ってる場合じゃないから。今は方法を考えないと」

「だからいいって。そこまでしなくても」

「ノエルは王宮魔術師団に戻りたくないの?」

私は言葉に迷う。

自分の中の思いをひとつずつ丁寧に形にする。

「戻りたいよ。でも、すごく無責任なことをしたってわかってるから。よくしてくれた人たちの思いを台無しにして、たくさんの人の期待を裏切って、七番隊のみんなもほったらかしにした。戻りたいなんて言える立場じゃない」

みんなの落胆した顔や、困った顔を思い浮かべる。

誰よりも私が、やってしまったことの罪深さをわかっている。

あんな風に評価してくれた人たちは初めてだったのに。

期待されたことがうれしくて、幸せで仕方なかったのに。

その思いを、優しさを、私はすべて踏みにじってしまった。

戻りたいなんて言う資格はない。

何より、そう思ってないと戻れないという事実が悲しすぎて耐えられないから、私は仕方ないことだと自分に言い聞かせる。

「地道に一番下からもう一度やり直すよ。ルークなんてすぐに抜いちゃうんだから。覚悟しておくことだね」

「本当にいいの?」

「いいの。ここからが本当の勝負だよ」

私の言葉に、ルークは少しだけ寂しそうな顔をして。

それから、不敵に笑みを浮かべて言った。

「君は世界一になりたいみたいだけど、僕は王国一の魔法使いになりたいんだよね」

「私に比べるとスケールが小さいよね」

「僕が王国一である限り、君は世界一にはなれないんだけど。正直今も君には負ける気がしないし」

「言ったな。見てなさい。絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから」

仲が悪かった頃みたいに言い合って。

それから二人で笑い合う。

馬車が止まる。

あの日出発した、王都にある荷馬車の待合所。

ここを出れば、始まるのは新しい日常だ。

隣には誰もいない。

私は一人でこの現実と戦っていかないといけない。

(でも、それが私の選んだ道だから)

一抹の寂しさを胸に、馬車を降りる。

転ばないよう、足下を見つめつつ、ほんの少し飛び降りて着地する。

顔を上げる。

人の気配がした。

十人くらいの人たちが私を見ていた。

レティシアさんとガウェインさん。

そして、ミーシャ先輩と七番隊の後輩ちゃんたち。

「どうして……」

「隊長と副隊長が戻ってきたんだから。そりゃ出迎えないといけないでしょ」

当たり前みたいに言うミーシャ先輩。

「おかえりなさいノエル副隊長」

出迎えてくれる後輩の顔は、想像していたのとはまったく違っていて私は戸惑う。

責められて当然のことをしたのに。

そんな風に出迎えられて良い人間じゃないのに。

「私はもう副隊長じゃ……」

「そうだな。今は副隊長じゃない」

ガウェインさんは腕組みして言う。

「だが、明日からは副隊長だ」

「えっと、それはどういう……」

困惑する私に、レティシアさんがこめかみをおさえて言う。

「全部自分の指示だって言ったのよ、この人。国際問題を回避するため、ノエルさんは王宮魔術師団を辞職する形で極秘の作戦行動をしてるって。『責任は自分にある。ノエルが戻れないなら俺も王宮魔術師団を辞める』とか言いだして、そのせいで上層部は大混乱で……」

ため息をつくレティシアさんの顔は疲れていた。

「なにやってるんですか……」

予想外の事態にふるえ声で言う私に、ガウェインさんは怪訝な顔をして言う。

「後輩を守るのが先輩の仕事だろ」

「でも、私は社会人として間違ったことを」

「正しいやり方じゃ進めないこともある。お前が親友のために、仕事を捨てる覚悟で進んだなら、俺も後輩のために同じ覚悟をしたってだけだ。王都でルークの誘拐を許したのは俺のミスでもある」

当然みたいに言うガウェインさん。

感謝を通り越してあきれてしまった。

どうしてそんなに簡単に自分のことを投げ打つことができるのか。

本当に、――ガウェイン・スタークは身内に甘い。

「戻って来いよ。ノエル」

ガウェインさんは私に何かを投げる。

落としそうになりながらキャッチする。

夕日を反射して輝く金時計。

私が使っていたアダマンタイトがあしらわれた金時計だ。

「いいんですか……?」

私の視線は、自然と一人の後輩に向かっていた。

一人だけ、冷めた顔で私を見ているイリスちゃん。

あの日ここで見た姿が、今の彼女に重なる。

イリスちゃんは嫌そうに顔をしかめて。

それから、鋭い口調で言った。

「逃げるなんて、私は許さないですから」

言葉にはたしかに少しだけ、私にいてほしいって気持ちが含まれていて、

次の瞬間、私はイリスちゃんに抱きついている。

「暑苦しいです。なんなんですか!」

「なんだかどうしようもなくこうしたい気持ちになったの!」

「意味わかんないですから!」

夕暮れの涼やかな空気。

不意にあいつと目が合う。

たしかにそこにあいつはいる。

一緒にいられることは当たり前じゃなくて。

些細なすれ違いや不幸から、失ってしまう可能性はいつもあって。

だからこそ、今この瞬間を尊いと思う。

一日でも長く今みたいな日々が続いて欲しい。

そんなささやかで欲深いことを思った。

◆ ◆ ◆

「ノエル・スプリングフィールドは魔術師として、着実に次の段階へと進もうとしています」

傾いた日射しが射す執務室で、剣聖エリック・ラッシュフォードは言う。

「すべては殿下が予定していたとおりに進んでいる」

「違うよ。予定通りじゃない」

輝く金糸の髪。

第一王子ミカエル・アーデンフェルドは言う。

「彼女はいつも俺の想像を超えてくる。本当に見事なものだった。今回の活躍を見れば、さすがに世界の最上層にいる者たちもノエル・スプリングフィールドに関心を持たずにはいられない。優秀な魔術師なら他にもいるが将来性なら間違いなく彼女だ」

「そろそろ頃合いですか」

「そうだね」

ミカエルは静かに口角を上げる。

「ガウェイン・スタークが彼女を庇い王宮魔術師団に残したのは想定外だったが」

「計画通りなら王宮魔術師団は挟まず 王の盾(キングズガード) として直接雇用できていたのですが」

「些細な違いだよ。彼女が盤上でクイーンとして動いてくれれば、我々が世界の覇権を握る可能性も見えてくる」

ミカエル・アーデンフェルドは言う。

「今なら王宮魔術師団も断ることはできない。計画を進めてくれ。ノエル・スプリングフィールドを 王の盾(キングズガード) の筆頭魔術師として手中に収める」

◇ ◇ ◇

クラレス教国聖都。

その中央に位置する大聖堂の傍を流れる小川を一人の老人が掃除している。

身体は痩せ細り、髪はさらに白さを増している。

小さな魔法使いが訪れたその日から、二ヶ月が経っている。

関節は軋み、重たい身体はささやかな動作で悲鳴を上げる。

疲れ果てた犬のように緩慢な動作で、それでも彼は日課の掃除を続けている。

今日はここまでにしておこう。

息を吐き、額の汗を拭ってから、石造りの階段を上る。

橋の上に一人の老婦人が立っている。

老人は息を呑む。

一目でそれが誰なのかわかっている。

心臓が激しく鼓動する。

同時に、勘違いかもしれないと思う自分がいる。

そんな都合の良いことがあるわけない、と。

むしろ、そう考える方が自然であるように思える。

五十年以上の時間が流れている。

どんなに大切に思っていた相手でも、見分けがつけられなくなっているのが当たり前で。

おそらく、都合の良い幻想を見知らぬ相手に押しつけているのだろう。

迷惑をかけてはいけない。

老人は彼女に話しかけないことを決断する。

ゆっくりとした足取りで橋を渡る。

老婦人の隣を通り過ぎる。

老婦人が小さく息を呑む。

風が二人の髪をさらう。

老人は足を止める。

そこには知っている匂いが混じっている。

瞳を揺らし、振り返る。

「久しぶり」

老婦人は小さく目を見開く。

少しの間言葉を失ってから、うなずく。

「そうですね」

細い雨が降り始める。

しかし、二人は雨に気づいてさえいないように見える。

向かい合う姿は少しだけ、十代の二人に戻っている。

雨の匂いが煙る。

二人の声は弾んでいる。

話題は尽きない。

話したいことはたくさんある。

雨音には、祝福の響きが混じっている。