軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

214 抵抗

ノエル・スプリングフィールドとルーク・ヴァルトシュタインだった人形の戦いは、当初人形が圧倒する形で幕を開けた。

人形は不意打ちとは言え、三魔皇の一人、エヴァンジェリン・ルーンフォレストを一撃で倒しきるだけの力を備えている。

心を破壊された人形だからできる、人体が壊れることも厭わない異質な速さ。

目の前の人形がルークを元に作られていたからこそ、ノエルの脳裏には知っている彼の幻影がよぎった。

普通の人間ではあり得ない動きに不意を突かれ、傷を負いながら後退した。

しかし、ノエルはそれに適応した。

その間、わずか数秒。

相手の動きを学習し、最適な対応策を導き出す。

反応できなかった攻撃をかわし、完璧なタイミングでカウンターを放つ。

その動きの正確性に、『Ⅳ』の男は絶句した。

(あの攻撃に、反応するだけで無くカウンターまで)

刹那の攻防。

瞬きの間に交差する二人の魔法。

差はほんのわずか。

ほとんどの人には感知さえできないだろう。

しかし、たしかにノエル・スプリングフィールドは目の前の敵と対等なところまでたどり着きつつある。

(これが噂の適応能力……)

身震いする『Ⅳ』の男。

だが、動きの質で並び始めているにもかかわらず、戦いの中で傷が増えているのはノエルの方だった。

(いったいどうして)

観察していた『Ⅳ』の男は気づく。

ノエルが攻撃を当てられない理由に。

(ルーク・ヴァルトシュタインに致命的なダメージを与えることを恐れている)

回復魔法で修復できる身体の状態には限界がある。

致死的なダメージに対して時間を稼ぐことはできても、死に向かう対象を救うことはできない。

(一歩間違えれば自らの手で親友を殺してしまいかねない。そういう魔法を使っているからこそ、ガードをかわして攻撃を当てられないわけか)

敵がガードすることまで読めていれば撃てる魔法も、ガードできないかもしれない状況だと当てられない。

わずかなためらいがノエルの動きに無駄を生み、結果として一方的にダメージを重ねている。

『Ⅳ』の男は口角を上げる。

(まだ勝機はある。そのためらいをさらに利用する)

人形の攻撃をかわし、ノエルがカウンターを放とうとしたそのときだった。

人形は魔法障壁を解き、ガードを下げてノエルに顔をさらした。

ノエルはあわてて攻撃をそらす。

直撃すれば肉体を一瞬で破壊する威力の魔法が、人形の左耳のイヤリングを消滅させ、天井画を貫通し大聖堂に大穴を開ける。

当たるはずだった攻撃を無理矢理外したことでノエルに隙ができる。

放たれるのは最高出力の電撃魔法。

回避が間に合わない至近距離。

破砕する魔法障壁。

服の肩口がはじけ飛ぶ。

身体に届いた電撃が神経回路を痙攣させる。

反射的に回復魔法を起動するが間に合わない。

無防備な一瞬。

一切の防御手段を執ることができないノエルに対し、放たれた電撃は触れるものすべてを一瞬で蒸発させる。

(決まった)

それは間違いなく致命的な一撃だった。

すべてを白く染める電撃の奔流は大聖堂の石壁に風穴を開けている。

舞う粉塵。

溶けた石壁の断面。

しかし、ノエルの身体には傷一つなかった。

(当たらなかった? かわしたのか?)

目を見開く『Ⅳ』の男。

ノエルの身体が弾かれたように動き始める。

戦闘開始時を超え、さらに加速する反応速度。

しかし、それでも人形の動きにノエルは完全に対応することができない。

電撃魔法を防ぎきれず、バランスを崩すノエル。

ほんのわずかな、それでも勝負を決着させるには十分すぎる隙。

放たれた致死的な電撃魔法は、――しかしノエルをかすめてその髪を数本消し飛ばしただけだった。

(なぜ当てられない……あの女にはまだ特別な何かがあるというのか)

表情を険しくする『Ⅳ』の男。

彼が自身の誤謬に気づいたのは、その数秒後のことだった。

(違う……ノエル・スプリングフィールドがかわしているのではない)

ひとつの結論にたどり着いて息を呑んだ。

(ルーク・ヴァルトシュタインの精神と肉体が、薬による洗脳に抗っているのか……?)

それはありえないはずの事象だった。

過去の実験において一度もそのような兆候はなかったし、薬が脳と精神に作用する機序を考えてもそのようなことが起きるはずがない。

しかし、現実として目の前のルーク・ヴァルトシュタインは薬と洗脳に抗っているように見える。

(なんという精神力と執着……)

人の心にある解明できない何か。

加えて、薬が完全に精神を破壊するまでに必要な日数を満たせていないこともこの現象を引き起こす原因になっているのかもしれない。

二週間前、何者かの妨害によって予定していたより遅れた投薬の開始。

ルーク・ヴァルトシュタインに心を破壊する薬が投薬されたのは七日前。

彼の心はまだ完全に破壊されてはいなくて。

だからこそ、希望がないことを繰り返し伝えて前提を錯覚させようとしていた。

残酷で無慈悲な現実。

善き人が早逝し、悪しき者がはばかる。

神はすべての人に平等に無関心で、どんなに求めても助けてはくれない。

それは間違いなくこの世界のひとつの姿だ。

しかし、にもかかわらず目の前の小さな魔法使いは心から信じているように見える。

奇跡が起きる可能性を。

『Ⅳ』の男が最も打ち砕きたかった希望を、彼女は今も真っ直ぐに追いかけている。

そして、現実としてその可能性は残されている。

(早急に手を打つ必要がある)

『Ⅳ』の男は懐から指輪を取り出す。

特級遺物《 精神隷属輪(ソロモンリング) 》。

対象の心を支配し、意のままに操る魔道具。

握りしめた手から紫の光が漏れる。

それに反応して、人形は悶え、頭を壁に打ち付ける。

「やめて――」

悲鳴のような声で言うノエルに、『Ⅳ』の男は言う。

「手遅れだ。彼の肉体は完全に支配下に置いた」

人形が静止する。

幽鬼のように揺れる身体。

(絶対に見逃すわけにはいかない。この女はここで確実に仕留める)

『Ⅳ』の男は人形に補助魔法をかける。

遺物と薬で強化した自身の魔力を注ぎ込み、人形の魔力量と行動速度を上げる。

既に人外の域に到達している人形にとって、その効果はわずかなものでしかない。

しかし、そのわずかな差が拮抗している二人にとっては覆しようのない大きな差になる。

「終わりだ」

空間を埋め尽くすように展開する電撃魔法の魔法式。

数百を超える電撃の奔流がノエルに向けて疾駆する。

破砕する魔法障壁。

人間が処理できる限界を超えた攻撃がノエルの脇腹に直撃する。

鋭い痛みが身体を硬直させる。

息ができない。

自身を守っていた最後の魔法障壁が破砕して、無防備になった頭部に向け金糸雀色の魔法式が閃いたそのとき、感じたのは自分を支えるあたたかい何かの感触だった。

その感覚をノエルは知っている。

(補助魔法……!)

行動速度を上げる補助魔法。

致命的な攻撃を鼻先でかわす。

激しく震動し瓦解する大聖堂の壁。

視界の端に見えたのは、自分に補助魔法をかけるニーナの姿だった。

ボロボロの身体を引きずって、支援魔法の効果射程の距離まで戻ってきたのだ。

(ここしかない)

ノエルは踏み込む。

痛みと限界を超えた肉体を無視して前に出る。