軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189 反撃開始2

激戦の中で、イリス・リートはたしかにその変化を感じ取っていた。

(また動きが良くなった)

自分たちを守ろうと奮戦するノエル副隊長。

隊長の強さにもすごいものがある。だけど、副隊長のそれには絶対に譲らないという鬼気迫る何かがある。

(多分、私たちを守るために)

「イリスちゃん五時の方向! 避けて!」

鋭く飛ぶ指示の声。

気づけていなかった攻撃をなんとか回避する。

驚異的な空間把握。

すさまじい戦い振りを見せながら、部下に的確に指示を出す。

そして、そんな副隊長を支えるために第三席の先輩が懸命にサポートに徹していることにもイリスは気づいていた。

自分以外の誰かのために戦っている。

その姿がイリスにはまったく理解できない。

(他の人にエネルギーを使うより自分のために使った方が絶対効率良いのに)

他人に矢印を向けてがんばっても得られるものは少ないし、何も得られずに終わることもある。

何かをすると見返りが欲しくなってしまうから。

何も返ってこなかったとき、自分がいらない存在だと言われてるような気がするから。

『イリスちゃん、お願い! 課題のノート見せて!』

『いつもありがとう。イリスちゃんのおかげで私、ほんと助かってる』

『友達? いやいや、あり得ないよ、あんな気難しい子。便利だからテストの時だけ使ってあげてるだけ。ずっと一人で魔法の勉強ばかりしててかわいそうだしね』

思いだしただけで死にたくなる初等学校での記憶。

ずっとひとりぼっちで。

魔法だけが私の友達で。

下に見られるのが腹立たしくて、たくさん努力した。

ガリ勉って言われてムカついたからおしゃれの勉強をした。

頭の良い私は美容について誰よりも詳しくなって、見下してきたあの子が絶句するくらいイケてる子になってやって。

その結果、生意気だってもっと無視されるようになった。

それでいい。

頭が悪く才能のない連中に時間を使うのは無駄だ。

努力するのが嫌いで、集まって他人の悪口を言うことで自己肯定感を得てるバカども。

それまで散々意地悪してたくせに、外見が変わったら態度を変えたくだらない男どもも同じだ。

私には誰もいらない。

(人間は生まれてから死ぬまで一人。あたしは一人で生きていける)

なのに、入団した王宮魔術師団の先輩達は、必死で私のことを守ろうとしている。

誰よりも結果を出してるはずの小さな先輩なんて、バカみたいにずっと気にかけてきて。

(ほんと愚かな先輩。他の人にエネルギーを使うなんて無駄なのに、そんなこともわからないなんて)

多分、私と違って魔法以外に対する基礎的な知性は足りないのだろう。

先輩がどんなにがんばっても自分の思想は変わらない。

人は変えることはできないし、期待するだけ無駄で意味の無いことで――

『何より、私はイリスちゃんに幸せな人生を歩んでほしい』

『誰よりも頑張り屋なイリスちゃんは幸せになるべき人だと思うから』

『ここだけの話、私はイリスちゃんのことを結構気に入ってるの。だからこそ人の弱さに寄り添える優しい人になってほしいなって思ってる』

心の奥を揺らすやわらかい何か。

あたたかくてふわふわしたそれに、戸惑う。

自分でも知らない自分がそこにいる。

イリスは少しの間目を閉じてから思った。

(借りっぱなしは性に合わないので。少しだけ力を貸してあげます、先輩)

◇ ◇ ◇

奮戦するルーク隊長とノエル副隊長。

そして、それをサポートするミーシャ先輩。

さらに、そこに加わったイリス・リードの姿が、七番隊の新人たちに与えた衝撃は大きかった。

自分勝手で他人のことを顧みない、人間性に問題のある同期の子。

協調性は皆無で、利他的な発想なんてまったく持たない。

そんな彼女が今は最前線で、他のみんなよりもリスクを背負って戦っている。

自分以外の誰かのために必死で戦う先輩と同期。

(どうしてそんなに必死に)

その姿が、マイルズには信じられない。

人間は醜く愚かな生き物だ。

そのことをマイルズは初めて就職した職場の中で嫌というほどに思い知った。

憂さ晴らしのための罵倒。

泣きたくなるほど理不尽な出来事の数々。

みんな自分のことが一番大切で、邪魔な他人を虐げることに何の躊躇もない。

『基準を満たしてない商品を売るんですか』

『うちはずっとそうやってきてるから』

『検査の数字をでっちあげるなんて……不正じゃないですか』

『バレなきゃいいんだよ。黙ってろ』

『この材料じゃできません。認可をもらってる素材を使わないと耐久性が』

『それでもできる方法を探すのがお前の仕事だろ。やれよ』

『仕事って言うのはそんな甘いもんじゃねえんだよ』

『自分が浮いてるってことに気づいてる?』

『できないくせに声だけ大きいから』

罵倒と暴力が日常になった。

耐えてるうちに心が死んでいった。

間違っていることを間違ったままできるようになった。

生きていくために仕方ないことだった。

誰も守ってなんてくれないから。

社会というのはそういうもの。

強くならないと生きていけない。

だからこそ、その小柄な先輩の存在がマイルズは最初から気に入らなかった。

自分と同じ境遇だったはずなのに、魔法が好きだという気持ちが全身から伝わってきて。

見ているだけでみじめな気持ちになった。

自分を否定されているような気持ちになった。

子供じみた反発をして、王宮魔術師団でも浮いて。

それでもいいって思っていた。

クビにされたら今度こそ、魔法を使わない仕事に就こう。

好きなことを仕事にしても、ろくなことにならないと理解できたから。

それができる才能は自分には無いって思い知ったから。

そう思っていたのに。

『私は君の考え方を支持するよ。君はそのスタンスを変えなくていい』

『君は君の心の声を聞いて、君がやりたいようにやってほしい。でもね、全部が全部今のままやろうとしなくてもいいよ。時々で良いから、学院時代の君も大事にしてほしい』

『何を選んでも、私は先輩として君を応援してる。ちゃんと見てるからね。期待してるから』

子どもみたいに小さなその先輩は自分のことを見捨てようとはしなかった。

目線を合わせて、誠実に向き合ってくれて。

今も他の素直な後輩と同じように、自分のことも必死で守ろうとしてくれている。

心の奥で誰かが叫んでいた。

(……違うだろ)

誰かの声が言う。

(ここまでされて、がんばらないのは違うだろ)

潤んだ目元を拭う。

本気でやらないとダメだ。

じゃないと、俺が俺を許せなくなる。

大嫌いな自分。

弱くて才能が無くて、芯がなくて、どうしようもない。

だけど、それでも譲れないものがある。

懸けてきた時間がある。

(ここで終わってもいい。すべてを出し尽くして先輩の力になる……!)