作品タイトル不明
おまけ①そんなつもりじゃなかった、と君は言う。
そんなつもりじゃなかった。
ただ、彼がしてくれたこと、わたしがしてしまったこと、それは絶対になんとかしないと。
だから、彼の為に出来ることはなんでもやる。
ただ、それだけのつもりだった。
わたしは、完全に壊れていたと思う。
とにかく小谷君の為に何かしていなければおかしくなりそうだった。
身体を差し出すことも怖いけど覚悟はしてた。それで少しでもわたしの罪が軽くなるのなら、心が救われるならそれでよかった。
小谷君が学校にやっと来れるとなった時は正直怖かった。
自分が巻き込んでしまった、しかも、死にかけさせたという事実を受け止めなきゃいけないから。
でも、受け止めなきゃいけないからわたしは待った。 小谷君を。小谷君がやってきて松葉杖を、ギブスを見て苦しくなった。
何かしなきゃと心臓がわたしを内側から叩いた。
何かしていないと、息が出来なかった。
だけど、小谷君は、やさしかった。
あんなに本を読んでいたのに、語彙力がないわたしには、やさしかったしか出てこない。
やっぱりエグいのばっかり読み過ぎていたせいか、とぐぬぬとする。
いや、ちがう。
どんな本でも言葉でも小谷君のやさしいは表現できないんだ。
わたしだけ知ってるやさしい。
わたしだけ。
昨日も夢を見た。
小谷君が王子様で、わたしがお姫様でわたしは毒リンゴで眠っていて、小谷君は小谷君が乗るにはちょっと大きい馬に乗ってやってきて、わたしに、キ、キスをしようとするところで……! バッと目が覚めてしまった。
恥ずかしさと悔しさとなんかもう色々で悶えまくった。そのせいで朝はドタバタした。
「ひかり、お弁当の下ごしらえはしておいたからね」
「ごめん! お母さん!」
お母さんにお礼を言って一緒にお弁当を作り始める。
小谷君と公園に出かけた時にお弁当を作った時に、お母さんと隣り合わせで色んな話をした。それがわたしには嬉しかったし、多分お母さんも嬉しかったんだと思う。
それからは、お弁当を一緒に作るようになった。色んな話をしながら。
「ひかり、本当に楽しそうね」
そう言うお母さんは最近よく笑ってくれるようになった。ウチはお父さんが厳しい人でいてもいなくても息が詰まりそうな感じが時々していた。わたしも、お母さんも。なのに、わたしが塞ぎ込んでお母さんはもっともっと辛そうだった。
そんなお母さんがいっぱい笑ってくれるようになって、いっぱいお話しできるようになって、本当によかった。
「小谷君のおかげね」
お母さんの言う通り。お母さんには小谷君の話をいっぱいしている。
だから、お母さんは小谷君のやさしさをいっぱい知っている。あと、あの事件の時に小谷君のお母さんとも知り合いになって、最近はよく二人でお茶しているらしい。ぜんぶ小谷君のおかげだ。小谷君。
「………うん」
わたしは熱くなってきた顔をおさえるのに精いっぱいで、口はモニョモニョしかできず、小さく頷くだけだった。でも、お母さんはそんなわたしを見て笑ってくれた。
お弁当に一つ一つおかずを入れながら、願いを込める。
小谷君においしいって言ってもらえますように。小谷君においしいって言ってもらえますように。小谷君においしいって言ってもらえますように。
小谷君のお弁当もわたし達が作っている。これもお母さん会談で決定したらしい。小谷君のお母さんが、『そういうつもりなら、お弁当お願いするわ! お金は出すからね、絶対! じゃあ、よろしくお願いします』とのことらしい。
そういうつもりのそういうがなんだったのかを教えてもらってないけど、お願いされた。
小谷君のお母さんはだいぶカラッとした性格のお母さんで何度も会ってるけど気持ちのいいひとって感じ。
「そういえば、今度バーベキュー誘ってもらってるのよね? 確か、アメリカに留学してたご近所さんの子が帰ってくるからって。その時にも何か持って行かなきゃね」
そう、今度、小谷君の幼馴染の子が留学から帰ってくるらしい。小谷君のもう一人の幼馴染の……女の子が……!
わたしは、いつもより卵焼きを一つ多めに小谷君専用のお弁当箱に詰め込む。ぎゅっと。思いを強く強く込めて。
そして、急いで学校に行く準備を整える。
黒のグラデーションがついてしまった髪を丁寧に梳かす。本当はもっと綺麗にした方が小谷君がすきかなと思ったけど、小谷君が、
『え? なんかそれもお洒落な感じですきだけど。長いのもかわいいと思うし』
と言ったので現状維持。小谷君がかわいいって言ったから。小谷君が。
留学女ではなくわたしの髪をかわいいって言ったから。
なので、しっかりと形を完ぺきに整える。小谷君のリアクションをリサーチし続けた結果、一番反応のよかった髪型に。ヘアオイルも色々嗅いでもらって一番すきって言ってた匂いに。全部全部小谷君のすきって言ってた自分になっていく。
わたしの生活は見違えるほど変わったと思う。小谷君が嫌な気持ちにならないように、小谷君がすきなものを揃えて、小谷君が隣を歩いて恥ずかしくないように、服も髪も顔も全部綺麗に努力している。そんな自分がキラキラしていてうれしい。
お弁当を持って、最後にお母さんにチェックしてもらって、家を出る。
朝の空気も、光も、匂いも全部気持ちいい。こんな風になれるなんて思わなかった。
暗かった中学時代も、ならなきゃって思ってた1年の頃も、事故があったあの頃も、違う。
ワクワクドキドキキラキラの朝。
その朝の真ん中には、小谷君がいた。朝日に照らされてキラキラの小谷君が。
「お、おはよう、こ、や、小谷君」
「あ、朝霞……おぅ……おはよ」
最近の小谷君はよく照れる。それがうれしい。わたしを見て照れている。わたしを。うれしい、うれしいうれしいうれしい。
一緒に歩く道。本当は二人とも自転車の方が早い。だけど、歩く。『リハビリの為』って小谷君は言うけど、それでもうれしい。
あっという間に学校に着き、授業を受ける。勿論、真面目に集中して。
これは大事だから小谷君に教えてあげなきゃ、今の先生の言い方は小谷君もひっかかってるから話のネタにしなきゃ、小谷君が生活に困ったらわたしが食べさせてあげるからもっともっと勉強しなきゃ……。
とにかく、集中。あの留学女も英語は出来るらしいから、特に英語は念入りに。
休み時間は、小春たちとお喋り。拘束しすぎるのもよくないからね。小谷君を遠くから見守りながら小春たちと楽しくおしゃべりをする。特に女子力の話は為になるのでメモメモ。
お昼休みは二人でお弁当。小谷君は相変わらずおいしいおいしいって言ってくれてうれしい。ひとつひとつ食べられていくたびに、わたしがたべられていく感じ、なんちゃって。それは流石にヤバい女すぎるので言ったことはない。思ってはいるけど、思うのは自由だと思う。
学校終わり、小谷君は眠っていた。あの事件があってわたしも小谷君も色々な人に会わないといけなくなって結構疲れている。それでも、それは必要なことだから。わたしたちはがんばった。小谷君は本当にがんばってくれている。わたしの為に……。
「あ、寝ぐせ……」
小谷君の髪がちょっとはねていたからそっと触れる柔らかい髪質。小谷君の心みたいにふんわりやさしい……。
「あ」
声がして見上げると中原君がいた。無言で微笑みかけると中原君は無言で微笑み帰ってくれた。中原君は空気が読めるとってもいいひと。
誰もいなくなった教室で、わたしは小谷君の机に頬を当てて小谷君と向かい合ってじっと小谷君の顔を見つめる。
小谷君の顔には傷がある。大きくはないけど、わたしを助けた時に出来た傷がいくつか。それを見るたびに胸が痛む。だけど、胸が熱くもなる。
わたしは本当にいけない子だ。小谷君が大変な目にあったのに、小谷君がわたしを助けてくれた思い出でこんなにしあわせを感じてしまっている。ほんとうにほんとうにいけない子。
「や、やくも、君……」
わたしは呼ぶ。小谷君の下の名前を。日野くんばっかり使う下の名前を。
それだけで、しあわせで。
「う……朝霞……」
そう思っていたら、小谷君が寝言でわたしを呼ぶ。
え!? わたし!? 夢の中にわたし!
うれしくなったけど、小谷君は本当に苦しそうな、悲しそうな顔で、わたしを呼ぶ。
夢の中のわたし、小谷君にひどいことしたら潰すからね。
そう思いながら、小谷君を見守る。すると、小谷君は一筋だけ涙を流して……。
「ごめん、朝霞。ごめんなさい……」
そう言って謝ってくる。
小谷君が? わたしに? 謝ることなんてひとつもないのに?
ダメだダメだダメだ! そんなことがあってはダメだ! わたしが謝ることがあっても小谷君に謝らせるなんて絶対にダメ。わたしは小谷君を呼ぶ。小谷君にそんな許せない夢の中にいてほしくない!
「八雲君! 八雲くん! 八雲君!」
何度も名前を呼ぶ、私の大切な人の名前を。
パチッと目が開かれる。小谷君の目が。小谷君は驚いていた。だけど、まわりをきょろきょろと寝ぼけ眼で確認し、かわいい、目をこすり、かわいい、状況を確認すると、わたしをみるかわいい。
「ねえ、や、こ、小谷、君」
内容を聞きたくて聞きたくない。わたしは何を小谷君にしてしまったのか。
だけど、小谷君はわたしを見るとふわっと笑う。かわいい。
「おう、朝霞。おはよう」
はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? かわいっ!
何事もなかったみたいにかっこつけてるぅううう! かわぃいいいいいいいい!
だけど、注意はしないとダメだ。わたしは小谷君のお母さんにも頼まれているから! 留学女ではなくわたしが!
「おはようじゃないよ。ちゃ、ちゃんと勉強しないと、だめ、だよ」
だけど、ぼーっと見る小谷君がかわいすぎて……!
「ま、まあ、ノートでもなんでも見せてあげるし、受験とか失敗してもわたしがなんとかするけど……」
思わずにやけてしまう。
「よ、よし、帰るか」
急いで帰り支度を始める小谷君もかわいい。
教室の外で何かスマホを触っていた中原君に挨拶をして、にやにや見てくる小春たちを睨み、ハイタッチしてきた日野君を一睨みし、一緒に帰る。小谷君の隣で。
ウキウキ気分で帰る。夕日は朝日とは違うやさしい感じで、心をじんわりさせてくれる。
そして、今日一日を思い出しながら自分の気持ちがしみ込んでくる感じ。
そんなことを考えてると気づけば小谷君が隣にいなくて振り返る。夕日に照らされてオレンジ色の小谷君は、かっこいい。
そんな小谷君が何か言おうとして躊躇う。それもまたかっこいい。
「俺は、卑怯者だ」
「え?」
小谷君がそんなことを言い出し戸惑う。小谷君が卑怯者なんてはずがない。
でも、小谷君はそのまま続ける。
「俺は、偶然朝霞を助けただけだ」
「……うん」
そうなのかもしれない。でも、だとしたらわたしは本当にしあわせものだ。
「でも、すごいよ」
小谷君はやっぱりすごい。わたしをこんなに毎日しあわせな気持ちにしてくれる。
「俺は、助けた恩でずっと朝霞に甘えている」
「甘えていいよ。わたしが、そうしたいんだから」
本当にそう。そうでしかない。あまえてもらえたらぎゅーっとなってぎゅーっとしたくなる。本当に本当に興奮しちゃう。
「俺と朝霞はあんなことがなければ、こんな風にならなかった」
「そう、だね。でも、あんなことがあったんだよ」
あんなことがあったから、わたしは小谷君とこんな風になれた。それが本当に奇跡で、うれしくて。
そんなつもりじゃなかった。
ただ、小谷くんへの罪滅ぼしのつもりだった。
自分が助かりたいだけだった。
なのに、
「朝霞、ありがとう」
「や、小谷君、ありがとう」
わたしは、小谷君が、だいすきだ。
「朝霞」
「うん」
小谷君の真剣な目。
え? マジで? え? 今、今? 今なの? え? 今日わたしかわいい下着だったっけ? いやちがう! そうじゃない! それはもっとあとでしょ! ああ、小谷君の真剣なまなざしでしぬ! いましぬ!
「あ、朝霞」
え? いわれる? いわれちゃうの? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え?
「これからもよろしくな」
言われなかった。
でも、小谷君はこれからもよろしくって言ったよね? これからも、一緒にいていいんだ。隣にいていいんだ。わたしが、わたしが。
そりゃそうだよね、歪な関係で始まったんだもん。まず、それを乗り越えなきゃいけない。
だから、わたしは、本当に本当に本当に小谷君がわたしのことを好きだよ思ってくれるようになるようがんばる。
そんな存在になってみせる。絶対に。
そして、その時はわたしが言うんだ。うん、好きだって。言う! うん!
小谷君の顔は夕日に照らされてまっかだった。かわいい、かっこいい、すてき。
「うん。や、小谷君、こ、これからもよろしくね。や、小谷君の為なら、わたし」
本当に小谷君がだいすき。どの小谷君もだいすき。
やさしい小谷君、かわいい小谷君、かっこいい小谷君、ちょっと抜けてる小谷君、考え事している小谷君、ふざけてる小谷君、小谷君、小谷君、小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君!
ほんとうに、だいすき。
「なんでもするから」
顔を見合わせて笑うわたしたち。わらう小谷君はかっこいい。
二人で並んで歩く。帰り道を。夕方の光の中を。わたしが、隣で。留学女でも、日野君でも、中原君でもなく、わたしが。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
わたしは、わたしに笑ってしまう。
この人に、こんなにしあわせにしてもらって、しあわせにしたいと、好きになってもらいたいと思うなんて。未来永劫ずっとずっと一緒にいたいと綿密な将来設計を立てるなんて。
でも、今は本気で、『そんな』つもりだよ。
ね?
小谷君。