作品タイトル不明
【第二章時点の主な登場人物まとめ】
※年齢は本作設定の数え年です。
※永禄三年/1560年、桶狭間の戦い前後の年齢です。
※第二章終了時点の内容を含みます。
※史実・通説とは異なる独自設定を含みます。
■藤乃
数え二十四歳。
柴田勝家の妻。柴田のお藤の方。
かつては尾張守護・斯波義統の妹で、義銀と義冬の叔母。
柴田家に入ってからは、帳面・兵糧・人手の差配など、実務面でも家を支えている。
長く子ができないことに悩んでいたが、第二章で勝家との子・藤七丸を産む。
■柴田勝家
数え二十八歳。
織田家家臣。通称・権六。藤乃の夫。
本作では天文二年(一五三三年)生まれという独自設定。
桶狭間の戦いでは、信行のもとで鳴海を封じる役目を担い、岡部元信と刃を交える。
藤乃と藤七丸を何より大事にする若き鬼柴田。
■藤七丸
数え一歳。
藤乃と勝家の長男。
名は、藤乃の「藤」と、権六の次の「七」から取られた。
生まれたばかりながら、信長・信行・義銀たちを巻き込む騒動の中心にいる柴田家の若君。
■斯波義銀
数え二十一歳。
尾張守護・斯波義統の嫡男。藤乃の甥。
織田家の馬廻衆として信長の側に仕え、桶狭間では小平太・新介と共に動く。
第二章後半では、新たな斯波家の当主として立ち上がる。
信長の猶子となった琴を妻に迎え、織田家と柴田家の後見を得る。
■斯波義冬
数え十二歳。
義銀の弟。幼名は千若。
勝家を烏帽子親として、早めに元服し、義冬と名乗る。
勝家を「勝家叔父上」と慕い、義銀と共に信長の嫡男・奇妙丸の側にも出入りしている。
幼いながらも、自分が斯波の名を背負う立場だと理解し始めている。
■織田信長
数え二十七歳。
織田三郎信長。尾張の織田弾正忠家当主。
桶狭間で今川義元を討ち、歴史を大きく動かす。
義銀と琴の婚姻に際し、琴を猶子として斯波家へ送り出す。
斯波家再興にも、織田の意図をしっかり絡めてくる人物。
■織田信行
数え二十五歳。
信長の弟。通称・勘十郎。
兄の隣に立つと決めた若君。
桶狭間では信長が義元へ向かう道を守るため、鳴海を封じる策を担う。
藤七丸や藤乃、義銀たちのこともよく見ており、信長の暴走を回収する役目も増えている。
■於光
数え三十五歳。
柴田勝家の姉。
柴田家の奥向きを取り仕切る、強く頼もしい女性。
藤乃の産後や柴田家の内側を支え、必要な場面では先回りして手拭いまで出してくれる。
小平太の縁談にも、勝家の姉として関わる。
■渋川八右衛門
数え三十七歳。
柴田家の家令。於光の夫。
藤乃の知識や計算方法を、柴田家の実務へ落とし込む人物。
帳面・兵糧・人員管理など、柴田家の内政面を支えている。
第二章後半では、新たな斯波家に関わる実務面でも重要な存在となる。
■渋川勝豊
数え十五歳。
八右衛門と於光の息子。
父譲りで現実を見る目があり、母譲りで度胸もある。
帳面や家のことには向いているが、勝家の後継ぎとして武を背負うことには全力で首を横に振っている。
義冬の覚悟を素直に認められる、良い子。
■毛利新介
数え二十一歳。義銀と同世代の若武者。
織田家馬廻衆。毛利琴の兄。
静かでよく見ているタイプで、義銀・小平太と共に桶狭間で動く。
戦後は柴田邸で療養し、妹の琴に短すぎる文を送って叱られる。
第二章後半では斯波家へ入り、又助の妹を妻に迎える。
■服部小平太
数え二十二歳。義銀と同世代の若武者。
織田家馬廻衆。勢いのある槍働き担当。
義銀・新介と共に桶狭間で動く。
庭を見ると槍の稽古のことを考えるため、斯波家の新しい屋敷でもさっそく警戒されている。
第二章後半では斯波家へ入り、勝家の妹の娘を妻に迎える。
■毛利琴
数え十八歳。
毛利新介の妹。
兄の短すぎる文を見て、柴田邸へ飛び込んでくる。
人の顔色や傷の具合を見るのが上手く、無理をする相手を止められる娘。
信長の猶子となり、織田の姫として義銀に嫁ぐ。
新しい斯波家の奥を担う存在。
■太田又助
数え三十二歳。
文・目録・礼法に強い実務役。
信行の紹介により、新たな斯波家へ関わることになる。
祝いの品、文、返礼、家臣の出入りなどを記録する、家を立てるために必要な筆の人。
妹は毛利新介の妻となる。
■服部小藤太
数え二十歳。
服部小平太の弟。
兄に振り回される苦労人。
信長の命により、新たな斯波家へ関わることになる。
今後、八右衛門に鍛えられることが期待される実務枠。
■服部平右衛門
数え四十二歳。
服部家の人物。
膝に瑕を抱えているが、騎馬の知識と経験を持つ。
新たな斯波家で騎馬指南役を務める候補となる。
【補足:琴に贈られた短刀について】
第二章終盤で、信長が琴へ贈った短刀は、
『備前国住長船祐定作
永禄二年八月吉日』
という銘を持つ、本作独自設定の短刀です。
実在する特定の名物刀剣や、現在博物館などに収蔵されている刀剣をそのまま登場させたものではありません。
実は当初、この場面では薬研藤四郎の名前を出していました。
切れ味は鋭いのに主の腹は斬らない、という逸話が、義銀を止める役目を持つ琴に合うと思ったためです。
……が。
後から来歴を確認してみたところ、この時期の薬研藤四郎を信長が琴へ贈るには、少し扱いが難しそうだと分かりました。
実在の名物刀剣は、来歴や所蔵者の時期が非常に複雑です。
そのため、この場面では実在の名物刀剣ではなく、作中独自の短刀として、
『備前国住長船祐定作
永禄二年八月吉日』
の一振りを登場させています。
備前長船祐定は、室町後期にも知られる刀工名です。
本作では、信長が琴を織田家の猶子として斯波家へ送り出すにあたり、守り刀として用意した一振り、という扱いにしています。
この短刀は、琴が誰かを斬るためのものではありません。
義銀が己を削り、無理をしようとした時に、琴が止めるための刃です。
つまり、新しい斯波家の奥へ入る琴に与えられた守り刀であり、同時に「義銀を止める役目」の象徴でもあります。
後の世では、この一振りもまた、新しい斯波家の始まりに関わった刀として語られていくことになります。