軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88 立ち上がる意志

どのくらいの時間が経ったのか。

奈落の底で、俺の心はひとつ安定を見せていた。

心も魂もひび割れてしまったが、もう落ちることはない。そんな最低の安定だった。

そんな中、俺はひとり、彼女に聞いたことを反芻していた。

そうすることに何か特別な意味を見出したわけではない。

ただ、何かを考えていなければ、と思ったのだ。

もろくなった俺の心や魂が、風に吹かれた灰のように、今にもはらはらと消えていってしまいそうだったから。

彼女はこう言っていた。

邪神を追い返すために彼女が必要とした能力は、厳密には交信術の才能だけであると。

極論を言えば神降ろしができれば良いらしい。

フェリシアと共に神降ろしができる術者を一人。これが邪神を追い返すための最低条件だったようだ。

最初彼女たちは、自然に任せて適性のある者……術者候補が生まれ、神降ろしが可能になるのを待った。

しかしようやく現れた術者候補は、才能があったにも関わらず、神降ろしを行うに足る技量に至らなかった。

当たり前だろう。人間は必要に迫られなければ、極限まで自身の能力を伸ばそうという思考には中々ならない。邪神が封印された平和な世界が仇になったともいえるな。あるいは成長に伴って得る知識や経験、しがらみに縛られた結果か。

とにかくその適性者は高レベルの神聖魔法を扱えはしたが、結局レベル10には至らず、ありきたりに家族を作って没したと言う。

次に彼女たちは、この世界に現れた神聖魔法の適性者を元に、生命の模造体を造って術者候補とした。

無限に時間がある霊体とはいえ、生命体を創造できる魔法を作り出したフェリシアは、まさしく天才だったと言えるだろう。

模造体を用いたのは、彼女たちの意図の下で成長させ、無駄な知識や経験、しがらみを廃するためだ。ちなみに才能を持って生まれた子供を攫うのは、流石に気が引けてできなかったらしい。

この時同時に、才能の器が可能性の模造品として作り出された。

適性はあっても成長できない模造体に対し、「可能性=伸び代」を与え、更に成長を促進する能力を付与して設計されたものだ。

全ての可能性を含むものであるため、作成に必要なエネルギーは膨れ上がったが、超越存在から得るエネルギーをより多く貯蓄することで問題は解決された。

才能の器に付与された成長促進もあり、彼女の指導もあって模造体は十分な能力を得た。

しかしある時、自身を造られた生命であることを知った模造体が、精神崩壊を起こしたのである。懸念が無かったわけではないが、育ての親として、フェリシアが自信をもって真実を告げた結果だった。

その模造体は「何故告げた」と呪いを吐きながら死んでいったそうだ。

彼女はこの一件で、模造体を造ることに忌避感を覚えたのだと言う。

じゃあなぜ俺を造ったんだ? そう思ったが、答えは話の続きにあった。

つまり、その後一向にこの世界に、神聖魔法の高い才能を持つ者が現れなかったのだ。

それまでの時代には、百年に一人くらいのペースで現れた才能。それが異常だったのだと、フェリシアは結論付けた。彼女らが二人で神降ろしを行い、邪神に封印を施せたことは、ありえないほどの奇跡だったのだと。

そして、探索の触手は異世界まで広げられることになる。

必要なエネルギーは更に増えることになった。

しかしそれは結局、超越存在から抽出して貯蓄する量が増えただけだ。

特に問題も無く、彼女たちは三人目の適性者を見つけ、転写をし、この世界に模造体を造り出した。

異世界人の模造体は、非常に順応性の高い存在だったらしい。

異世界と聞くとすぐに理解し、成長促進を兼ね備えた才能の器が与えられることを、とても喜んでいたと言う。

もしかすると、彼もライトなノベルを嗜む人間だったのだろうか。

もはや知る由も無いが、彼はその後結局、精神崩壊を起こしたそうだ。

理由は同じく、フェリシアから人工生命であると告げられたためである。

何故、彼女が同じ過ちを繰り返したのか。それは、精神崩壊の原因を探るためだった。

二人目の術者候補で起きた結果を、彼女たちは分析していた。

その時彼が持っていた技能、身体や精神の強さ、魂の位階。

加えて、精神崩壊に動揺して十全でなかったとは言え、フェリシアもアーテリンデも、補助・回復魔法を用いて治療を施していた。

それでも彼が死に至ったのは何故なのか。

理由は三つ考えられた。

それが模造体であったため。

能力が不足していたため。

経験が不足していたため。

一つ目は根本的な問題だ。この理由が該当するなら、この世界から適性者を引っ張ってくるしかなくなる。ここに至って彼女は人攫いを決心したらしいが、しかし一向に適性者が生まれる気配は見られなかったそうだ。

二つ目は異世界人の模造体が解決した。

与えられた試練を「クエスト」と呼び、高いモチベーションで「レベル上げ」を行った。そして最終的に、二人目を越える能力を得たそうだ。

しかしながら、フェリシアたちの期待とは裏腹に、真実の開示によって彼は精神崩壊し死に至った。

そして三つ目を解決するために造られたのが、俺と言うわけだ。

色んな方法が考えられたと言う。最初にフェリシアの下である程度の訓練を積んで外に行くとか、そういうのだ。

けれど結局、彼女はすべて俺に任せることを決めたようだ。

自分で考えた行動、自分の目で見たもの、自分で得た経験。それらのものが、自身が人工生命であると言う事実に耐えるだけの理由になるのだと、そう言うことらしかった。

まあ、結局は俺もこんな感じだけどな。

自分で得たものか……。

その「自分」ってのが信用できなくちゃ意味が無いのに、何を言ってるんだか。

心の中で、俺はそう吐き捨てた。

それにしても……改めて考えると、一つ気になることがある。

もはや俺は地面に倒れ伏し、起き上がる気力など微塵も無いが、最後にこれくらいは聞いても良いかもしれない。

そう考えて、俺は億劫なのを耐えて息を吸い、それを吐き出すように小さくフェリシアを呼んだ。

「リ、リョウ! だ、大丈夫なの……?」

俺が生きていることが至極不思議だと言わんばかりの反応だ。

だが無理もない。これまでの模造体の経緯を聞いていれば、この反応も理解もできる。

だが、大丈夫とは到底言えないな。

なにせ指一本動かすのにも苦労するくらいだ。

「それでも意識があるだけで大したものよ。流石ね」

お世辞はいい。少し聞きたいことがあるんだ。

「聞きたいこと?」

そうだ。

俺は何も知らされず生み出された。なのに俺は迷宮へと向かった。

これは偶然なのか?

もしかして、あんたが何か暗示を掛けたんじゃないのか?

俺の問いにフェリシアは少し押し黙り、言いにくそうに口を開いた。

「……そうね、少しだけ。与えた知識の偏りと合わせて、貴方が迷宮に来るようにしたのよ」

やっぱりか。その理由は?

「……いくら才能の器を持つ貴方でも、最初は何の力も無いわ。何か事故が起きて死んでもおかしくない。けれど迷宮に来てくれれば、私がいくらでも補助できる。貴方にとって迷宮は敵の居る場所だろうけど、私にとっては自分の陣地の中だもの。まあ、貴方は特に補助を必要としなかったようだけどね」

なるほど。

俺は自分にディスペルを掛けたこともあるが、暗示をかけたのはアーテリンデさんか?

「ええ。あの子が扱う能力は魔法とは違う体系だし、そもそも位階が違い過ぎるから、絶対に解けないようにね」

そうか……。

「やっぱり、恨んでいるかしら?」

分からないな。分からないのはどうでも良くなったからかもしれないが、それも分からない。

そういえば、どうして打ち明けたんだ?

何か嘘を言って協力させた方が良いと思ったんだが。

「邪神に付け入られる隙だからよ。アーテリンデもそうだけど、神や精霊は意志を直接意識に伝えることができる。真実しか伝えられない方法で、だからこそ対象には真実として伝わるの。邪神のように悪意のある存在なら、いくらでも悪用できる方法なのよ」

思い出したくない過去とか、そういうのを掘り返す精神攻撃ってやつか。

俺が人工生命であることも、確かに隙と言えるな。今まさに隙を突かれてこんな状態なわけだし。

「それに……」

それに?

言い淀んだフェリシアに、俺は続きを促した。

「それに、造った者としての義務だと思ったからよ。私は神じゃないわ。自分の造った生命にはとても愛着が湧くし、嘘を吐き通すなんてできなかった。それに真実を知ってもらった上で、目的を理解してもらって、一緒にその目的を果たしたいと思った。仲間として……」

言った後、フェリシアは「独り善がりだと自分でも思うけどね」と、自嘲気に笑った。

まあ、確かに独り善がりだな。

自分勝手で、こっちの都合なんてあんまり考えてないし。

けど、俺の造物主様が人間臭くて、なんか安心したよ。

神様みたいな奴に無茶苦茶されたってより、一人の人間の都合に振り回されたって考える方が、まだ納得できるしな。

それで……あんたはまだ諦めないのか?

思うままぼそぼそと口にして、俺は最後にそう言った。

フェリシアが俺に掛け続けている魔法の光は、会話をしている間も、一瞬たりともやむ気配は無かった。

「もちろん諦めてなんていないわ。私は一度も諦めたことなんてないのよ」

強い意志の乗った言葉だった。

でも俺は……たぶんもうだめだな。

回復魔法が途切れたら、その瞬間にでも死んでしまいそうだ。

聞きたいことが聞けてちょっとすっきりしたし、思い残すこともなさそうだ。

「なによ、真面目に答えた私への当てつけのつもり? でも、絶対に死なせないわ。私にだって、もう後がないもの」

どういうことだよ。

「邪神の封印が解けかかっているのよ。そもそも虚神の力を借りたとはいえ、人間の力でこれまで抑え込めたことが奇跡だったの。この千年、色々やってはみたけど、限界が近くなっているわ」

彼女の言によれば、邪神の封印は、当初は封印とその蓋である迷宮のみだった。

その封印にいつか限界が来ることを知ったフェリシアは、封印を意図的に緩め、漏れ出す瘴気を外側で食い止めることで、封印の長期化を図ってきたらしい。

その体制の一つが門番であり、彼らはそこに居るだけで、漏れ出す邪神の影響を食い止めている。また迷宮内部に発生する魔物は、瘴気を結晶化して核とし、それを動力として消費させるために生み出されたもののようだ。

魔物の形態を取っているのは、外の人間に討伐させる意図も含まれているのだとか。

「それでも徐々に邪神の勢いは増しているわ。マイトリスの門番が低階層に移行してきているのもその結果ね」

あんたが封印を緩めた結果じゃないのか?

「押されているのはその結果でもあるけど……そうしなかったらもう五百年は前に封印は解けているわね。内側からの圧力で、ドカンと爆発するみたいに」

そうなのか。

それにしても、今更になって酷い情報開示だな。

俺がそれで考え直すとでも思ったのか?

「……もちろん、そうよ。封印が解けるまでにもう一度創造魔法を行使できるかは、正直難しいところなの。だからもう私には、いえこの世界には貴方しかいないのよ」

あんただって神聖魔法を使えるだろう。

自分でなんとかすりゃあいい。

「再封印くらいならできるかもね。本当にダメなら、最終的にはそうするしかなくなるわ。けれどそれはタイムリミットが延びるだけよ。私が居て、創造魔法で適性者が造れて、邪神を追い返すだけの方法を取れるのは今しかないの!」

フェリシアの語調は徐々に強くなり、最後には懇願するように、彼女は声を張り上げた。

けれど。

そう言われても、俺にはもう力が残ってないんだ。

「お願い……リョウ! 私をどれだけ恨んでもいいわ、どれだけ 詰(なじ) ってもいい。私にできることだったらなんでもする! だから一度だけ、邪神を追い返すことだけ、協力して! でなければこの世界も、貴方の仲間もみんな死ぬのよ!」

俺の仲間?

確かにあいつらはいいやつらだったな。

でもそれは俺じゃないやつの意志で行動してきた結果だろうに。

「いいえ! 貴方は……っ!」

フェリシアが何か言おうとしたのを、後ろから遮る影があった。

と言ってもここにいる者は限られる。

その陰とはアーテリンデさんだった。

彼女は少し機嫌が悪そうに、眉間に皴を寄せて俺に手を伸ばす。

そしてその手が触れた時。

俺の中に膨大な「記憶」が流れ込んできた。

それは、俺を見守る誰かの記憶だった。

俺が路地裏に生み出されてから、わずかに一年ほどの記憶。

なのにその量は膨大で、内容はとても濃密だった。

その中で俺は、色んな人と会話を交わしていた。

重要なこと、重要でないこと。

何気ない問いかけや、下らないやりとり。

客観的に自分を見るなんて、変な気分だった。

けれど悪くはない。

俺は自然に振舞っていたし、対するやつらも自然だった。

この一方が造られた命だなんて思いもよらない。

そんな風に思える光景だった。

そしてそれを見て、ひとつ思い至ったことがある。

それは俺の周りに居る奴らの言葉や振る舞いは、真実のものだということだ。

俺の言葉や振る舞いの背後にあるものが、作り物だろうと何だろうと、それは変わらない。

俺が薄っぺらだろうと何だろうと、あいつらは生きていて、意志をもって相対してくれた。

人間関係ってのは“やり取り”だ。

行ったら返ってくる。来たら返す。

大小はあれど、お互いに影響を与え合うものだ。まあこれも俺のコピー元の価値観ではあるけれど、それは今はどうでもいい。

あいつらの意志、その影響を俺だって受けているのだと、客観的にやり取りを目にしてようやく気付くことができた。

俺は薄っぺらだ。

造られた背景のお陰でチグハグで、言わば二十五歳の行動や振る舞いをする、一歳ちょっとの赤ん坊だ。

でも、ずっと薄っぺらなままってわけじゃない。

あまり自覚は無いが、俺だって成長しているのだろう。技能だけじゃなく。

多分、アーテリンデさんは「生きろ」と言っているのだ。

偽物の背景を背負った、人工生命という命を受け入れて。

そういう存在として生きて、成長してゆけと。

「お、俺は……」

はっきりと言葉が出て、フェリシアが息を飲んだ。

力は戻っていないが、意志は戻った。そんな気がした。

「アーテリンデさん、俺は……」

ぶるぶると震える腕で、がくがくと揺れる足で。

俺はゆっくりと体を起こしていった。

一度バランスを崩し、顔を地面に強打して擦りむいた。

その傷をフェリシアの魔法が温かく癒してくれた。

彼女の顔は少し興奮した様子で、とても人間臭い表情だった。

「俺は……この、一年を」

再び体を起こし、膝立ちになった。

片膝を立てて、その膝に手をやり、無理矢理立ち上がる。

「この、一年を……誇りに生きていけば良い。そう言うことか?」

アーテリンデさんは温かく微笑んだ。

フェリシアの方は感極まって涙を浮かべている。

まったく、どこまで人間臭いゴーストなんだか。

まあ、いいさ。

俺は作り物で、借り物のアイデンティティでこれまで過ごしてきた。

けれど過ごしてきた時間が偽物ってわけじゃない。借り物のアイデンティティが気に食わないなら、過ごしてきたこの日々を、拠り所に生きていけばいいんだ。

よくぞそんな簡単なことに思い至らなかったものだ。

アーテリンデさんに生を肯定されてようやく、だものな。

だが、俺は生きたいと思っていたのかもしれない。

そして適うなら仲間たちの住むこの世界を救いたいと。

でなければ「生きていても良い」と言われても、無理に立ち上がらなかったかもしれない。

「…… 神息(ブレス) 」

いまだ体の震えは止まっていなかったが、俺は意志を込めて呪文を唱えた。

フェリシアによる 神息(ブレス) がすでに掛けられていたが、その魔法は強く煌めき、俺の体に力を宿していった。