軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87 エピソード・ゼロ(リョウ) その四

「貴方の考える神とは、何かしら?」

困惑する俺に、彼女から再度の問いかけ。

戸惑いはあったが、俺は答えを探した。

「あんたが 空(くう) に 坐(ざ) する 虚神(うつろがみ) と言っていたモノ、それから邪神。そういう凄まじいエネルギーを持った存在のこと……じゃないか?」

「いいえ違うわ」

俺の回答は強い口調で否定される。

自分で聞いておいてにべもない反応だが、これは彼女の意図を読む手がかりでもあった。

要するに、彼女には何か説明すべきことがあるのではないか。

それを俺に理解させるために問い、理解させるために否定しているように感じる。

急な話の転換もそのためだろうと、俺は理解した。

困惑は解消されないままだが、そうと分かれば話の続きを遮らなければいいだけの話である。

「虚神や邪神は、神のごとき存在としてそう呼称しただけで、神ではない。私も生前は貴方と似たような認識だったわ。でも死んで霊体となり、アーテリンデとの交流の中で、神と言うものを理解した」

話しながら、彼女はおもむろにフードを上げて顔を晒した。

霊体でもそんなことができるのかと、下らない感想はともかく。

フードの陰になって分かりづらかったフェリシアの容姿が明らかになる。

フェリシアは、若い女性だった。

それもともすれば幼く見えるほどの年齢だ。

少なくとも俺よりはかなり若いだろう。二十歳に届くか怪しいほどだ。

綺麗に編み上げられた茶色の髪。イヤリングなどの装飾品。

お洒落に気を遣う、普通の若い女性という印象だった。

しかしそんな彼女の口からは、神にまつわる重要な説明が次々と並べ立てられていく。

「神とは、創造神のことよ。私たちが本当の意味で神様と呼んでいい、唯一の存在……。創造神は世界のあらゆる全てをお造りになった。そしてその後、自分の体を 千々(ちぢ) に分け、世界のあらゆる全てに自身の力をお与えになった」

まるで神話のような話だった。

けれどおとぎ話のようなその情報は、アーテリンデ……大地の精霊の管理する世界記憶に由来するものらしい。

それが事実かどうかを判断する術は無いが、限りなく信憑性の高い情報であることは間違いないだろう。

「創造神は全能の存在。分かたれて薄められ、私たちに与えられた神の全能を何と呼ぶか、分かるかしら?」

「さあな……神の加護とかか?」

ありきたりな俺の答えに、フェリシアは首を振る。

「いいえ。私たちに与えられた神の力の欠片……それは私たちが、“可能性”と呼んでいるものよ」

「可能性……?」

全能が薄められ、可能性となる。

確かに可能性という言葉の意味の広がりは、全能に繋がるイメージを内包している。

しかも話は世界創生に関するものだ。正直想像力が追いついてないのもあるが、それが世界の理だと言われて、否定するだけの根拠は何も無い。

「神に与えられた可能性の力を引き出し、全能に至る努力をすること。もちろん全能なんてありえないけれど、その努力こそが、この世界の遍く全ての存在に与えられた意味……なのかもしれないわね」

「中々面白い話だな」

示唆に富んだ話であることは確かだった。

「才能の器」と、全能の欠片である「可能性」。この二つには何となく似たものを感じた。

もちろん何となくと言うだけで、どう関連しているかは分からないが。

「……それで、この話には何の意味があるんだ?」

俺が思い切ってそう聞くと、フェリシアから頷きが返る。

ようやく核心に触れてくれるのだろうか。

フェリシアは決心するように息を吸って、再び話し始める。

「この世界の遍く全てには、可能性が与えられている。けれど逆に言えば、この世界のモノではない存在には、可能性は与えられていない」

その時唐突に、俺は自分の胸の 裡(うち) に、ざらりとした不快な感情が芽生えたことを自覚した。

いや、『芽生えた』というのは間違いだ。

それは彼女が俺の質問を無視して話し始め、それに困惑を覚えた時からずっと、心の片隅で燻っていたものだった。

ただこの話題が始まった時に、ようやくそれを認識できるようになったに過ぎなかった。

その不快感が何に由来するものか、俺には説明はできない。

けれど、この話の 続きを聞いては(・・・・・・・) いけない(・・・・) と、強くそう思った。

それなのに耳を塞ぐはずの手は、何故か動かなかった。

「では、神によって可能性が与えられていない存在とは? それは創造神によって造られていない存在のことよ」

例えば虚神、例えば邪神。

そして神降ろしのエネルギーによって作られた迷宮と、その迷宮が生み出した魔物。

あるいは門番たち。

つらつらと、そうフェリシアは並べ立てる。

「可能性が無ければ成長は無いし、創造的な思考は一切できない。門番には自我を持ってもらう関係上、可能性に代わるものが必要だった。だから仮初の可能性というべきものを、私はアーテリンデと協力して造り出し、彼らに植え付けたの」

可能性を植え付けるなど。

そんなことはできるわけがない。

いや……何故俺はそう思ったのか。できて欲しくないと思ったのだろうか。

話の流れから、言わんとするモノが薄っすらと見え始めていた。

俺の考えを読み取ってか、フェリシアが一つ頷く。

「そしてもう一人、可能性を持たない者が居る……もう、分かったかしら?」

彼女は俺を見て「一人」と言った。

可能性を持たない「者」と言った。

この状況で。

こうした説明を受けて。

該当する人物は一人しかいない。

「俺が……そうだって言うのか?」

「ええそうよ。だから私たちは『才能の器』という、可能性の模造品を貴方に与えたのだもの。そして……」

「お、俺は……異世界人だ! この世界の、か、神の加護を、持っていないのは当然だろ?」

俺は続きを制止するように口を挟んだ。

感じていた不快感はいつからか頭痛に変わっていた。

頭痛は警鐘のようにガンガンと、内側から俺の頭を叩き続けている。

「それは先んじて説明したでしょう。世界間転移は神にしか実現不可能だと」

「じゃあ、俺は一体何なんだ! 俺が神だとでも言うつもりかッ?!」

彼女に先を言わせてはならない。

けれど答えを求めるように、俺は声を荒らげてそう聞いてしまった。

「そんな訳ないわ、貴方のことは良く知っているもの。それこそ最初から最後までね。貴方の能力も、これまで歩んだ道のりもすべて。……これは別に魔法で調べたからじゃない。ではなぜ私がそれを知りうるか、教えてあげましょうか?」

俺の口から制止の言葉は出てこなかった。

そして彼女は事も無げに、その続きを口にした。

「私が……貴方という存在を造り出したからよ」

ぐらりと、世界が揺れた。

そうか、なんて答えてしまいそうな普通の口調。

嘘だろ、と笑い飛ばしてしまいそうな冗談じみた言葉の意味。

あまりにも現実感が無い。

なのに……なのになぜ俺はこんなにもショックを受けてるんだ?

脳が揺れ、視界が揺れていた。

足の力が抜け、その場にへたりこんだ。

早く彼女の言葉を否定しなければ。

でなければ俺は……俺は?

めまいのような状態に酔い、胃液が逆流する。

「ゲホッ、ガ……ハッ」

吐き出した熱い胃液が喉を焼き、酷くむせ込んだ。

しかしその強烈な感覚に自分を思い出したかのように、俺の口からは殆ど無意識に、反論がついて出た。

「そんな馬鹿なこと……俺には、昔の記憶があるんだ!」

「それも私が造ったものよ。正確には転写だけれど」

「そんなことができるはずがないっ!」

「異世界の生物を世界間転移させるよりは 容易(たやす) いことよ。強力な探査魔法と、記憶ごと情報を写しとる魔法、その情報から生命を創造する魔法があればね。私には魔法を創造する時間もあったし、それらを支える強力なエネルギーも交信術が解決してくれたから」

「そんな……そんな、嘘だ……」

「嘘じゃないわ。貴方の意識はあの路地裏から始まっているはず。それは貴方があの時造られたことの証明なのよ」

「看破では……アンタのことは何も表示されなかった!」

「あの面白い能力ね。けれどむしろ、表示されないことが証拠じゃないかしら? 私は貴方の造物主。私が許したのでもない限り、貴方が私に影響を及ぼすことは限りなく不可能に近いわ。それに確か、貴方の職業が『才能の器』と表されていたはずね。それは貴方が正常な可能性を持たない、生命の模造体である証左なのよ」

揺れる視界を塞ぐように眼前を手で覆いながら、その後も俺は半狂乱になって、反論を繰り返した。

いつしか反論は単なる質問に変わっていったが、彼女はすべてに対し、丁寧に回答してくれた。

得られた情報は沢山だった。

けれど、俺が造られた生命であることを否定する情報はひとつもなかった。

むしろ納得してしまう様な説得力で、俺の心を蝕んでいった。

結局のところ真っ向からの否定も、粗を探すためにした質問も、無駄なあがきにすぎなかったのだ。

なにせそれが真実なのだから。

もしかしたら俺はきっと、最初からそのことを理解していたのかもしれない。

『造られた存在』だとはっきり口にされた時から。

話の流れが変わって、困惑と不快感を感じ始めた時から。

彼女が邪神を追い返すという目的を口にした時から。

あるいは……初対面の彼女に自身のことを把握されていることを、何の疑問も無く受け入れた時から。

俺は全て自覚していたのだ。

それを信じたくなくて、無様に抵抗していただけだった。

俺はあの路地裏から始まった。

記憶も経験も、俺が「俺と言う人間」だと思っていたものは、全て造りモノで借りモノで、俺ではなかったということだ。

なんて馬鹿馬鹿しい。なんて滑稽なんだろうか。

俺は薄っぺらい存在だ。中身が無いのに、あると思い込んでこれまで過ごしてきた。

これまでの行動や発言。意志をもって行ってきたすべてが、今となっては嘘っぽく感じられた。

自身の立っている足場が崩れ落ち、奈落の底に沈んでいくような、そんな気分だった。

いつしか迷宮の最奥には暗い沈黙が満ちていた。

そして妖しげな紫の光が揺らめきながら、俺という哀れな人外を、静かに照らしていた。