作品タイトル不明
やがて愛に育つ
母の温室の奥、端っこの場所に埋められていたバラのペンダントトップは、なぜかそれを見つけたイレール様へと譲られた。
とっても不本意だったのだけれど、なぜかそれが母の意思だったような気がして……あと、イレール様の熱意に負けました。
日が暮れる頃、父とニヴェール子爵家へ出かけていった兄も、アンリエッタとの婚約話がうまく纏まったみたいで上機嫌で帰ってきたわ。
「え? 温室に他の色のペンダントトップがあったって?」
「そうなの。たまたま訪れていたイレール様が見つけて。ものすっごく欲しがるからそのまま持ち帰ってもらったのだけど、まずかったかしら?」
アルナルディ家の細やかな晩餐のとき、父と兄へバラのペンダントトップのことを報告したら、二人ともピタリと食事の手を止めてしまった。
どうしたのかしら?
「シャルロット。母上はヴォルチエ国の出身で、魔法が使えるのは知っているね?」
「はい、お父様。でもそれが何か?」
こてんと首を傾げる私の姿に、父は思いっきり息を吐いた。
「シャルロット。アンリエッタは母上からペンダントトップをプレゼントされていた。たぶん、母上はいずれ僕とアンリエッタが結婚して家族になることがわかっていたんだと思うよ」
兄が小さい子供に言い聞かすように、丁寧に説明をしてくれたけど、私だってわかっています。
「アンリエッタの場合は予想がつきますわ。満足な支度金も用意ができない貧乏子爵家に嫁入りしてくれる貴族子女なんてアンリエッタぐらいですもの」
私の正直な意見に貧乏子爵家当主の父は落ち込んでしまったみたい。
でも、アンリエッタのことは母の魔法とは関係ないと思うわ。
兄と結婚する未来なんて、私たちの家の事情を知る者なら予想ができるもの。
「……しかし、よりにもよってモルヴァン公爵家のイレール様に渡ってしまうなんて……。カティンカの予言でないことを祈るしかないのか」
「お父様……。さすがの私でもモルヴァン公爵家の嫡男様と縁が結ばれたとは思っていませんわ。ちゃんとイレール様には持参金が用意できないことと、お兄様が結婚したら家を出て働きに出ることもお話ししましたもの」
少し胸を張って自慢げに話したら、お父様がシクシクと泣き出してしまった。
だって、持参金が用意できないのは本当のことでしょう?
「ところでシャルロット。イレール様にお渡ししたバラの色は何色だったの?」
「紫色でしたわ」
父が教えてくれた紫色のバラの意味は「気品」「尊敬」だった。
そうね、私はイレール様を尊敬している。
そう強く思って、芽生え蕾を膨らまし始めた気持ちを抑えこんだ。
私はね。
数年後……。
無事に兄とアンリエッタは結婚式を挙げ、アルナルディ家に家族が増えた。
ついでにニヴェールのおじさまがアンリエッタのために使用人も雇ってくれたのがすごく嬉しかったわ。
兄は領地経営を父から学びながら、夢魔病の薬を完成させる。
薬の論文とミレイユ様の夢魔病完治の症例を評価され、兄がアルナルディ子爵を継ぎ、爵位も子爵から伯爵へと陞爵された。
兄は「いや、この陞爵はイレール様の策略だろう」とわけのわからないことを呟いていたけど、喜ばしいことだわ!
伯爵になっても節約重視の生活は変わらない中、兄の作った薬やアンリエッタが開発した肌の弱い人向けの石鹸や化粧水などが評判を呼び、少しずつだがアルナルディ家の財政は改善されつつある。
父や兄は私の結婚話にも積極的になったけど、いくら幾何かの持参金が用意できるようになったといっても無駄使いよね?
「私の持参金はもったいないのでいりません。そろそろアルナルディ家を出てどこかの貴族家へ働きにでます」
むんっと両手の拳を握って力説すること数回、その度に父や兄、義姉となったアンリエッタに止められたけど、そろそろいいでしょう?
「ど、どうしてこうなったのかしら?」
春の暖かい日、色鮮やかな花に囲まれて、私は白いドレスを身に纏い、教会にいた。
おかしいわ、フルール様に侍女は無理でもどこかメイドとして雇ってもらう口利きをお願いしたのに。
私の隣には、白い礼服を着たあなた。
この式は前の時間でも経験したのに、二人の衣装もほとんど同じなのに……どうしてかしら?
冷たい表情で口を引き結び、私になど視線も送らなかったあなたが、とても緊張した面持ちで誓いの言葉を口にしている。
前の時間で私たちの結婚を企てた第二王子やオレリアたちの代わりに、王太子になられたジュリアン様とフルール様が列席されていて、前回は欠席されていたモルヴァン公爵家の方たちもミレイユ様も含めてご出席されていた。
「……シャルロット?」
「っ! ち、誓います」
イレール様の不安げな声に、私は裏返った声で愛を誓った。
私の胸には青いバラのペンダントが煌めき、イレール様のタイには紫色のバラが咲いている。
このバラは決して枯れることなく、私たちの幸せを見守っていてくれるだろう。