作品タイトル不明
変らぬ日常
自分にとって大事な二人に、死に戻ってきたという隠し事をすべて話してスッキリした私は、ちょっと気を抜いていたかもしれないと反省した。
なんで、こんなことになっているのかしら?
豪奢な部屋でアンリエッタと二人、招待された小さなお茶会中に、ふとため息が零れそうになる。
「ほら、こっちも食べてごらん。とても美味しいらしいよ」
ニッコリ笑顔でお皿のお菓子を勧めてくださるのは、モルヴァン公爵子息イレール様。
……確か、あなたの目的であったはずのサミュエル・アルナルディは、あなたの願いを断ったはずですよね?
だったら、その妹である私にまとわりつく必要はもうないのでは?
「まあ、イレール様にそのように仲の良い方ができるなんて。ふふふ、ぜひわたくしとも仲良くしてほしいわ」
「いえ、そんな……」
ええーっ。それは無理でしょう?
他人ごとのように、素知らぬ顔でお茶を飲んでいるアンリエッタの図太い神経が羨ましいわ!
私が緊張して座っている正面には、初対面の美しい女性が姿勢よく座っている。
……未来の王妃、第一王子の婚約者、そして前の時間で兄が毒殺したとされるフルール・デュノアイエ侯爵令嬢である。
「なぜ、また私たちの前にお姿を現したのですか?」
私は学園の授業が終わった解放感に満たされていた気持ちを、どんよりとした雲で覆われた残念な気持ちで目の前の美丈夫を睨んだ。
「なぜって。今日もフルール嬢に伝言を頼まれたのさ」
軽く笑って、彼、イレール・モルヴァン公爵子息が私とアンリエッタに歩み寄ってくる。
先日、奇しくもニヴェール子爵の王都屋敷であなたの目的を知り、兄であるサミュエル・アルナルディがその願いを突っぱねましたよね?
「ああ、だけど、僕は確信しているのさ。サミュエル殿が必ず妹を助けてくれると」
そんな自信満々に言い切られても困ります。
イレール様がおっしゃられるとおり、兄は「夢魔病」の特効薬「レヴェイエ」を完成させました。
でも、それには第二王子の支援が大きかったと思うわ。
揃えられた一流の器具に潤沢な資金、協力者、治験者、それでも薬として完成するのに何年もかかったのです。
そして今は、私のこともあって兄はその薬の研究をこっそりと続けるが、大々的に発表するつもりはないと断言しました。
イレール様の妹さんが今もその病に苦しんでいるのはかわいそうだと思うけど、そもそも兄の薬は完成までかなり時間がかかるから……。
「シャルロット嬢。そんなに痛ましそうに僕を見なくても大丈夫だ。妹の病気がわかったとき、多くの医師や薬師に助けてくれるよう求めた。でも、みんな「夢魔病は治らない」と言い、治そうと藻掻く者はいなかった」
モルヴァン公爵家が求めたならば、この国でも、いや他の国でも有名な医師や薬師だろう。
得てして、有名である者は高齢だったりする。
――それは難病と忌避されている病に取り組んで失敗したら、今までの高名も失くしてしまうもの。手を付けようなんて考えないわ。
その点、兄は気楽なものである。
誰にも注目されていないし、期待もされていない。
むしろ、そんなできもしないことを研究するなんて物好きなと笑われるだけだ。
「……本当に、兄には作れないですよ?」
「かまわない。もうしばらくは付き合ってくれ」
イレール様は私たちにそう言うと、許しを請うように頭を下げた。
「や、やめてください! わ、わかりましたから!」
高位貴族に頭を下げさせている申し訳なさにパニックになって慌てふためく私を横目に、アンリエッタは呆れた顔で私たちのやり取りを見ていた。
しょうがないでしょう。
なるべくイレール様とは距離を置こうって話したけれど、これは無理でしょう?
涙目でアンリエッタにそう無言で訴えていると、イレール様はあっさりと頭を上げて私の手を取る。
「え?」
「今日は、君たちに会わせたい方がいるんだ。こっちこっち」
イレール様に手を引かれるまま校内を進んで辿り着いたのが、高位貴族や王族が使えるサロンの一室だった。
ニヴェール家でお世話になり、実家では味わえない高級茶葉の紅茶とか、砂糖をふんだんに使ったお菓子とか、口にすることができるようになって密かに嬉しかったけど……やっぱり王族は違うわね。
フルール様は、まだ第一王子殿下の婚約者で王族ではないけれど、準王族としてふさわしいものに囲まれている。
コクリと紅茶を口にして、その香りの高さと味の奥深さに、目を瞑りじんわりと味わう。
現実逃避をしているとも言うわね。
下位貴族である私たちへ偏見もなく、柔らかい声で話を引き出し、微笑みで受け止め、そして気が付くとついつい喋り過ぎている。
私はなるべくフルール様の術中に嵌らないように口を噤んで、イレール様の話に頷くだけにしていよう。
商会も営むニヴェール家の娘としてアンリエッタは、わざとフルール様の話術に嵌ったフリをしつつ、自分の知りたいことを聞き出そうと罠を張っている……みたい。
このお茶会は、とにかく恐ろしいわ。