軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

求めるもの

先日、前の時間では恋しい旦那様であり、私を崖から落とそうとした殺人者であるイレール様から、町へ出かけるのに付き合ってほしいと請われた。

断りたい気持ちが心を占めていたが、死に戻った私は彼の本当の姿とアルナルディ家を陥れた理由が知りたいと、その誘いを受けたのだ。

……アンリエッタに押し切られたとも言うけど。

今日、彼が迎えにきて、思いもかけず楽しい一日を過ごしてしまった。

イレール様が買い求める贈り物の相手が病弱な妹さんだったという事実になぜか安堵したり、触れる指先に胸がドキドキとしたり。

どこかフワフワとした気持ちで帰ってきた下宿先のニヴェール子爵の王都屋敷では、何かを企んだアンリエッタが私たちを待ち構えていた。

そして、イレール様をお茶に誘って、しかも兄であるサミュエル・アルナルディが同席して、あわあわと慌てる私を余所に、二人はやんわりとイレール様を問い詰めていったのだ。

「……サミュエル殿に会いたいと思ったことは否定しない」

「サミュエルでいいですよ。イレール様」

鬱陶しい前髪は変わらないのでいまいち本心が見えないが、兄は口元を和らげてイレール様に応えた。

「なぜ、サミュエル様にお会いしたいのですか?」

さっきから、三人のやり取りは堂々巡りだ。

アンリエッタはなぜサミュエル・アルナルディに会いたかったのかを問うけれど、イレール様は会いたかったことは否定しないが理由は話さない。

コクリとカップのお茶に口をつけて、私はなんとも言えない空気の部屋をぐるりと見回した。

「それは……。何度も言ったと思うが、彼の研究に興味があったからだ」

「お兄様の研究って……」

今回の時間では、兄の論文は新薬ではなく、既存の薬の効能を高める補助剤だし、そのことは学園にも師事する教師にも伝えてある。

高位貴族で自国でも他国でも、お金に糸目をつけずにどんな薬でも手配ができるイレール様の興味を引くとは……信じられないわ。

チラリと私に視線を寄こした兄は、微笑みは崩さずに丁寧に言葉を紡ぐ。

「僕の研究はありきたりの薬草で作る、ある薬の効能を強めるものです。風邪といえど老齢な方や子どもには命に関わるときがありますから。重症化する前に治すためのものです」

既にアルナルディ家とニヴェール家の領地にて治験が始められていることも伝えた。

「確か、モルヴァン公爵家の事業では薬の取り扱いはなかったと思いますけど? こちらの薬は我がニヴェール子爵家が一手に引き受ける契約になっていますのよ? そのために資金援助など支援しているので」

アンリエッタは、暗に私たち兄妹の衣食住すべてを支援していると示す。

……ニヴェール子爵家にはお世話になっていてありがたいけど、この補助剤はそんなにいい商売にはならないと思うから申し訳ないわ。

そんな状態なのに、公爵家は兄が研究している風邪薬の補助剤なんて本当にほしがるかしら?

私たち三人の訝しむ態度に、イレール様の顔色はどんどんと悪くなり、不毛なやり取りを繰り返すこと数回、とうとう彼は降参した。

「妹さんの病気って……夢魔病だったんですか!」

その病名を聞いて、私は思わず立ち上がってしまった。

夢魔病……完治することのない難病として認知されている病。

前の時間で兄が卒業論文に書き、その後完成させた新薬「レヴェイエ」ができるまで、患者たちはゆっくりと死が訪れるのを待つしかなかった。

特に病状に痛みや苦しみがあるわけではない。

ただ、抗いがたい睡魔、倦怠感が日に何度も襲ってくるのが最初の症状で、ほとんどの人はそれが「夢魔病」だと気づかない。

症状が進むと眠っている時間が長くなり、食欲などが失せ痩せていく。

寝ている時間が多く、体を動かす時間が少なくなるので体力も失い、気力もなくなっていく。

そうして、静かに死の眠りにつく。

発病から死までの時間は、人それぞれで長い人だと三十年間闘病し生き延びた人もいるとか。

「妹の……ミレイユは正確な発病した時がわからない。子どもはよく寝るものだし」

フッと悲しそうに笑ったイレール様は、私たちに妹さん、ミレイユ・モルヴァン公爵令嬢の話を聞かせてくれた。

彼女の体の異常に、最初に気付いたのはイレール様だった。

高位貴族らしく王家に呼ばれたお茶会の庭園で眠り込んだ妹に不安を覚えたらしい。

父の公爵に頼み医師に診てもらい、何度も何度も診てもらい、下された診断が「夢魔病」だった。

公爵家ではミレイユ嬢の病名に緘口令を敷き、病弱な娘として屋敷に隠した。

王家から「王子の婚約者に」と打診されていたが、病弱を理由に辞退した。

どこから、病名がもれるかわからないから、ミレイユ嬢は体調のいいときでもお茶会などのパーティーには一切参加させなかった。

アンリエッタのいう「幻の公爵令嬢」ができあがったのだ。

そんなに隠したいなら領地に籠らせてしまえばいいと思ったが、公爵家は持てる力すべてで薬、又は薬を作れそうな人材を探し求めていた。

領地にいては、何かがあったときに間に合わないかもしれないと危惧した公爵が、ミレイユ嬢を王都屋敷に留めることを選んだ。

「だが……もうミレイユは十七歳だし、既に症状が出てから少なくとも十年以上は経っている」

十年……。

厳しいことを言えば「夢魔病」のタイムリミットだ。

平均で発病から十年から十五年で死を迎える……らしい。

「まだミレイユは起きている時間が長いが、酷いときは二日間眠ったままのときもある。もう目覚めないのではと思うと……」

イレール様は、ギュッと両手を握りしめて唇を強く噛んだ。

私たちも口を噤む。

まさか、イレール様にそんな事情があったなんて……知らなかったわ。

もしかしたら、前の時間で私とイレール様が結婚したときには、もう彼女は……。

応接室に静寂な時間が暫し流れた。

「サミュエル殿! あなたには作れるのではないか? 夢魔病の薬を!」

俯けた顔を勢いよく上げたイレール様は、鬼気迫る形相で兄の顔を見つめ、叫ぶように問いかける。

兄はあまりのことに口を開けて固まっているが、私は知っている。

「夢魔病」の薬、「レヴェイエ」を作ったのは、サミュエル・アルナルディであることを。