作品タイトル不明
苦い薬と毒花
ガラガラと馬車の車輪の音を聞きながら、幸せに満ちたお腹を撫でつつ、私たちはニヴェール子爵の王都屋敷へと帰る。
「ところでサミュエル様。卒業論文は順調ですか?」
アンリエッタが対面に座った兄へ、真面目な質問を投げかけた。
「ああ。薬草の栽培方法も抽出方法も完成したよ。治験は既にアルナルディ領地とニヴェール領地で始まっているし」
ニコとアンリエッタに笑顔を向けた兄は、しかしすぐに表情を曇らせた。
「問題は薬ができたあとなんだ……」
アンリエッタと私は互いの顔を見合わせる。
「薬ができたあとですか?」
「ああ。どうやって投与すればいいのか。治験では粉薬で飲んでもらっているけど、案の定、評判が悪い」
顔をしわくちゃに顰めた兄の様子に、その粉薬が尋常なく苦いのだと悟る。
「えー、ただでさえあの風邪薬は苦いのに……」
アンリエッタもさらに苦い薬を想像したのか眉間にシワを寄せた。
「あの薬は風邪をこじらせて重症化しないようにする薬でしょ? 特にお年寄りや子どもに必要な薬だと思うけど」
どちらも薬が飲ませにくい相手である。
高齢になると嚥下しにくくなるし、子どもは苦い薬など絶対に飲まないと抵抗する。
兄もがっくりと肩を落とす。
「んー。だけどね、液体の風邪薬に混ぜると、それはもう……絶対にムリ」
幼いころから母と一緒に薬草を育て薬を調合してきた兄は、多少の苦さは感覚が鈍くなっていて問題ないらしい。
その兄が……絶対にムリと拒絶する薬の苦さ。
「それはお兄様。世間には出せないのでは?」
死にたくなかったら飲めと強要もできるが……あくまでも風邪薬なのだし。
「でも、重症化して命を失うのはお年寄りや子どもなんだよ。特に子どもを亡くした親の喪失感は大きい。下手をすると第二の悲劇を招いてしまう」
出産が命がけであるのだから、そんな思いをして生み育てた我が子を失う辛さは想像できない。
子どもが病気で亡くなる、それを側で見ていることしかできなかった親の後悔、悲しみ。
兄は、そんな親の悲しみも消し去りたいと薬の研究をしているのだ。
「…………そうよ。そうだわ」
そんな兄が、私の自慢の兄が人を殺そうとするわけがない。
しかも毒で人を殺すなんて、あり得ないわ。
「あーあ、苦い薬も飴玉のようにしてくれたらいいのに」
「なあに、アンリエッタ? 子どもみたいなことを言って」
クスクスと私が笑うとアンリエッタは、てへっとかわいく舌を出した。
「飴玉か……。液体や粉だと味がわかって嫌がるから、何かで固めてしまうのもいい手法かもしれない」
「お兄様。飴は無理ですし、甘いもので固めるにしても砂糖もハチミツも高値だわ。結局、高い薬になってしまっては本当に必要な方に届かなくなってしまう」
苦さを誤魔化すための甘味はどれも高い値で取引されている。
薬に甘味を使ったら、それこそ王侯貴族の御用達になってしまう。
兄妹でむむむと苦悶の表情をしていたら、アンリエッタがにんまりと笑って驚くべき情報を出す。
「ふふふ。相変わらずアルナルディ兄妹は情報に疎いわね。実は安価な甘味が隣国で栽培され始めたのよ」
アンリエッタが得意げに話すには、外国に買い付けに走っている彼女の兄が隣国で見つけたある植物。
煮たり濾したり乾かしたりと作業は手間だが、確かに甘味のある粉、砂糖ができるらしい。
「この植物を我が領地でも栽培するの。だから安い甘味を提供できるわよ?」
「アンリエッタ……」
ニヴェール子爵は商会を営むことで、社交界では地位が低く見られることも多々ある。
けれど……彼女たちはやっぱり強くて逞しいわ。
「お兄様。粉にした薬を甘味で固める方法を試してみては?」
「う、う~ん。そうだな。やっぱり飲みやすい薬でなくては」
こうして、馬車の中で出しあった知恵で、兄の作る薬は一段と素晴らしいものになるのだった。
私とアンリエッタが王都の学園に通いだして一か月が過ぎた。
選択授業や学友たちとのやりとりにも慣れ、王都の町を楽しむ余裕もできてきた。
前の時間でほとんど自由な時間がなかった兄も、登下校は私たちと一緒の馬車で、週末に休みもしっかりと取れている。
その週末には、兄と一緒にアルナルディ家に帰ると、嬉しそうな父やリーズ、モーリスに迎えられ、楽しく過ごすことができた。
ただ、もどかしいのは第二王子たちの情報が集まらないことと、定期的に学園に訪れるイレール様と出会ってしまうこと。
本当に第一王子殿下の婚約者であるフルール様への用事で学園に来られているのか?
イレール様は既に第二王子たちと結託して、恐ろしいことに手を染めているのではないだろうか?
第二王子たちとは学舎が違うし、前の時間での恐怖が心に残っていて、積極的に接点を持ちたいとは思えない。
でも、私が足踏みしているせいで前の時間のような罠が兄へと張られていたらどうしよう。
何気なさを装ってオレリアのことを尋ねてみたが、兄は彼女と面識がないみたいできょとんとしていた。
「オレリア・ジョルダン」
「誰よ、それ?」
しまった。
アンリエッタとテラスで昼食を食べていたんだったわ。
「……本科の生徒よ。オレリア・ジョルダン伯爵令嬢」
「だから、誰よそれ? ジョルダン伯爵家に娘はいないわよ?」
「え?」
そんな……じゃあ、あの女は何者なの?
第二王子の紹介で兄と結婚し、私の義姉となってアルナルディ家に入り込んだ、あの女は?