作品タイトル不明
学園への入学
一歩、校門を潜り、前の時間軸では訪れることのなかった王都の学園へと足を踏み入れた。
サン・ペジエ学園と呼ばれる主に貴族子息たちが通うこの学園で、私の兄サミュエル・アルナルディは悪辣な第二王子たちと出会い、その陰謀の糸に搦めとられてしまった。
今、私が同じ学園に通うことで、その凶事から兄を救うことができるのか……。
いいえ、やるのよ。
必ず兄を、父を、アルナルディを守ってみせるわ!
「シャルロット? 何をそんなに気合を入れているの?」
「あ……」
いけない。
ここまで一緒に来たアンリエッタの存在をうっかり失念していたわ。
私は「オホホホ」と笑い誤魔化した。
「それより、正門で馬車を降りてしまったのだから、早く行きましょう。遅れてしまうわよ」
グイッと彼女の腕を掴み大股で歩きだす私に、アンリエッタは苦笑して歩調を合わせてくれる。
「まったく、ここから淑女科の学舎までは遠いわよ」
本当ならグルリと学園の敷地を回り裏門から入り、学舎も裏口……じゃなくて貴賓口から入るほうが早い。
本科と淑女科は正門から一番遠くに建てられた学舎だからである。
ただし、寮住まいの生徒にはそんなに遠くないので、これらは王都に屋敷を持つ一部の貴族に限る通学方法だ。
「あーあ、私もサミュエル様と一緒に裏門まで馬車に乗ればよかったわ」
私と違って子爵令嬢らしい暮らしをしているアンリエッタは、騎士科の学舎を通り過ぎ、噴水のある庭園の半ばあたりで愚痴が出始めた。
ちなみに貧乏子爵令嬢として屋敷の手の足りない使用人の仕事やら、領民に交じって薬草の世話をしている私は足腰の丈夫さや体力には自信がある。
兄は論文を書くため……ではなく、日ごろから学園の花壇の一部を借りて薬草を育てており、毎朝世話をしてから授業を受けているため、今日は正門前で別行動になってしまった。
「明日からは私たちも裏門から通学しましょう」
「ええ、絶対よ。今日から授業じゃなくてよかったわ。もう……私、歩きたくない」
大げさだわ。
淑女科の学舎はもう目の前じゃない。
かわいそうな親友のために、少し歩く速度を落としてあげよう。
本科は毎年入学式を行うが、それ以外の生徒は入学式の参加は自由だった。
私とアンリエッタは入学式の不参加を早々に決め、その日は王都観光に繰り出しめいっぱい楽しんだ。
なので、今日が学園初登校になる。
初日から授業でビッシリなどと貴族子女が通う学園が仕組むわけもなく、今日はお互いの顔合わせと選択授業の説明で終わるはずだ。
「はーはー。もう、帰りにカフェに寄って甘いものでも食べましょ」
「気が早いわね。いいけど、そのお菓子代もニヴェール家持ちだと思うと気が引けるわ」
本当にニヴェールのおじ様は、私の衣食住すべての面倒を見てくれるつもりらしい。
しかも、兄の分まで。
だけどアンリエッタは私の遠慮を軽く笑い飛ばし、授業が終わったあとのことに思いを馳せたのか、たったかと歩き始めたのだった。
今年、淑女科に入学した生徒は二十名程度で、ほとんどが男爵や子爵家の令嬢と騎士爵の娘、そこに裕福な平民が僅かに交る。
自己紹介も名前を呼ばれたら目礼するぐらいのもので、選択授業の説明も難しくなく気が付けば終わっていた。
アンリエッタが知り合いの生徒と話している間、私はぼんやりと窓の外を見る。
本科の学舎が近いせいか、廊下を歩く本科の生徒がちらほら見えた。
……お兄様はどうしているかしら?
ほとんど必要な授業の単位は取ってしまい、論文のための研究に時間を費やすことができるとは言っていたけど、ちゃんとお昼ご飯を食べているでしょうね?
子爵領にいて離れて生活しているときは気にならなかった兄の生活が、同じ空間にいるだけで無性に心配になってくるわ。
帰りに兄が研究に借りている私室へ顔を出していこうかと迷う私に、本科からの賑やかな声が届く。
しかも、ほとんどが女子生徒の歓声だった。
何事かとそちらに視線を流せば、目に映るのは記憶よりもやや幼く見える……第二王子たちの姿があった。
ガタン!
座っていた椅子から勢いよく立ち上がり窓へと張り付いて、食い入るように彼らを見る。
ディオン殿下とロパルツ伯爵子息、そしてコデルリエ子爵令息もいるわ。
何人か見慣れない人たちは、彼らの学園での取り巻きなのか、前の時間で私とは接触がなかった。
廊下をゆっくりと歩き、頬を染めて自分を見る女生徒たちに手を振るディオン殿下。
澄ました顔で周りを見下す神経質そうな男がロパルツ伯爵子息で、殿下のやや後ろをあちこちを睨み大股で歩くのはコデルリエ子爵令息だ。
あと二~三人の男女の生徒が静かに後をついて歩いている。
「あれは……」
ディオン殿下の取り巻きの一番後ろ、少し離れて目立たないように顔を俯けて歩くあの女生徒は……。
「オレリア義姉様?」
彼女は、オレリアお義姉様と知り合ったのは兄が第二王子から紹介されたからだったわ……でも、学園にいたときから第二王子殿下と知り合いだったの?
信じたくないけれど、あの取り巻きの中にいるならば、兄の冤罪にも深く彼女が関わっていたかもしれない。
オレリア・ジョルダン。
彼女は、前の時間、私の最愛の兄サミュエル・アルナルディの妻だった女性だ。
貴族でありながら素晴らしい薬の調合の技術を持ち、兄とお似合いな博識で淑やかな女性で私は無邪気にも「義姉」として慕っていた。
オレリア……あなたも敵だったのね。