軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話:『街道の夜と、囁きの小箱』

マキナからの届け物を受け取った、翌日の夜明け前。

まだ眠る帝都の街並みを背に、私たちは出発した。東の空が白み始め、石畳の道に馬車の轍が長く伸びる。

今回の移動は、私、セラ、ヴォルフラム、そして案内役のクラウスの四人だけ。ライナーやグレイグ中将たちは、既にそれぞれの任地へと向かっている。

私たちが乗り込んだのは、帝国軍が誇る最新式の軍用馬車だった。

数ヶ月前、何も知らずに最前線へと運ばれた、ただ揺れるだけのオンボロ馬車とは訳が違う。座席のクッション性は格段に向上し、車輪も衝撃を吸収する特殊な構造になっているらしい。

だが、セラとヴォルフラムが交代で四頭のたくましい軍馬を限界まで駆るものだから、結局、乗り心地は前回と大差なかった。

ガタタ、ゴトゴトと内臓まで揺さぶられるような衝撃。

しかし、前回と決定的に違うことが一つだけあった。

「……リナ様! 揺れは大丈夫ですか!? 私がお支えします!」

「……ヴォルフラムさん。気持ちは嬉しいのですが、少し、苦しいです……」

私の隣に座ったヴォルフラムが、過保護なまでに私の体をぎゅっと抱きしめているせいで、私は窒息寸前だった。彼女の真剣な眼差しが、揺れる車内でも真っ直ぐに私を捉えている。

街中の滑らかな石畳を抜けると、街道は土を固めただけの悪路へと変わった。

普通の馬車なら歩くのとさして変わらない速度しか出せないだろう。それに比べて、私たちの馬車は明らかに速い。窓の外の景色が、後ろへと飛ぶように流れていく。

(……でも、これがもし、前世のような舗装された道だったら……。もっとずっと速く、安全に移動できるんだろうな……)

私はマキナの顔を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。

◇◆◇

その日の夜。

私たちは街道沿いの小さな宿場町で一泊することになった。人目につかぬよう、一番奥の離れの部屋を借りる。

夕食を簡単に済ませた後、私は鞄の中からあの黒光りする金属の箱を、三人の前に取り出した。

「――これが、マキナ局長に作っていただいた、『囁きの小箱』です」

「おお……! これが噂の……。完成したのですね」

クラウスが興味深そうにそれを覗き込む。

セラとヴォルフラムは、以前マキナの工房でその原型を見た時の驚きを思い出し、ごくりと喉を鳴らした。

私はそのうちの一対を、セラとヴォルフラムに手渡す。

「……セラさん、ヴォルフラムさん。改めてその性能を試してみましょうか」

「……はい。あの時も驚きましたが……」

「セラさんはこの箱を持って部屋の外へ。ヴォルフラムさんは私とここに」

セラは頷くと、箱を持って静かに部屋から出て行った。

私はヴォルフラムに、完成品の使い方を簡単に説明する。

「この横のボタンを押しながら、この筒に話しかけてください」

「はっ……! 承知いたしました」

私がヴォルフラムに合図を送ると、彼女は言われた通り、ぎこちなくボタンを押した。

その瞬間。

彼女が手にしていた金属の箱が、ぶぶぶっ、と短く、しかし力強く震えた。

「ひゃっ!?」

ヴォルフラムが驚いて箱を落としそうになる。

「な、なんだ、これは……!? この振動は……!」

「……マキナさん、さすがです……」

私は感心して呟いた。着信を音ではなく、まず振動で伝えるという配慮。潜入任務において、音は命取りになりかねない。彼女はそこまで計算してこれを作ってくれたのだ。

「ヴォルフラムさん。そのボタンを押すと、今度は相手に声が届きます」

「……!」

彼女はまだ緊張した面持ちのまま、筒に口を近づけた。

「……あー……。セラ、副官……? 聞こえるか……?」

すると次の瞬間。

私の手元にあるもう一つの箱から、クリアなセラの声が響き渡った。

『――ええ。はっきりと聞こえますわ、ヴォルフラム。……工房で試した時よりも、ずっと音が鮮明ね……』

「なっ……!?」

クラウスの目が、これまでで一番大きく見開かれる。

「ば、馬鹿な! セラ副官は外にいるはず……!これは一体、どういう魔道具なのだ!?」

そのあまりの驚愕ぶりに、私とそばにいたヴォルフラムは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

その夜、私たちは子供のように夢中になって、この「魔法の糸電話」を試した。

クラウスが箱を持って宿屋の一番遠い馬小屋まで離れてみたり。セラとヴォルフラムがひそひそ声で会話が成り立つかを試したり。

そのささやかな実験は、これから始まる過酷な任務を前にした私たち潜入チームの心を、少しだけ一つにしてくれたようだった。

明日には国境の拠点に着く。

そこから先はもう、後戻りのできない敵地だ。

私は手のひらの中にある、黒くて少しだけ温かい金属の箱を、ぎゅっと握りしめた。

これが、私たちの命綱になる。

私は改めて、空を見上げ、遠くにいる友人に心の中で感謝した。