軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『軍師はワンコの夢を見るか』-- 後編:軍師の威厳と心理戦術

ユリウスの私室は、彼の真面目な人柄を表すように整然としていた。リナ(犬)は柔らかな絨毯の上にそっと降ろされると、目の前に温かいミルクと、湯気の立つ上質な肉が置かれた。トラウマと空腹には勝てず、夢中で皿に顔をうずめ、がむしゃらに食べた。

食事が終わると、満足げなリナ(犬)は、ユリウスにひょいと抱き上げられ、そのまま彼の膝の上に乗せられた。

「よしよし、いい子だ」

満面の笑みで、ユリウスの指がリナ(犬)の頭を優しく撫で始める。最初は心地よかった。だが、その手つきは次第に大胆になり、頭から背中、わき腹、果てはくるんと巻いた尻尾の付け根まで、慈しむように、しかし執拗に撫で続けられる。

(うひー! くすぐったい! やめて、そこはダメー!)

気持ちいい。しかし、それ以上に屈辱が勝る。帝国軍師の威厳が、子犬のもふもふとした毛並みと共に剥がれ落ちていく。必死にもがいて逃げようとするが、「おっと、どこへ行くんだい?」という優しい声と共に、いとも簡単に捕獲されてしまう。その腕は、今のリナにとっては鉄の檻も同然だった。

「離してぇぇぇぇ!」

心の中で絶叫した瞬間、「はっ!」とリナはベッドから勢いよく上半身を起こした。

ぜえぜえと肩で息をし、自分の手足があることを確認して安堵する。先ほどまでの出来事が嘘のように生々しい。あれは一体…?

ぼーっとした頭でベッドから降りると、部屋の隅にある姿見に自分の姿が映る。そこにいたのは、頭に犬耳をつけ、帯からモフモフの尻尾を生やした、柴犬浴衣姿の自分。

「……なるほど。これか」

全ての元凶を悟り、がっくりと肩を落とす。セラさんの顔が脳裏に浮かび、リナは小さく復讐を誓った。

だが、改めて鏡の中の自分をまじまじと見つめる。柴犬カラーの絶妙なグラデーション生地、ぴょこんと立った耳、愛らしい尻尾。怒りや羞恥とは別に、純粋な造形物としての完成度の高さに、心がざわめく。

(……これは…かなり、かわいいのでは?)

前世で培われたキャラクターへの愛着が、むくむくと頭をもたげる。誰も見ていない。そうだ、誰も。リナはそっと鏡の前でくるりと一回転してみる。揺れる尻尾。首の動きに合わせて揺れる犬耳。

(い、いける…!)

悪乗りしたリナは、両手を猫の手のように顔の横で構え、少し小首を傾げて、完璧なアングルで鏡の中の自分に囁いた。

「……ワン♪」

完璧なポーズを決めた、その瞬間。

背後から、静かだが、絶対零度の視線を感じた。

ゆっくり、本当にゆっくりと、油を差し忘れたブリキ人形のように振り返る。

そこには、いつの間にか部屋に入ってきていたセラが、無表情でこちらを凝視していた。その目は「全て、見ておりました」と雄弁に語り、わずかに口の端が上がりかけている。

「あ……」

リナの顔からサッと血の気が引いた。部屋の空気が凍りつく。終わった。軍師としての私の威厳は完全に地に落ちた。

ふと、部屋の隅に目をやると、いつの間にかそこにいた護衛のヴォルフラムが、どう反応していいか分からず、困惑した表情で固まっていることに気がついた。

「こ、これはっ!」

絶体絶命の窮地。リナの脳が、前世の社畜時代に培ったプレゼン能力と、軍師として積み上げたハッタリを総動員し、フル回転する。そして、閃いた!

リナは咳払いを一つすると、威厳を取り繕い、セラに向かって叫んだ。

「せ、セラさん! これは『ケモノミミ・プロパガンダ』の有効性に関する実地検証です! 動物の持つ抗いがたい愛らしさを軍事利用し、兵士の士気高揚や敵将の油断を誘う…。これはれっきとした高等心理戦術の一環なのですよ! 決して、私がこの格好を気に入ったとか、鏡の前でポーズを決めて悦に入っていたとか、そういうことでは断じてありませんからねっ!」

早口で、しかし堂々と捲し立てるリナ。

セラは黙ってリナを見つめ、やがてふっと口元を綻ばせると、何も言わずに窓辺へ歩み寄り、朝の光を入れるために重いカーテンを静かに開け放った。

その肩がくすくすと小さく震えているのを、リナは見なかったことにした。

夜明けの光が差し込む部屋で、小さな軍師の威信をかけた戦いは、まだ始まったばかりだった。