軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:『暴走する技術と、造船の街の意地』

帝国南部、豊かな水路が巡る軍港都市アクア・ポリス。

その一角にある『帝国技術研究局アクア・ポリス支部』——通称「マキナの工房」は、今や一つの魔境と化していた。

絶え間なく響く重低音、立ち上る白煙、そして鉄がぶつかり合う甲高い音。そこは、大陸全土から集まった腕利きの職人たちが、寝食を忘れて新技術の束に群がる「欲望と創造の 坩堝(るつぼ) 」だった。

その最奥、厳重に区切られた特別開発室で、局長のマキナは油まみれの顔を歪め、複雑な設計図と睨み合っていた。

「違う! この主翼の骨組みじゃ、揚力を生む前に風圧でへし折れる! もっと軽く、しなやかにだ!」

彼女の目の前にあるのは、未だ誰も見たことのない『空を飛ぶための鋼の翼』の骨格。皇帝陛下から直々に全権を委任された航空技術開発に、彼女は今、完全に没頭していた。

だが、その至福の集中を妨げるように、けたたましい足音が開発室の扉を叩いた。

「――局長! 軍師様から『ボヤキ』が届きました!」

血相を変えて飛び込んできたのは、マキナの右腕として育ちつつある若き筆頭技師だった。その手には、通信記録を書き起こした紙が握りしめられている。

「ああん? 今度はなんだよ。こっちは今、空を飛ぶのに忙しいんだ!」

マキナがスパナを片手に忌々しげに振り返る。

「そ、それが……! 『北の荒野の工事現場で、馬車が 泥濘(ぬかるみ) にハマって立ち往生しているのを見た。車輪じゃなくて、鉄の板を繋げた 無限に回る帯(キャタピラ) にすれば、泥の上でも走れるのに。あと、先に大きな 腕(アーム) をつけて土を掘れたら、工事がもっと早くなるのになぁ』……と」

その言葉が落ちた瞬間、マキナの動きがピタリと止まった。

彼女の脳裏に、前世の記憶――工事現場で唸りを上げて土を掘り起こす、あの巨大な重機の姿が閃光のように蘇る。

「…… 無限軌道(キャタピラ) と、蒸気圧アームのショベルカーか……!」

マキナの目が、一瞬だけギラリと危険な光を放った。彼女は近くにあった白紙の図面を引き寄せると、油まみれのペンを掴み、猛烈な速度で基礎概念図を書き殴り始めた。

ガリガリ、シャッ、ターン!

わずか数分で、誰も見たことのない異形の鉄の獣のラフスケッチが描き上がる。

「ほらよッ! 概念と基本構造はこれで全部だ! あとはお前ら『陸送開発部』で勝手に形にしろ!」

「えっ!? これを、我々だけで……!?」

「当たり前だ! 分からねえところがあったら、現場合わせでハンマーで叩いて直せ! 行けッ!」

技師は「ヒィッ!」と悲鳴を上げ、図面を抱きしめて逃げ出していった。

◇◆◇

それから一息つく間もなく、今度は別の技師が満面の笑みを浮かべて飛び込んできた。

「――局長! 今度は海運側からです!」

「ああん!? またリナのボヤキか!?」

「いえ! アクア・ポリスの船大工たちが以前から開発を進めていた『双胴船』と『水中翼船』のテスト船が、ついに試走に入りました!」

その報告に、マキナは図面から顔を上げ、ニヤリと笑った。

「おおっ! で、結果はどうだ!?」

「圧倒的です! 胴体を二つ並べた形状と、船底の翼によって波の抵抗を極限まで減らす構造が見事に機能しました。従来の帆船とは比べ物にならないほどの『安定性』と『直進性』が証明され、既に大型化への設計も視野に入っております! さすがはこの街が長年培ってきた造船技術です!」

アクア・ポリスは元々、大陸随一の造船の街だ。彼らの持つ海を知り尽くした伝統技術と、マキナがもたらした蒸気機関という新たな心臓が融合し、現場の技術者たち自身の手で凄まじい化学反応を起こしていたのだ。

「よし! よくやった! これで大量の物資を安全に、しかも高速で運べるようになるな!」

マキナは嬉しそうに頷いたが、すぐに技術者としての鋭い視点に戻り、顎を撫でた。

「……だが待てよ。直進性と安定性が異常に高いってことは、水との抵抗や構造上、旋回性に難があるってことだろ?」

「はっ……。おっしゃる通りで。舵の効きが鈍く、小回りが全く利きません」

「だろうな」

マキナは腕を組んだ。

「なら、こいつらは物流を担う『輸送船』として大型化を進めろ。小回りが利かねえんじゃ、敵の攻撃を避けながら海戦をやる『戦艦』には向かねえ。軍艦にするには、別の船体理論が必要だ。そっちの設計は軍属の技師たちに新しく考えさせろ!」

「了解しました!」

リナのアイデアから爆誕する陸の重機と、現場の職人たちの意地と技術力が生み出した海の革命。

アクア・ポリスの工房からは、陸と海を制覇するための全く新しい機械群が、まるで魔物の卵が孵るように次々と産声を上げ始めていた。

◇◆◇

その「新技術の卵」の匂いを、商人の嗅覚が見逃すはずもなかった。

アクア・ポリスの港に隣接するレストランの個室。

そこには、ヴェネーリア商人の中でも目立つ、精悍な顔つきに鋭い目を持つ青年が座っていた。

レオだ。

孤児院時代からリナの兄代わりであり、今ではマルコ・ポラーニに目を掛けられ、ポルト・アウレオで頭角を現し始めた新進気鋭の商人。

彼の目の前には、ごく一部の限られた関係者が所属する、マルコの立ち上げた商業中核会議所から公開されたばかりの外秘資料、海運開発部の『双胴船』と『水中翼船』の試走データ、そして輸送船としての大型化計画すると言う事が書かれていた。

「……これは、すごいな」

レオは、資料に記された「風に依存しない安定した高速大量輸送」という事実を見て、ごくりと喉を鳴らした。

「これが実現すれば、海運の常識がひっくり返る。軍艦には向かなくても、商船としてはこの上ない代物だ。……ヴェネーリアから王国、そして帝国への物流網を、俺たちが完全に独占できるぞ」

彼は即座に、マルコから貸与されていた通信機で、都市開発の全体を統括しているマルコ・ポラーニへと通信を繋いだ。

『――レオか。どうした、海の調子は』

「マルコさん。マキナ局長の工房と、この街の船大工たちの技術が合わさって、とんでもない代物が転がり出てきました。海運の革命です。……これの独占建造権と航路の認可、俺に任せてもらえませんか」

通信の向こうで、マルコが楽しげに喉を鳴らすのが聞こえた。

『ほう? そこまで言うほどのものか。……いいだろう。海運関係の対応と投資は、お前に一任する。資金は俺が融通してやる、存分に暴れてこい。落ち着いたらポルト・アウレオのにある商会で詳しく話を聞こう』

「ありがとうございます!」

レオは通信を切ると、拳を固く握りしめた。

(……リナ。お前が遠くの北の地で描いている未来の道を、俺が海の上で繋いでみせる。……見ててくれよ)