軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:『帝都の熱と、北の茶飲み友達』

聖リリアン孤児院。

秋の深まりと共に冷え込み始めたこの時期、木枯らしが古い窓枠をガタガタと揺らしていた。

医務室のベッドで、一人の少年が顔を真っ赤にして息を荒げていた。

リナの弟分、トムだ。

彼は額に冷たいタオルを乗せられながらも、シスターたちの目を盗んでベッドから起き上がろうと、ふらふらと身を 捩(よじ) っていた。

「こら、トム! 寝ていなさいって言ったでしょう!」

アンナが、舌足らずな声で怒りながら、小さな両手で必死に彼をベッドに押し戻そうとする。

「アンナが心配してるのにぃ!」

「へ、へーきだよ! こ、これくらいで寝てるようじゃ……! リナねーちゃんに笑われる!」

トムは強がって見せるが、顔色は赤くなったり青くなったりと目まぐるしく変わり、声はヒューヒューと掠れている。明らかに、よたよたで限界を超えていた。

「俺は将来、立派な騎士になって、リナねーちゃんを守るんだ……! 風邪なんかで……ごほっ、ごほっ!」

激しい咳き込みに、彼はついに力尽きて毛布の上にへたり込んだ。

「もう……! 強がらないの!」

アンナが涙目で怒る中、静かに歩み寄ってきたシスターのカリンが、トムの熱い体を優しく抱きとめた。

「トム。……しんどい時は、休んで良いのですよ」

カリンの手が、熱を持つトムの背中を一定のリズムでトントンと優しく叩く。その温もりに、トムの強張っていた身体からふっと力が抜け、呼吸が少しだけ落ち着いた。

「……カリン先生」

トムは、潤んだ瞳でカリンを見上げた。

「……リナねーちゃんも、体調悪い時は、ちゃんと休んでるかなぁ……?」

その問いに、カリンは一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに微笑んでみせた。

「ええ。あの子はとてもしっかりしているから、ちゃんと休んでますわ。……だからトムも、キチンと休んで、早く治しましょうね」

「……うん」

安心したように、トムは目を閉じ、やがて規則正しい寝息を立て始めた。アンナもほっと胸を撫で下ろし、毛布を掛け直す。

だが、子供たちを寝かしつけた後。

医務室の入り口で見守っていたアガサ院長の顔からは、いつもの柔らかな微笑みが消え、深い憂いが顔を出していた。カリンもまた、心配そうにアガサを見つめ返す。

(……あの子が、ちゃんと休んでいるわけがない)

アガサは、窓の外の遠い北の空を見つめた。

リナの性格を誰よりも知っているのは彼女だ。あの小さな娘は、責任感が強すぎる。きっと今頃、目を回しながらでも、フラフラの足で無理をして、誰かのために自分の命を削るように頑張っているに違いない。

(……周りの方々が、あの子をキチンと休ませてくださっていれば良いのだけれど……)

アガサは胸の前で手を組み、愛しい娘の無事を祈るように、静かに目を閉じた。

◇◆◇

その頃。北壁の砦、あるいはその近郊の『道の駅』。

「……うーん、ここをこうすれば、物流の効率が……でも、そうするとこっちの予算が……あー、もうダメ、頭がパンクする……!」

私は作戦室の机に突っ伏し、紙の山に埋もれながら、ウンウンと唸っていた。

連日の極度の緊張と、終わりの見えない知略戦。さすがに八歳の脳みそはオーバーヒートを起こしかけ、視界がグルグルと回り始めていた。

◇◆◇

「…………ナ、リナ様……」

「……リナ様、そこまでにいたしましょう」

ふわりと。

い草の香りと、どこか懐かしい温かい空気が、私の頬を撫でた。

「……はにゃ?」

私が重い瞼をぱちりと開けると、そこは作戦室の冷たい石壁の中ではなかった。

柔らかな陽光が障子越しに差し込む、和風の『茶室』のど真ん中だった。

(あ、あれ? 私、いつの間にここに……?)

状況が全く飲み込めない。

私は、軍師としての豪奢なマントも仮面も無く、だるだるのゆったりした可愛らしい部屋着姿で、座布団の上で、だらけたワンコの様な格好で横たわっていた。

傍らには、完璧な所作でお茶を点てるセラさんの姿がある。

「よく眠っておられましたよ。そのまま、こちらへお運びいたしました」

セラさんは、氷のような副官の顔を完全に捨て去り、まるで聖母のように優しく微笑んだ。

「……作戦室から、ここまで?」

「ええ。ヴォルフラムが、とても慎重に抱き抱えて」

私は、自分が限界を迎えていたこと、そして、この過保護すぎる側近たちが、私を物理的に強制シャットダウンさせ、この癒やしの空間へと拉致(?)してきたことを悟った。

「さあ、リナ様。クララが新しいお茶菓子を作りました。今日は頭を使わず、ただ甘いものを召し上がってください」

スッ、と私の目の前に差し出されたのは、美しい桜色をした練り切りの 和菓子(もどき) と、温かい抹茶。

私は、自分のだらしない格好を直す気力すら湧かず、そのまま寝転がった姿勢で、セラさんが差し出してくれた和菓子を、あむっ、と口に入れた。

「んんっ……!」

上品な甘さが、疲労困憊の脳髄に直接染み渡っていく。

「……セラさーん。美味しいね〜……」

私の口から、軍師の威厳の欠片もない、へにゃへにゃに溶けた声が漏れた。

「ええ、とても。……ゆっくり、お休みくださいませ」

セラさんは、私の乱れた亜麻色の髪を、愛おしそうに優しく撫でた。

遠く帝都でアガサやカリンが心配している「目を回しながら無理をしている少女」は、北の果てで、最強の側近たちによって物理的に仕事を取り上げられ、最高級の「和」の空間で、全力で甘やかされ、ダメ人間にされかかっていた。

障子越しに聞こえる建設の槌音を子守唄に、私は再び、甘い微睡みの中へと落ちていくのだった。