軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第240話:『再会の涙、王子たちの戸惑い(リナの視点)』

北へ向かう旅路。馬車の窓を流れる見慣れない景色の中に、ふと懐かしい草の匂いが混じり始めた。乾いた土の香り、遠く霞む町の防壁のシルエット。その一つ一つが心の琴線に触れ、私の心臓は期待に早鐘を打ち始める。

(もうすぐ、みんなに会える……)

浮き立つ心とは裏腹に、その夜に立ち寄った宿場町の食堂は、ひどくぎこちない空気に満ちていた。

「おや、これは奇遇ですな」

油と香辛料の匂いが立ち込める喧騒の中、その声だけが妙にクリアに響いた。完璧な偶然を装って現れたのは、ユリウス皇子一行。

その背後で、宿の主人が分かりやすく慌てふためき、ガタガタと音を立ててテーブルを繋げていく。

その光景に、私の浮ついた心は急速に冷静さを取り戻した。

(この手際の良さ……ああ、なるほど。皇帝陛下の差し金ね)

私は内心で天を仰ぐ。面倒なことになった。さて、どう立ち回ったものか。

始まった食事は、まさに針の筵だった。

皇子の隣に座る宰相閣下のご子息、レオン様は、カトラリーを弄びながら、こちらを値踏みするような冷たい視線を隠そうともしない。騎士見習いのゼイド様は、ふて腐れたように腕を組み、目の前の皿にほとんど手をつけていなかった。

私が「故郷の孤児院に数日立ち寄ります」と告げると、案の定、二人の眉間に深い皺が刻まれる。

「随分と、悠長な旅程ですな」

レオン様の皮肉に、食堂の空気がぴんと張り詰めた。カトラリーの止まる音。セラさんとヴォルフラムさんの気配が一瞬で剣のように鋭くなったのを肌で感じる。

私はそんな二人を視線で制すると、無垢な子供の笑顔を浮かべて返した。

「ええ。ですから皆様、もしお急ぎでしたら、ここで別行動を取られても構いませんよ?」

二人がぐっと言葉に詰まるのを視界の隅で捉え、私は何事もなかったかのようにスープを一口すすった。

◇◆◇

孤児院の古びた鉄門が軋む音を聞いた時、私は馬車の窓から身を乗り出していた。

門が開くと同時に、小さな弾丸たちが鬨の声を上げ、私めがけて次々と突撃してくる。

「リナ姉ちゃんだー!」「おかえりー!」

温かいもみくちゃの波に身を任せ、服を掴まれ、髪を引かれ、私は心の底から笑っていた。これだ。私が守りたかったのは、この温もりだ。

「リナッ!」

人垣をかき分け、院長先生が駆け寄ってくる。その目から、大粒の涙が溢れ落ちた。

「あなた、本当に……! 無事だったのですね……! 攫われたと聞いて、私たちは、もう……!」

その震える声に、それまで張り詰めていた何かが決壊した。

私は彼女の胸に顔をうずめ、声を上げて泣きじゃくった。背後で皇子たちが息を呑む気配がしたが、もうどうでもよかった。

「ごめんなさい……! 心配、かけて……! でも、もう大丈夫だから……!」

温かい手がそこかしこから伸びてきて、私の頭を、背中を撫でてくれる。トムが、アンナが、涙でぐしゃぐしゃの顔で私を囲んでいた。

その夜の食堂は、子供たちの賑やかな声と、素朴なシチューの湯気で満ちていた。

ユリウス皇子たちは、好奇心という名の濁流に飲み込まれている。

「お兄ちゃん、剣使える?」「見せて見せて!」「かっこいい!」

ゼイド様は子供たちに囲まれ、最初は戸惑っていたが、やがて「ふん、少しだけだぞ」とまんざらでもない顔で、鞘に収まった剣の装飾を自慢げに見せていた。

私は自分の食事もそこそこに、アンナの口元をナプキンで拭い、シチューを零しそうになったトムの手を支える。体に染みついた姉としての役割が、今は心地よかった。

ふと視線を感じて顔を上げると、皇子たちがこちらを見ていた。ユリウス皇子はどこか微笑ましそうに。ゼイド様は、騎士として子供を守る私の姿に何かを感じているのか、真剣な眼差しで。そしてレオン様は……相変わらず、何かを探るような目で。

やがて食事が終わると、子供たちの期待に満ちた視線が私に注がれる。絵本の読み聞かせの時間だ。

「リナ姉ちゃん、はやくー!」「『竜の王様』の続き!」

私は苦笑し、図書室の隅から埃をかぶった分厚い古書を、よいしょと運んできた。

「『――さて、悪い魔法使いに宝石を盗まれてしまった竜の王様は……』」

私の声が、静まり返った食堂に響き渡る。物語に没頭する子供たちの、きらきらと輝く瞳。

ふと顔を上げると、壁際で見守る三人の姿が目に入った。

ゼイド様は、勇敢な騎士の姿に自分を重ねているのか、前のめりになって拳を固く握りしめ、唇が「行け!」と無意識に動いている。

だが、レオン様の視線は違った。彼の目は私の手元にある古書、今では誰も読めないであろう古代語で書かれたそれに釘付けになっている。その表情は険しく、やがて何かを確信したかのように、凍りつくような戦慄の色を浮かべていた。

(やっぱり、そこが気になりますか。本当に、厄介な人……)

私は内心でため息をつき、再び物語の世界へと意識を戻した。