作品タイトル不明
間話:鋼の淑女、その黎明① 金色の鳥籠
セラ・オーレリアの世界は、生まれながらにして金色の鳥籠だった。
オーレリア伯爵家の長女として生を受けた彼女の周りには、陽光が降り注ぐ手入れの行き届いた庭園があり、磨き上げられた調度品は埃ひとつなく、侍女たちのドレスが立てる絹の衣擦れだけが静寂を破る。完璧に調律され、息苦しいほどに美しい世界。
幼い頃から、彼女はその調律から外れた音だった。
他の令嬢たちが刺繍や詩に心を躍らせる傍らで、セラの心は父の書斎に漂う古いインクと羊皮紙の匂いに惹かれていた。分厚い歴史書や禁じられた兵法書。そこには国家の興亡を賭けた男たちの駆け引きと、血と鉄で描かれた壮大な物語が息づいていた。
それだけではない。彼女は、剣の才覚を示した。
令嬢の嗜みとして与えられた細身の 剣(レイピア) を、まるで自らの手足のように操る。その天賦の才に喜んだ両親は、帝国でも指折りの剣術師範を彼女につけた。師範はセラの才能に舌を巻き、他の貴族の子息たちへの指導を疎かにするほど熱心に、彼女へ剣の道を叩き込んだ。稽古着の汗と、金属が打ち合う甲高い音だけが、彼女を鳥籠から解き放つ時間だった。
「セラ。お前の聡明さと剣の腕は美徳だ。だが、女の最大の武器は美しさだということを忘れるな」
父親である伯爵は娘を心から愛していたが、その愛情は貴族社会という常識の檻から出ることはない。戦況が悪化し帝国が疲弊していく中で、彼は娘の美貌と家柄こそが、家門をさらに盤石にするための切り札だと信じて疑わなかった。
やがてセラが十六になる頃、オーレリア家の夜会はひっきりなしに開かれた。
帝都中の有力貴族の子息たちが、蜜に群がる蝶のように彼女の元へ集う。
「オーレリア嬢、その青い瞳は夜空に輝くサファイアのようだ」
「その絹の肌に触れることを、神はお許しになるだろうか」
誰もが外面だけを詩的に褒めそやす。彼女が夜毎、寝る間も惜しんで読み耽る書物のことなど、誰一人として興味を示さない。
セラは完璧な淑女の仮面を被り、扇の影で優雅に微笑んだ。だがその心は、北の凍てつく大地のように冷え切っていた。殿方に媚び、寵愛を得ることでしか価値を示せない生き方は、死よりも耐え難い屈辱だった。国が傾き、有能な人材が戦場で命を散らしているというのに、自分は安全な場所で微笑んでいるだけ。その無力感が、彼女の魂をじわじわと蝕んでいく。
そんな中、特に執拗な男がいた。帝都でも指折りの権勢を誇る侯爵家の嫡男だ。彼はセラの知性に見向きもせず、美しい装飾品として手に入れることしか考えていない。その粘つくような視線と、巧妙に体に触れようとする手に、セラの心の中で何かが静かに、しかし確実に軋みを上げていた。
鳥籠の扉は、外側から固く閉ざされている。
彼女はただ、窓の金の格子越しに、どこまでも続く青い空を見つめることしかできなかった。