軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第146話:『鋼の決意』 - Mapあり

南の海は、どこまでも青く、穏やかだった。

陽光を浴びて白く輝く、ガレリア帝国南部方面軍の拠点、軍港都市『アクア・ポリス』。

いくつも並ぶ巨大なドック。その一つが、今や帝国最高レベルの機密区画と化していた。

屈強な海兵たちが、陽炎の立つ埠頭を固めている。その視線は鋭く、蟻の子一匹通さぬ気迫に満ちていた。

その鉄壁の警備網の中心で、静寂を切り裂くようにけたたましいエンジン音が轟く。

水飛沫を白く尾のように引きながら、一隻の奇妙な小舟が海面を滑走していた。

「――いいぞ! もっと出力を上げろ!」

小舟の舵を握り、汗と油にまみれた顔で少女が吼える。

――マキナ。

彼女の背後では剥き出しの蒸気エンジンが心臓のように鼓動し、灼熱の空気を吐き出す。船尾のスクリューが激しく水を掻き、乳白色の航跡を長く、長く描き出していた。

帆船しか知らぬ者が見れば、神の御業と見紛うほどの速度。それはまさしく、水面を跳ねる銀鱗のトビウオ。小舟は港内を縦横無尽に疾走していた。

「……信じられんな……」

灼けた木の匂いがする桟橋で、その光景を腕組みして見つめる巨躯があった。“海竜”オルランド・デ・ロッシ中将。歴戦の猛者の顔に、驚愕と呆れが混じったような皺が刻まれる。

「……あの小娘がここへ駆け込んできて、まだ一週間も経っておらんというのに……」

◇◆◇

彼の脳裏に、わずか四日前の出来事が蘇る。

北の研究所から、泥と埃にまみれた試作『蒸気トラック』を自ら駆り、帝国領を縦断してきたという少女。皇帝陛下の勅命とグレイグの親書を無造作に突きつけ、彼女は言い放ったのだ。

「――『海で一番速い船』を造る。……ドックと最高の船大工を貸せ」

その瞳には、一切の迷いも揺らぎもなかった。

そして、わずか三日。言葉通り、彼女はこの二人乗りの試作艇を完成させてみせた。ロッシは最初、半信半疑だった。だが、目の前で繰り広げられる圧倒的な技術の奔流を前に、もはや何も言えなかった。ただ淡々と、この天才の要求通りに人、物、金を動かすだけだ。

やがて、けたたましい音が止み、小舟がゆっくりと桟橋に寄せられる。マキナが、滴る潮水もそのままに、軽やかな身のこなしで飛び降りた。

その顔には 疲労の影が濃いが、双眸に宿る光は少しも翳ってはいない。確かな手応えと、奥底で燃える静かな怒りの光が。

「――ロッシ中将」

海兵から受け取ったタオルで乱暴に顔を拭い、彼女は言った。

「……試作は終わりだ。次は本番に入ろうと思う」

ロッシの目の前で、まだ水気の残る設計図が叩きつけるように広げられる。

そこに描かれていたのは、小舟ではない。全長二十メートルはあろうかという、異様なフォルムの中型船だった。

マキナの指が、図面をなぞる。

「二十人以上が搭乗可能。数日間航行するなら十人弱ってとこか。快適な船旅とは行かないが、そんなモノは取り敢えず必要無いだろ。動力は改良型の高出力エンジン。燃料は私が持ち込んだ特殊な『魔導石炭』。土魔法で燃焼効率を極限まで高めてある」

「そして船首には、 衝角(ラム) と、敵船に乗り込んだり、上陸を容易にするための可動式の 道板(ランプ) を装備する」

そのコンセプトは、明確。

『揚陸艦』にして、『突撃穿孔艦』。

「……ほう。……まるで白兵戦を前提とした船だな」

ロッシが感心したように言うと、マキナは短く頷いた。その口元に、ふと自嘲のような笑みが浮かぶ。

「……この船にはきっと、融通のきかない女騎士とか、無敵のスーパーヒーローが乗ることになるだろうからな。あいつらが思う存分暴れられる舞台を、用意してやらないと」

「時間が無い。これに改造できそうな船を一隻、選んで頂きたい。今のこの仲間達が居れば、10日も掛からずして仕上げられる!」

彼女の脳裏に、攫われた友の顔がよぎる。そして、その友人を取り巻く不器用で、しかし頼りになる仲間たちの顔も。

(……リナ...ここが私の戦場だからな。完成させてみせるさ!)

マキナは、設計図から顔を上げた。

「――どんな海賊船より速く。どんな軍艦より強く」

吐き捨てるような声だった。

「あいつを助けに行くための、『鋼のトビウオ』を造るんだよ!」

その双眸の奥で、溶鉱炉の蒼い炎が、静かに、だが烈しく燃え上がっていいるのが、はっきりと見えた。