軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第134話:『丘の上の再会、鉄屑の慟哭』

約束の午後三時。

ポルト・アウレオの港を一望する丘の上のカフェ。テラス席を吹き抜ける潮風が、グラスの中の氷をからんと鳴らした。眼下では、無数の帆船が陽光を弾く海原を滑るように行き交っている。

カモメの声と遠い喧騒。私たちは、少しばかりの緊張と懐かしさを胸に、その人を待っていた。

「――待たせたな」

その声に、私たちは弾かれたように顔を上げた。

以前よりもずっと低く、落ち着いた響きを持つ、けれど紛れもない懐かしい声。

そこに立っていたのは、潮風と陽射しに鍛えられた精悍な青年だった。肩幅は広がり、腕も逞しくなっている。ただ、穏やかに細められた目元だけが、昔の面影を色濃く残していた。

「「レオ兄ちゃんだー!」」

トムとアンナが椅子から飛び降り、一直線に彼の胸へと飛び込んでいく。

「ははは。二人とも、大きくなったな」

レオ兄ちゃんは、小さな体を二つ同時に軽々と抱き上げ、その頭を大きな手でくしゃくしゃと撫でた。その光景に、自然と頬が緩む。

私も立ち上がり、彼の元へ歩み寄った。

「……お久しぶりです、レオ兄ちゃん」

「ああ、リナ。……見違えたな。ずいぶん、かわいらしくなったじゃないか」

彼の温かい言葉が、じんわりと胸に沁みる。嬉しさと気恥ずかしさで、つい唇が尖った。

「えー? まるで前は可愛くなかったみたいじゃないですか」

軽口を叩いた、その時。

感動の再会のすぐ後ろに、もう一人、男が佇んでいることに気がついた。涼やかな顔立ちに、この港町の気風には少しそぐわないほど上等な異国の仕立て服。昨夜、レオ兄ちゃんが会っていたという「重要な客人」だろう。

「……すまないな」

レオ兄ちゃんが、少し申し訳なさそうに眉を下げる。

「昨夜会っていた客人のデニウスさんが、せっかくだから君たちにも会ってみたい、と。……少しだけなら、とお連れしたんだ」

デニウスと名乗った男は、優雅な仕草で私たちに一礼した。

「――デニウス・ラウルと申します。昨夜はレオ殿を独占してしまい、申し訳なかった。あなた方が彼の、かけがえのないご家族だと伺い、ぜひ一目お会いしたくて」

その物腰はどこまでもスマートで紳士的だった。

だが、人の良さそうな笑みを浮かべるその瞳の奥が、全く温度を感じさせないことに、私は一瞬、得体の知れない何かを感じ取っていた。

◇◆◇

デニウス氏はしばらく当たり障りのない会話を交わした後、「さて、私はこれで」と、実に鮮やかに席を立った。

「レオ殿。商談の件は、また改めて」

彼はそう言い残すと、風のように雑踏の中へと消えていった。

「……不思議な人ですね」

「ああ。……少し、掴みどころのない人だ」

レオ兄ちゃんも同じ印象を抱いたらしいが、彼が悪い人間ではない、という信頼も滲ませていた。

私たちはその後、カフェでこれからの予定を簡単に話し合った。最近の港町について。今のところ、特に不穏な動きはないらしい。

話が一段落し、私たちはカフェを出て港を散策することにした。

太陽が西に傾き、街全体が夕暮れの黄金色に染め上げられていく。あまりに平和で、美しい光景だった。

――だが、その平穏は、次の瞬間。

鉄と悲鳴の轟音によって、ガラス細工のように粉々に砕け散った。

「「「――きゃあああああっ!!」」」

「――馬だ! 馬車が暴れてるぞ!」

坂の上から響く絶叫。人々がパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

視線を向ければ、巨大な荷馬車が運転手を振り落とし、猛スピードでこちらへ突っ込んでくるところだった。狂ったようにいななく馬、石畳を削る車輪、荷台から火花を散らし崩れ落ちる鉄屑の山。死の塊が、すぐそこまで迫っていた。

「危ない!」

ゲッコーさんの絶叫が響くのと、彼が動くのはほぼ同時だった。

トムとアンナを鳥の子のように鷲掴みにして両脇に抱え、私とカリンさんの体を突き飛ばすようにして、暴走馬車の進路から弾き出す。

──だが、一人。間に合わなかった。

子供たちを庇うように、私たちの前に立ちはだかったレオ兄ちゃん。

彼の体が、まるで風に舞う木の葉のように、いともたやすく宙を舞った。

ゴオオオオオオォォン!!

耳を劈く衝撃音と風圧。鉄の塊と化した馬車が私たちのすぐ横を通り過ぎ、カフェの壁に激突して更に下の方に走っていったのち、ようやく動きを止めた。

幸い、この辺りの人通りは途絶えていた。

「……大丈夫か、みんな……!」

耳鳴りの中、ゲッコーさんの声が遠くに聞こえる。突き飛ばされた体に痛みはない。

だが──。

「……あ……。……レオ、兄ちゃん……?」

アンナが震える指で差した先。

馬車が通り過ぎた道の真ん中に、血だまりに沈むレオ兄ちゃんがいた。

砕けた石畳に打ち付けられた頭から流れた血が、夕日を吸って赤黒い染みとなって広がっていく。

その体は、ぴくりとも動かない。

偶然にも人影のないその道には、私たち以外、誰もいなかった。

◇◆◇

そして、その光景をもう一人、見ている者がいた。

別れたはずのデニウス。

彼はカフェを見下ろす宿の三階、その窓辺に佇んでいた。階下からの叫び声に、何事かと窓に近寄ったのだ。

眼下で繰り広げられる惨劇。

血を流し、おそらくはもう助からないであろう青年。

彼の瞳は、その悲劇の中心を映す。

だが、その視線はふと、一点に吸い寄せられた。

絶望の淵で、何かを決意したように、すっくと立ち上がる一人の小さな少女。

彼女が、血まみれの青年にためらいなく駆け寄っていく姿を、デニウスはただ、静かに捉えていた。