軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第131話:『一夜限りの、家族の時間』

【夕食の風景】

その日の夕食は、とても賑やかになった。

古びた食堂に、セラさんと帝都の市場で買い込んできた新鮮な肉と野菜がたっぷり入ったシチューの、食欲をそそる香りが満ちている。テーブルの中央には、子供たちの腰の高さほどもある巨大なフルーツケーキが鎮座し、甘い匂いを振りまいていた。

「「「わああああああ!」」」

割れんばかりの歓声が、木の天井を揺らす。

私はエプロンを身につけ、セラさんやアガサ院長、シスター・カリンと共に大鍋からシチューを掬う。

「はい、トム。お肉たくさんよ」

「アンナはニンジンも食べないとダメだからね」

熱い湯気の向こうで輝く子供たちの笑顔。この温かい喧騒が、私の肩から『軍師』という重い鎧をそっと下ろしてくれる。まるでここを出ていってからの空白の時間を埋めるように、私はただの「リナお姉ちゃん」に戻っていた。

その輪から少し離れた壁際で、ゲッコーさんが居心地悪そうに立ち尽くしている。

そんな彼の元へ、一番小さな女の子がてくてくと歩み寄った。そして、その黒い外套の裾を、小さな指でくいっと引く。

「……おじちゃんも、いっしょに、たべよ?」

あまりに無垢な誘いに、百戦錬磨の諜報員の顔がわずかにたじろぐ。どうしていいか分からず、彼の視線が助けを求めるように私へと向けられた。

私がにっこりと頷き返すと、彼は観念したように息を吐き、子供用の小さな椅子に大きな体を窮屈そうに収めた。その光景があまりにも微笑ましくて、私は思わずくすりと笑ってしまった。

【絵本の読み聞かせ】

食事が終わり、皿の片付く音が落ち着くと、子供たちが私の服の袖を引いた。

せがまれるままに図書室の隅へ向かい、少し黄ばんだページのインクが香る、あの古い絵本を手に取る。『竜の王様』の物語だ。

床に座り込むと、私の周りには子供たちがびっしりと集まり、その瞳を蝋燭の灯りにキラキラと輝かせている。トムとアンナは明日からの旅への期待でそわそわしながらも、私の両脇にぴったりと体を寄せた。

「――さて、悪い魔法使いに宝石を盗まれてしまった竜の王様は……」

静かな夜の孤児院に、私の声が響き渡る。

幼い頃から普通に繰り返されてきた、いつもの光景。だが今夜は、いつもと違う聴衆がいた。

部屋の入り口ではシスター・カリンとセラさんが、優しい微笑みを浮かべている。そしてその近くで闇に溶け込むように、ゲッコーさんが腕を組んで立っていた。静かに物語へ耳を傾ける彼の傷のある横顔が、揺れる灯りの下で少しだけ穏やかに見えた。

【残る者と、旅立つ者】

子供たちが寝静まり、院内が静寂に包まれた頃。

私は一人、院長室でアガサ院長と向かい合っていた。カチ、コチ、と時計の針が時を刻む音だけが響く。彼女は私のために、湯気の立つ温かいミルクを淹れてくれた。

「……院長先生。トムとアンナをお借りします。必ず、無事に連れて帰りますから」

私がそう切り出すと、アガサ院長はゆっくりと首を横に振った。

「いいえ、リナ。あの子たちは、あなたが連れて行ってくれる。それだけでもう、十分すぎるほど幸せなことです。どうか、あの子たちに広い世界を見せてあげてください」

そして、皺の刻まれた温かい手で、私の手をぎゅっと握りしめる。

「……リナ。あなたも、ですよ」

「……え?」

「あなたはいつも誰かのために頑張りすぎです。この旅では、ほんの少しでいい。あなた自身のための時間を楽しんできなさい。……ただの八歳の女の子として、ね」

全てを見透かしたような優しい言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

【出発の朝】

夜が明け、ひんやりと澄んだ空気が肌を刺す早朝。

私たちは、孤児院のみんなに見送られていた。トムとアンナは少し寂しそうな顔をしながらも、残る友達に胸を張る。

「ちゃんと土産、買ってくるからな!」

「すごい話、いっぱい聞いてくるんだ!」

残る子供たちも、羨ましそうに、けれど笑顔で手を振った。

「トム! アンナ! リナお姉ちゃんの言うこと聞けよ!」

「ずるいぞー! 次は僕も連れてけよな!」

アガサ院長が、旅立つ私たち一人ひとりを強く抱きしめてくれた。

カリンには「子供たちを頼みますよ」と。

ゲッコーには「……この子たちを、よろしくお願いいたします」と。

そして私の番。彼女は何も言わず、ただぎゅっと私を抱きしめた。その温もりだけで、全ての言葉が伝わってくる。

セラさんが心配そうに私の肩に手を置く。「無茶はせず、楽しんで下さいね。今回は普通の社会見学なんですから」。彼女はここから帝都へ戻り、経済特区の進捗確認と王国との調整にあたってくれる。寂しげな笑顔に、私も胸が痛んだ。いつも後方支援ばかりでごめんなさい。また帝都で、一緒に美味しいケーキを食べよう。心の中でそう呟いた。

馬車が、車輪をきしませてゆっくりと動き出す。

私は窓から、トムとアンナは身を乗り出すようにして、手を振り続けた。

「「いってきまーす!」」

「ええ! ……今度は、みんなで一緒にどこかに行きましょうね!」

その新しい約束を胸に。

私たちの馬車は、昇り始めた朝日が黄金色に染める道を、商人たちの町へと向かって走り出した。