軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第130話:『帝都からの帰路と、車窓の平和』

夢のように過ぎ去った帝都での日々が、馬車の揺れとともに遠ざかっていく。

私たちの前を行く大きな幌馬車が、石造りの壮麗な門をゆっくりとくぐり抜けた。聖リリアン孤児院の一行を乗せた、少しばかり騒がしい帰路の始まりだ。

その後ろを、私とセラ、そして護衛のゲッコーが乗る小ぶりな馬車が、影のように静かに続く。

旅の初日。

ガタガタと車輪が鳴る音に混じって、前の馬車から子供たちの甲高い歓声が風に乗って届く。

「わーい! 帰るぞー!」

「帝都、楽しかったなー!」

「また来たいー!」

帝都で見た大道芸の真似をしては笑い転げ、覚えたての歌を声を限りに歌っている。彼らの興奮は、まだ熱を帯びたままだった。

だが、太陽が中天に差し掛かる頃には、その熱狂も急速に冷めていく。

「……うぅ……また馬車かぁ。お尻が痛いよぉ……」

「先生ー、まだ着かない? 飽きたー」

期待に胸を膨らませた往路とは違い、帰りの長旅はただ退屈な時間の連続だ。子供たちの容赦ない不満の声に、私は思わず口元を緩めた。

「……大変そうですわね、アガサ院長様たちも」

私の隣で、セラが微笑ましそうに目を細める。

「ええ。……でも、元気なのが一番です」

私は窓の外へ視線を移した。

いつしか帝都の堅い石畳は土の道に変わり、車窓には広大な田園風景が流れ始める。

風にそよぐ黄金色の麦畑。穏やかに草を食む羊の群れ。土にまみれ、汗を光らせる農夫たちのたくましい背中。

ありふれた日常の風景が、今の私の目にはひどく尊いものに映る。

数ヶ月前、初めてこの道を通った時も、風景は同じだったはずだ。

だが、人々の顔には戦争の影が色濃く落ちていた。

今は違う。畑のあぜ道ですれ違う人々の顔には、以前のような強張りはなく、穏やかな笑みが浮かんでいる。その足取りは驚くほど軽い。ときおり、子供たちの屈託のない笑い声が聞こえてくる。

「……終わったんですね。……本当に」

思わず漏れた呟きに、セラが静かに頷いた。

「……ええ。……あなたが、終わらせたのですよ、リナ」

その声は、窓から吹き込む風のように優しく、私の胸を温めた。

そして、数日が過ぎたある日の夕暮れ。

前の馬車はすっかり静まり返っている。長い旅路に疲れ果て、皆、心地よい揺れの中でこくりこくりと舟を漕いでいるのだろう。

そんな穏やかな静寂の中、私たちの馬車は木々の匂いが濃くなる、見慣れた森の小道へと入っていった。

◇◆◇

「……リナ様。……着きましたよ」

セラの優しい声にはっと目を開けると、馬車はいつの間にか止まっていた。

窓の外、夕日に照らされた視界に、あの古びた鉄の門が佇んでいる。

聖リリアン孤児院。

私の、本当の家。

茜色の光が、見慣れた小さな庭の草木一本一本を、慈しむように黄金色に染め上げていた。

馬車から降りた子供たちが、「着いたー!」と眠気も吹き飛んだように歓声を上げ、それぞれの部屋へと駆けていく。そのやんちゃな背中を、アガサ院長とカリンが「やれやれ」と顔を見合わせて笑っている。

その温かい光景を眺めながら、私は改めて思う。

この何気ない日常。このささやかな平和。

これを守るためならば、私は何度でも戦える。

たとえこの手が、どれほど汚れることになろうとも。

明日の朝には、ここからさらにヴェネーリアという未知の世界へ旅立つのだ。

私は故郷の、懐かしい土と草の匂いを胸いっぱいに吸い込み、馬車から降り立った。

「さあ、私たちも今夜はゆっくり休みましょうか」

私の言葉に、セラが、そして少し離れて佇んでいたゲッコーが、静かに頷き返した。