軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.佐野と信秀

「まず第一段階は成功だな」

将幕を出ると佐野はニヤリと笑った。

ミレーユにうまく取り入り、信用させた。

一部の先輩騎士らには不興を買ってしまっただろうが、どうでもいい。

どうせ、すぐに追い抜く相手だ。

そんなことよりも、次はいよいよ手柄を立てる時だと佐野は決意を新たにする。

翌朝のこと。

佐野はバルバロデムの命を受け、獣人の町に向かって馬を駆けさせた。

町の近くまで行くと、石垣の上で獣人達が弓を引き絞っているのがわかる。

他にも、布幕に覆われた何かが、石垣の上に均等に置かれているのが見えた。

佐野は少し気になったが、今は別にやることがあるとして、それを意識の外に追いやった。

「俺はただの使者だ! 攻撃はしないでくれ!」

手を大きく振って、佐野は精一杯の声で叫んだ。

ここで死んだら出世も糞もないのだから、当然の行為といえよう。

もっとも、その振る舞いとは裏腹に、佐野は攻撃される心配をあまりしていなかった。

その理由は、これまでの獣人の町の行いにある。

佐野は、獣人の町について幾つか話を聞いていたが、そのどれもが理性的で人道的といえるものばかりであった。

それどころか、むしろ今攻め込もうとしている人間の方が人の道に外れているといっていいほどだ。

佐野自身、倫理や道徳といったものが強く浸透した世界からやって来たため、どちらが悪であるか、気づかないわけがなかった。

もっとも気づいたところで、何をどうするつもりもなかったが。

己は強者であるという強い自負心が、この世界は弱肉強食でも仕方がないという都合のいい価値感を佐野にもたらしていた。

そう、弱肉強食の世界の方が、自分を強者だと信じる佐野にとって都合がいいのだ。

「後ろの軍隊はなんのつもりだ!」

石垣の上から声が叫ばれた。

その言葉を口にしたのは、獣人達の中で一人異質な存在。

(なんだ、ありゃあ)

鉄帽を被り、オレンジのゴーグルをつけ、口許を黒い布で覆っている男。

砂色の服に、ぼってりとした黒のボディアーマー、そして手には小銃を持っている。

その男は、テレビで見たことがあるような軍人の格好をしていたのだ。

佐野は、あいつだ、と思った。

しかしそれと同時に、どういうことだと首をかしげる。

神のカードが【銃】だったのなら、あの軍人みたいな装備はなんなのか。

佐野が少し考えると、すぐにその答えが頭に浮かんだ。

(【軍事品一式】みたいなカードだったんだろうな)

佐野はそう当たりをつけると、軍人風の格好をした男に向かって叫んだ。

「俺の名前は佐野だ! 佐野勉! あんたの名前は聞いてるぞ! あんたも日本人なんだろ!」

返事は来ない。

驚いているのだろうと佐野は思った。

そして、それは佐野にとっていい傾向である。

驚きとは心の揺らぎ。

相手の思考力は低下し、話の主導権を冷静である佐野が握ることができるのだ。

「同胞として、いても立ってもいられず使者を願い出た! この世界でのお互いの立場はどうでもいい、同胞として話がしたい!」

どの口が言うのかと、腹をかかえて笑いたくなるのを堪えながら、佐野は叫んだ。

すると、漸く言葉が返ってくる。

「いいだろう! だがまず馬を下り、武器を置け!」

それを聞き、チッと佐野は小さく舌打ちした。

指示には従う以外に道はない。

これで、相手を剣で人質に取るという一つの手が消えた。

(同郷とはいえ、簡単には信用しないってことか。どうやら鈴能勢みたいに能無しじゃないようだな。あわよくば、とも思っていたんだが……)

佐野は、馬を下りて剣を大地に捨てる。

「暫し待て!」

その声を最後に男の姿が石垣から消えると、町から突然銅鑼が鳴りだした。

佐野は、何事かと剣を掴みそうになったが、獣人達に変わった様子はない。

(なんだ? なんの意味があるんだ、この音は)

なにかの合図か? だがなんの合図だ?

佐野は周囲を観察しながらも思考を巡らした。

とにかくその音はやかましく、周囲の雑音――車のエンジン音ですら消えるようであった。

やがて門が開かれる。

現れたのは大きなラクダに乗った先程の男。

佐野は、まさかラクダが出てくるなどとは思っておらず、ギョッとして一歩後退り、二歩目はなんとか踏ん張った。

そうこうしているうちに、ラクダの横から獣人が出てきて、地面にある佐野の剣を拾い上げる。

「それで話とは?」

淡々とした様子で男は言う。

動揺したままではまずい。

そう思った佐野は、大きく息を吐いて気持ちを落ち着けてから、言った。

「あんたが藤原さんでいいのかな?」

佐野の質問に、そうだ、と頷く男。

「あらためて自己紹介をさせてもらうよ。俺は佐野。佐野勉。

この世界に来た頃は高校生だったけど、今じゃあもう二十歳も超えちまった。

あ、ちなみにカードは【かなりいい盾】っていう星一つのクズカード。馬に乗るのには邪魔だから持ってきてないけどな」

にひひ、と人当たりのよさそうな笑みを浮かべる佐野。

自己紹介の中には、さりげなくカードの紹介も混ぜていた。

もちろん、その内容については嘘である。

これらのことは、自己紹介にカードについて語るのは当然、という雰囲気をつくるためだ。

それにより、たとえ相手が自身のカードについて話さなくても、佐野はなんのしがらみもなく尋ねることができる。

「藤原信秀と言います。派遣社員をやってました」

端的な自己紹介であった。

男――信秀からカードの話はない。

加えて突如の敬語。

鈴能勢のように気の弱いタイプかと一瞬思ったが、それは違うと佐野は考え直す。

なぜならば、信秀の発する言葉は、おどおどとしたものではなく、非常に滑らかであったからだ。

「えっと、俺も敬語で話した方がいいっすかね?」

「普通に喋ってもらって構いませんよ。私のは癖みたいなものです」

「そうっすか。じゃあお言葉に甘えて……それでまあ、俺は確かにあの軍の使者だ。

伝達内容は大体予想がつくと思うけど、一応降伏勧告な。

でも、それはどうでもいい。

俺の本当の目的は、同胞のあんたと話がしたかったから。

たまたま、上の連中があんたの名前を口にしててな、それでこの町の主が同郷の者だって知ったんだ。

降伏の使者ってのは、あんたと話すためのついでと思ってくれ」

「使者ならば、すぐ戻らねば身内に要らぬ心配をかけさすのではないですか?」

「二時間経っても戻らない時は、自動的に攻撃が開始される」

これも嘘だ。

佐野が帰ろうが帰るまいが、軍の攻撃は三日後から。

それまでは陣営を構築しつつ、英気を養う。

それが軍の予定だ。

5000もの兵が、町から目と鼻の先の場所で駐屯しているということだけでも意味がある。

軍がそこにいるだけで、町の者達は威圧され気が気でないだろう。

もしかしたら焦燥感に駆られて、獣人達は陣営を襲おうとするかもしれない。

そうなれば、サンドラ王国軍としても願ったりかなったり。

野戦は望むところである。

「……いいでしょう。ですがあなたが敵兵である以上、体をあらためさせてもらいますよ?」

「別に構わないぜ」

獣人が二人佐野に近づいて、ボディチェックが行われた。

だが、異常なし。

佐野は寸鉄さえも帯びてはいなかった。

(ふん、わざわざ疑われるような真似するかよ)

佐野が内心でせせら笑った。

こういうことの繰り返しが信用に繋がるのだということは、見習い騎士の頃に騎士連中に媚を売りながら、独りでに学んだことだ。

信秀が町の中に誘い、佐野はそれについていく。

すると石垣の中はまるで別世界であった。

「ま、マジかよ……」

佐野の口から自然と漏れるため息。

そこには、古き日本の町並みが存在していたのである。

「こ、この町はどうしたんだよっ」

「獣人と共につくりました。建築関係の仕事をしていたので」

派遣社員だと聞いて、心の中で馬鹿にしていた。

正社員になれなかった落伍者だと、ただ【銃】という“いいカード”を引いただけのラッキー野郎だと思っていた。

だが、これは並みではない。

派遣社員も侮れないなと、佐野にしては珍しく相手の評価を上方修正した。

一番近くの家の中に入る。

久しぶりの畳の部屋だ。

腰を下ろし、木のコップに入った水が出されると、佐野はかっ食らうようにそれを飲み干した。

佐野の対面に信秀が座る。

信秀は、鉄帽はそのままであったが、口許の覆いもゴーグルも取っていた。

露になったその顔に見覚えはない。

もう五年も前の話だ。

当時、あの白い部屋で見た顔だったとしても、覚えているはずもないだろう。

それよりも、佐野は信秀の腰の拳銃が気になった。

(あれを奪って藤原を人質に……いや、銃って確か安全装置がついてたはずだ。まごついてる間に、部屋の外にいる獣人に殺されちまうな)

そんなことを考えながら、佐野はコップを置く。

「……他の同郷の奴らに会ったことはあるか?」

まず尋ねたのは佐野である。

「いえ、ありません。あなたは?」

「一緒にこの世界に飛ばされた奴がいてな。そいつと、なんとか二人で助け合って生きてるよ。

でも、大変でな……。

もう一人の奴は鈴能勢っていうんだが、それが病気になっちまって。俺は、薬代を稼ぐために、こうして体張ってるってわけだ」

同情をひくための嘘。

力押しばかりでは駄目なことを、佐野はよく心得ている。

「……よかったら、二人ともここで暮らしますか?」

「いや、あいつは今ここに来てねえし、来れるような体力もねえ。

なんとか俺が支えてやんねえと……」

涙を堪えるように、佐野はギュッと拳を握った。

「そうですか……」

「まあ、あいつが……鈴能勢がいるからなんとか頑張っていける、って感じかな」

無理矢理に笑顔をつくる――という風に見せた佐野。

部屋は、しんみりとした雰囲気になる。

すると、そんな空気を打ち消すように明るい声色で佐野は言った。

「さっきから気になっていたんだが、それ銃だよな」

「ええ」

「あのカードで貰ったのか?」

「まあ」

「弾とか大丈夫なのか?」

「……」

返答はなかった。

答えがないのが答えだと佐野は内心でにやついた。

(やはり弾は限りがある。それも弾数はもうあまりないと見た)

こうなれば、今恐れることは無事に戻れるかということ。

だが、それも問題ないだろうと佐野は考える。

病に臥せった同郷の者がいるという嘘。

これが効いてくるのだ。

(鈴能勢。お前、やっと俺の役に立ったな)

遠い村にいるであろう鈴能勢の姿を佐野は思い出した。

「すまねえ、変なこと聞いちまった。

互いの立場があるもんな。

それでさ、降伏するつもりはないのか? 今なら、俺ができるだけいい条件を貰ってきてやることが可能なんだが」

「申し訳ありませんが」

「そっか……」

佐野は悲しい顔をつくった。

沈黙が流れる。

その沈黙が佐野には心地よかった。

それは己が場を支配している証拠。

全てが己の思い通りだと佐野は思った。

そこからは、たわいもない話を交わした。

佐野は、それとはなしに【胡椒】などについても聞いてみたが、信秀にうまく話を逸らされた。

「じゃあ、そろそろ戻るわ。長居して互いに情が移っても、今後やりにくいだろうしな」

席を立ち、共に家を出る。

門の前で獣人から剣と馬を渡された。

見送りにきた信秀との距離は約3メートル。

さらに信秀の横には獣人が侍っている。

僅かに一歩、佐野が信秀に近づくと、獣人達の持つ短槍の穂先がピクリと揺れた。

この位置では信秀を人質にとるのは無理だ、と佐野は判断した。

相手には【銃】だってあるのだから。

「今日は会えてよかったよ。こんな世界だけどさ、お互い頑張ろうぜ」

佐野はそれだけを言うと、馬に乗って颯爽と自陣へかける。

収穫は確かにあった。

佐野がその目で見た銃は二つしかなく、どちらも信秀が持っており、他の者達は持っていなかった。

そして、その二つしかない銃の銃弾も足りていないということは、信秀の反応からして明らかであった。

(藤原を人質にとることはできなかったが、とりあえず十分すぎる情報だろ)

憂いが消えるということは、戦術の幅が広がるということだ。

間違いなく手柄である。

さらに、次に出番があるとすれば長期戦になった際の降伏勧告だろう、と佐野は考える。

(藤原よ。俺の出番を増やすためにも、すぐに敗けるなんて体たらくはやめてくれよ)

熱く乾いた空気を切り裂きながら、佐野は胸中で呟いた。