軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.大砲

暖かな春がやって来た。

この世界に来て三年が過ぎ、四年目が始まったわけであるが、さすがにもうなんの感慨もわかない。

次になにか思うとすれば、十年目の節目ぐらいだろうか。

なんにせよ、なにも生み出さない郷愁の念よりも、もっと建設的なものが目の前にあった。

「ゆっくり! ゆっくりでいいので、気を付けて持ち上げてください!」

俺は北門の石垣の下から、大きな声で獣人達に指示を出す。

石垣の上では、力自慢の獣人達が太巻きの縄に吊るされた細長の青銅筒を、えんやこらと引っ張りあげていた。

青銅筒の大きさは1メートルほど。

重さは100キロ近くはあるだろう。

さらに青銅筒の土台となる台車部分を石垣の上に運び、両者を結合させて完成だ。

「うん、立派なものだ」

石垣の上で鎮座する“それ”を、俺はぺちぺちと叩いた。

郷愁の念よりも、今、俺の心を捉えて離さない“それ”。

日本においては、幕末から明治初期にかけて活躍した【四斤山砲】と呼ばれる大砲である。

【四斤山砲】1億3000万円

サンドラ王国軍との戦いにおいて俺が命題としたのは、敵の大軍が石垣に取りつくまでに何をどうするか、である。

取りつかれてしまえば最後、数の暴力により、後はじり貧の結果が待っているのみ。

つまり、離れた位置から如何にして敵に攻撃を加えるかが肝要。

クロスボウ部隊や鉄砲隊なども考えた。

されどクロスボウは江戸時代の商品欄にはなかったし、鉄砲に関しては、オーパーツともいえる火器を個人に渡すことが躊躇われた。

戦時に鉄砲が敵の手に渡れば、それを解析されて俺自身の喉元に突きつけられかねないからだ。

そこで、この【四斤山砲】である。

最大射程距離は2600メートルという化物砲。

おまけに重量物であり、易々とは敵に奪われない。

よしんば奪われたとしても、運ぶのには相当苦労するだろう。

俺は町の中にある俺の所有物と、俺の近くにある所有物に関しては【売却】ができる。

敵が大砲を運ぶのに手間取っている間に、俺が【売却】をしてしまえばいいのだ。

さて、獣人達が俺の指示を待っている。

今日、集まってもらったのは、この大砲の扱い方を教えるためだ。

さっさと始めるとしよう。

この【四斤山砲】に取扱い説明書なんていう便利なものはない。

だが、この【四斤山砲】が載っている一連の書籍は読んでおり、既に町の裏手にて試射は済ませている。

「えー、これは大砲といってですね。まあ、実際にやってみるので見ていてください」

俺は、とりあえず順序を説明しながら実演することにした。

まずは身の丈ほどの槊仗で大砲の中を掃除。

次に薬包を前側から入れ、槊仗で奥まで押し込む。

続いて砲弾の装填。

砲弾は長榴弾で約4キロの重さがあり、弾頭にはねじ込み式の着発信管がついている。

また、前装填仕様でありながらも砲にはライフリングが存在し、銃身の螺旋の溝に合わせて砲弾を装填しなければならない。

俺は砲弾についているポッチを、銃身内部の溝に合わせて、槊杖で砲弾を奥へと押し込んだ。

「では皆さん、少し離れて耳を塞いでください」

皆をその場より離れさせ、耳を塞がせる。

ゴブリン族とコボルト族以外は耳が頭頂部についてるので、耳を塞ぐ仕草は頭を抱えるような格好となり、少し滑稽だった。

後方の石垣の下も確認する。

反動で石垣の上から大砲が落ちないとも限らない。

まあ、付近には近寄らないように言ってあるので、誰もいなかったが。

青銅砲の後部上方にある火門から長針を突き刺して、薬砲を破る。

そしてそこに火縄を取り付け、少し離れた位置から着火。

ジジジと縄が燃えていき、やがて火門へと到達する。

――途端、爆音が轟いた。

砲身が、白い煙を上空へ吐き出す。

すると、はるか遠くで着弾の音が鳴り、砂煙が立ち昇る。

その場にいる獣人達からはワッという歓声が上がった。

「すげえ!」

「あの距離だ! これなら人間だって手も足も出ないぞ!」

賛辞ばかりで、初めて見たような驚きの声がないのは、俺が町の裏で試射していたのを彼らが覗いていたからだ。

「では、皆さんにもやってもらいます」

まずは各部族から砲兵を選び、徹底的に訓練する。

特に、仰角による着弾距離を覚えてもらわなければならない。

そして、この【四斤山砲】を北東西に幾つも設置し、町の守りはより磐石なものとなるのだ。

四月の終わり、町の生誕四周年を記念して宴会を開いた。

皆で炎を囲み、皆で旨い酒を飲み、旨い料理を食べる。

金に余裕ができたので、酒も肉もいつもよりも良いものを振る舞った。

ある部族が酒の酔いにまかせて唄い始めた。

部族に伝わる歌なのだろう。

聞いたこともない歌なのに、どこか懐かしさを感じてしまうのは不思議なものだ。

歌が終わると、また別の部族が唄い始める。

誰かが手拍子を始めると、皆も真似して歌に合わせて手拍子を鳴らす。

端っこの方にちょこんと座って酒を飲んでいた俺も、同じように手拍子した。

平和だな、と思った。

ふと、食べ物を町の中に運ぶ子供達が見えた。

身重の母親に持っていくのか、それとも赤子の世話で離れられない母親に持っていくのか。

町では子供が多く生まれている。

住人はこれから、どんどんと増えていくだろう。

これも平和だからこそだ。

「フジワラ様」

ワインの瓶を持って現れたのは、ジハル族長である。

宴会で気を使わせるのも嫌なので、俺のことは空気のように扱ってくれと言っておいたのだが、わざわざお酌に来たようだ。

互いに酒を交わし、たわいもない会話を少しして、ジハル族長は自分の部族の下に帰っていった。

するとジハル族長に倣って、他の族長が酒を片手に続々とやって来る。

これは堪らない。

恨みがましい目でジハル族長を見ると、彼はすまなそうに頭を下げた。

捕虜のローマットにもご馳走と酒を届けてある。

後日、警備の者に聞いた話では、ローマットはご馳走を最期の晩餐と勘違いして、涙を漏らしながら命乞いをしたらしい。

しかし、酒を口にするとその態度を豹変させて、「殺すなら殺せ!」と息巻いたのだとか。

相変わらずな様子だ。

やがて、「明日からまた頑張りましょう」と俺が最後に締めて、宴会は終わった。

春が過ぎ、夏が始まった頃に商隊がやって来た。

率いていたのはライルだ。

城門の上より、エルザはどうしたのかと聞くと、【香辛料】の商路を狙う者達を欺くために囮になっているとのこと。

とりあえず、ライルと他二名のみを町に入れ、他の者達は西の空き家に案内した。

もちろん町に入る者は武装を解除させている。

「少し太られましたか?」

宿泊する場所へ案内する途中、カトリーヌの上から発した俺の言葉。

今のライルは、俺の知る半年前の彼よりもどこかふっくらとしたように見えた。

「剣を振らなくなりましたから」

ライルが肉のついた頬を持ち上げて言う。

その後、日のあるうちに、いつもの商店にて金貨の受領を行った。

「次回以降は、一ヶ月ごとに来ることができると思います。そちらは今と同じ量を用意できますか?」

金貨の確認が終わると、ライルが俺に問いかけた。

「ええ。供給にはなんの問題もありません」

一ヶ月ごとの交易。

俺は小躍りしたい気分だった。

あと五回も交易を繰り返せば――つまり五ヶ月後には、資金が最初の1000億に届くのだ。

だが、心配事もある。

それはこの大陸にどれ程の金があるのか、ということ。

俺は、数百キロにおよぶ金貨を【売却】した。

それはこの世界からそれだけの量の【金】が消えたことを意味する。

そして残念なことに、『町データ』の商品欄に【金】は存在しない。

この世から存在を無くした【金】は、決して戻ってくることはないのだ。

このまま金貨の【売却】を続ければ、この大陸からどんどんと【金】が失われていき、市場は大いに混乱する……ような気がしないでもない。

正直なところ、どこまでの混乱が起きるのかわからなかった。

もしかしたら、この町にやって来る金貨は全体で見たら微々たるものかもしれないし。

それに市民が使うのはもっぱら銀貨だという話なので、金貨がなくなっても銀貨があるからいいじゃない、といった安易な考えも俺の中には存在する。

というわけで、ライルに聞いてみた。

「金貨なんですが、私が溜め込んでいても市場は問題ないんですか?」

その質問に、ライルは顎に手をやって、少し考える風な姿を見せる。

「そうですね……今はまだ市場の反応は鈍いです。

ですが、金貨がこのままこの町に流入するばかりなら、じきにその価値は高まるでしょう」

「やはりそうですか……」

まあ、これは当然か。

なにせ、今回のを合わせると現代価値で200億に近い額の金貨がこの町に運ばれてきているのだから。

「金貨がなければ、銀貨の需要が高まります。ですが、今、銀貨の価値が落ち続けてるので、ちょうどいいかもしれませんね」

「銀の価値が落ちている?」

「はい。カスティール王国で二年ほど前に巨大な銀山が見つかったらしく、かの国はその潤沢な銀を使って新銀貨を発行しました。

新バーバニル銀貨というんですが、その銀含有率は92.5パーセントを誇り、他の追随を許しません」

カスティール王国は北方にある国の一つだったはずだ。

その国が銀山を見つけ、質の高い新銀貨を発行したのだという。

しかし、そんなことくらいで銀の価値が簡単に揺らぐのだろうか、と俺は疑問に思った。

ライルは続けて言う。

「怖いところはここからなのです。新バーバニル銀貨はこの二年間、途絶えることなく市場に供給され続けて、他の銀貨の価値を下げ続けています」

「え……良貨が悪貨を駆逐したってことですか……?」

「新バーバニル銀貨よりも銀比率の悪い他国の銀貨を悪貨と呼ぶのであれば、まさにそうなりますね」

悪貨が良貨を駆逐するんじゃなかったのか?

いや、新銀貨とやらが、それだけの物量だったということか?

「それで、どうなったんですか?」

「現在一等銀貨となった新バーバニル銀貨の価値は、その高い銀含有率にもかかわらず、二年前の他の銀貨と同等の価値しかありません。

そして他の銀貨に至っては以前の3分の2にまで価値が下がっています。

物価が上がっても市民の賃金は中々上がりませんから、カスティール王国以外の人々の生活は苦しいでしょうね」

急激なインフレーション。

まだまだ銀貨の価値は下がりそうだし、自国の銀貨を賃金に貰っている市民にとっては堪ったものじゃないな。

いや、銀にだって限りはあるか。

「巨大な銀山とはいえ、そんなに採掘していては、いずれは銀が尽きるんじゃないんですか?」

「ふふ。本当に銀山なのでしょうか?」

「え?」

ライルは事件の謎を今から解き明かす探偵のように笑った。

「錬金術の魔法ですよ。この二年の間、銀山の場所を特定できた者はいないと聞きます。

本当は銀山などどこにもなく、銀を多量に生み出せる錬金術の天才が現れたのではないですか?」

「え、錬金術って金の魔法ですよね? 金属を生み出せるんですか?」

錬金術とは、神様のカードでもあった【金の魔法の才】のことだ。

ゴブリン族やコボルト族の話では、金属の変形に長けた魔法と言っていた。

そのため、鍛冶仕事を生業にするのだと。

「ええ、生み出せますよ。

まあ、知らなくても無理はありません。魔力により金属を生み出す者達は上位の錬金術師であり、国にとって秘中の秘となる存在ですから。金の卵を産む鶏は鉄の籠の中で飼われる、そういうことですよ。

市場にいるのは低位の者ばかりです」

「では、なぜ金でなく銀を? 金を生み出した方が価値があるのでは?」

「それは、銀の方が簡単に生成できるからですよ。『神の三角図』をご存じありませんか?」

「すみません、教えていただけますか」

「神がこの世界を創造した際に、一つの法則が生まれました。それが『神の三角図』です。

それは生物や物質の格を表し、決して抗えない法則となりました。

たとえば生態の図では人が頂点に、その下に獣人や肉食の動物達が並び、さらに草食動物、草や木、そして土。上にあるほど数が少なく、下にいくほど数が多くなり、それが三角を形作ります。

鉱物にも同じように序列があり、ダイヤモンドを頂点にして、その下にずらりと他の鉱物が並びます。

銀は上位の存在であり、生み出すのが難しいからこそ、神は少ししかつくりませんでした。

そして、銀よりも上位の存在である金は言わずもがな。

これはこの世界の摂理なのです。

神学では最初に習うことですね。まあ、どこまで本当かわかりませんが」

「なるほど」

生態ピラミッドみたいなものか、と俺は頷いた。

それにしても、銀山が発見されたのが二年前、俺がやって来たのは三年前。

どうにも話ができすぎている。

【金の魔法の才】【特大】【★★★★★★】

もしかしたら、このカードを引いた奴がいるんじゃないのか?

生きるために銀をつくり、それを権力者に見つけられた。

ありそうな話だ。

そして、籠の中の鳥か。

それがいいことなのか悪いことかはわからないな。

少なくとも、大事にはされているだろうし。

「ちょっと気になったんですが、カスティール王国はその潤沢な銀貨を使って金貨を買い占めなかったんですか?」

「商人はそんなに馬鹿じゃありませんよ。これまでエルザさんは金貨で取引してきたでしょう?」

「ええ」

「カスティール王国はまず新銀貨で他国への莫大な借金を返しました。

これを商人達は怪しく思ったのです。

その銀はどこからきたのかと。

この後、商人のほとんどが、大きな取引において銀貨の取り扱いをやめるようになりました。

とはいえ一部の商人は開き直ったかのように新バーバニル銀貨を使っていますし、カスティール王国は教会への寄付を全て新バーバニル銀貨で行っていますから、まだまだ市場に新バーバニル銀貨は増え続けるでしょう」

「新バーバニル銀貨は今持ってますか?」

「ええ、ありますが」

俺は先程、受け取った金貨の袋から一枚を取り出す。

「この金貨と交換していただけませんか?」

「それは別に構いませんが……」

ライルは懐から袋を取り出して、その中から38枚を俺に渡した。

俺はそれを金貨の袋の中にジャラリと入れる。

自宅に帰ったら【売却値】を調べてみよう。

銀貨が大量に溢れているのなら、それを使えばいい。

金貨にこだわる必要はないのだから。