軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.金

エルザ達がやって来た日の翌日。

俺は、朝から商品の梱包作業を行った。

ゴブリン族に木箱を造らせ、その中に【砂糖】と【香辛料】の壺を入れ、隙間には藁を梱包材として詰めていく。

エルザ達は、それらを馬車に積むと、昼過ぎに町を去っていった。

足りない分の金は、次回払うという証文を書かせてある。

まあ、こんな独立した地では証文にあまり意味があるとは思えないのだが、一応の記録にはなる。

それよりも問題なのは、エルザが次にやってくる日だ。

エルザは早くても2ヶ月、遅かったら4ヶ月はかかると言っていた。

まず帰るのに約10日、さらに他国の商人らと繋ぎをとったり、教会に賄賂を渡したりするのに40〜60日、そして再びこちらに来るのに10〜40日。

これで合計2ヶ月〜4ヶ月だ。

こちらに来る日数が10〜40日と、ひどく曖昧なものになっているのは、追手をまくためなんだとか。

『間違いなく、つけられるわ。この場所を知られんためには、まず真逆の方向へ行かんとあかんからな。そりゃあ時間もかかるで。

あ、半年経っても音沙汰なかったら、うちは多分天国に旅立ってるから、そん時は堪忍な』

なんてことをエルザは笑いながら言っていた。

非常に胆が座った女性だと思う。

なんにせよ日にちがかかりすぎる。

エルザは、金と人員が整えば、運搬のみを行う隊を編成して、もっと頻繁に交易ができるようにすると言っていた。

だが金はともかくも人員はよく精査しないといけないので、体制が整うまで、どれだけ時間がかかるかわからないのだという。

いずれ来る戦いの時までに、ありったけの金を貯めたい俺としては、どうにかしたいところだ。

さて、エルザを見送った後、俺は自宅にて炬燵に足を入れて座っていた。

そして俺の目の前には、金貨の詰まった皮袋がある。

その袋の中から1枚を取り出して机の上に置いた。

それはフロー金貨と呼ばれる、一円玉ほどの大きさの貨幣。

高い金含有率に加え、これまでに一度もその比率を変更してこなかったことから価値が安定しており、国際通貨として世に親しまれているのだそうだ。

金含有率は90%で、その重さは3.5グラムほど。

つまり、金1グラムの値段が現代では4000円台を推移していたはずだから、このフロー金貨は1枚につき――

3.5×4000×9/10= 1万2600円

――となるはずである。

しかし、実際に『町データ』を呼び出して【売却】を選択するとこうなる。

【フロー金貨】【売却値】11万円

《売却しますか》【はい/いいえ】

売却値が9倍近くになった。

これが示すところはつまり、この世界に存在する物の【売却値】は、この世界の価値になるということだ。

余談ではあるが、金貨20枚で平民の一家が一年暮らしていけるというのが、この世界での金貨の価値である。

とにかくも、【売却】が現代価値でないのは僥幸だ。

俺の資金も大いに潤うことだろう。

俺は【売却対象】に袋の中の金貨150枚を選択した。

【フロー金貨】【148枚】【売却値】1628万円

【フロー金貨・模造品】【売却値】9万円

【フロー金貨・模造品】【売却値】8万4000円

《売却しますか》【はい/いいえ】

ん……? あれ?

俺は見間違えかなと目頭を押さえてから、再び目の前の画面を見る。

いや、見間違えじゃない。

おい、エルザ! 偽物混じってるぞ!

まあ、150枚の中のたった2枚だから、さすがにわざとじゃないだろう。

一応、取引前にはエルザの言うがままに、適当に選んだ金貨を1枚秤にかけているし。

もしかしたら、150枚の中に2枚の模造金貨が混じっていたことは、この世界では普通のことなのかもしれない。

となると結局、模造金貨の扱いはどうなっているんだ?

次、エルザが来た時に聞いてみよう。

というわけで金貨の【売却】は完了した。

あとは、次回エルザ達がどれだけの金を持ってくるのか、ワクワクと待つばかりである。

冬も終わりの頃。

エルザが多くの人間達を引き連れて町にやって来た。

その集団は、馬車にたんまりと載せた金を守護する兵士達である。

まあ、大人数で来ることは前回の来訪時に聞かされていたことなので驚きはしない。

ただ、人間の集団を町の中に入れるのは、互いの安全のためにも遠慮してもらった。

エルザは信頼できる筋の者達だと言っていたが、こればかりは仕方のないことだ。

というわけで、エルザと前回もいたレイナのみ(ライルは来ていない)を町の中に入れ、他の者達に関しては、西側でコボルト族が新たに作った煉瓦の家に宿泊してもらうことにした。

ちなみにこの煉瓦の家、天井部は薄いベニヤ板と藁で構成されているので、地震が起きて家が崩れても、とりあえず死ぬことはない。

「フジワラさん、レートは前回と同じでええんか?」

前に使った空き商店へ向かう途中、エルザが俺に尋ねた。

「ええ、構いませんよ」

「数はどんだけあるん? 今回は【胡椒】を多目に欲しいんやけど」

「【胡椒】も【砂糖】も【唐辛子】も、エルザさんの馬車を満杯にするくらいは用意してあります」

「ほか、安心したわ」

ややあって商店に到着すると、金貨を家の中に運び込む作業が始まり、それが終わると、まず先に先払いで金貨の受領を行うことになった。

「じゃ、枚数確認してや。一袋に500枚の金貨が入っとる」

500枚の金貨が入った袋が、150袋以上。

途方もない数でとても全部は数えきれない。

俺は袋を幾つか選び、エルザとレイナが見届ける中、机に金貨を並べて枚数を数えていく。

「よし、問題なしやな。次はこれや」

渡されたのは秤。

金貨の真贋を測るためのものだ。

「一袋から5枚選んで秤にかけてや。さっさとせんと日が暮れてまうで」

俺は言われるがままに、秤に金貨を載せていく。

その最中に、俺は偽の金貨について聞いてみようと口を開いた。

「ところで、一つ伺いたいことがありまして」

「なんや? うちに答えられることなら一つどころか、十でも百でも答えたるで。あ、でもスリーサイズはあかんよ」

「いえ、スリーサイズとか興味ないんで」

「……フジワラさん、もうちょっと乗ってえや」

急に冷めた目付きになるエルザ。

えぇ……、俺が悪いのか?

「すみません、真面目な話なんです」

「む」

エルザは口許を一文字に結び、その顔つきを真剣なものへと変えた。

普段は軽い様子ではあるが、商売のこととなると、彼女は時折こういう顔をする。

「金貨の中に金比率の低いものが2枚混じってましてね。

明らかに偽の金貨だったんですが」

「……はぁ」

気が抜けたように、エルザはため息を吐いた。

なんだろう。

俺は、何か変なことを言っただろうか。

「何か変なことを言いましたか?」

「何かと思ったら、そりゃ“当たり”やで」

「“当たり”?」

「せや。今、無作為に金貨を選ばせて、秤にかけてもろうとるやろ?」

「はい」

「取引の時にはルールがあってな。100枚に対して1枚を選び秤にかける。それが贋物やったら次は5枚を秤にかける。そん中にまた贋物があったら、次は10枚。

さらにそん中にも贋物があったら、漸く金の受け取り側は貨幣を全部調べる権利を与えられるんや」

「はあ」

俺は、なんだその面倒くさいルールは、と思いつつ生返事をする。

まるで、偽の金貨を発見させないためのルールじゃないか。

「なんでこんな受け渡し側に有利な……というか、少数の偽の金貨に対して、見ない振りをするような取り決めになってるかわかるか?」

「いえ、生憎と」

わかるわけもない。

悪貨が良貨を駆逐する、なんていう言葉を前の世界では聞いたことがある。

悪貨と良貨。貨幣価値としては同じでも、貴金属の価値としては高価である良貨を人々が隠してしまい、悪貨が世に流通するという話だ。

そして、それは貨幣の価値が下がることを意味し、貨幣経済の崩壊に繋がりかねないのだ。

「簡単な話や。偽造貨幣を造っとる奴は貨幣鋳造権利者、すなわち国の中でも大きな権力を握る者達や。

具体的にいうと大公、有力諸侯、大司教、一部の司教やな。こん人らが、王様から鋳造所の管理を任された方々や。

つまり、多少の偽造貨幣を問題にして、やんごとなき方々の顔を潰すなってことやな」

「なるほど」

つまり、口を出せば逆に自分の身が危ない、というわけか。

大きな問題にならないように、そういった取り決めが作られたのだろう。

しかし、それだとこの世界の貨幣経済は大丈夫なのか?

というか、俺との取引ならそのルールは適用されないんじゃ……。

「これでもまだマシなんやで。取引に秤を使うこと自体が禁止だった国もあるからな。

これまた、その言い訳が酷いんやわ。『重さを量っての取引は、貨幣での取引ではなく、地金での取引と同義である。それは貨幣の価値を損なうものであり、よって禁止する』ってな。

自分らが金比率を下げて、貨幣の価値を落としとんのに、ハチャメチャなやっちゃで」

地金とは貨幣に加工する前の純粋な金だ。

確かに重さで取引をするのなら、もう貨幣でなくてもいいわけだから、その理屈は通用する。

だがそれを自分達が貨幣の金比率をバレないようにするためとなれば、ただの屁理屈でしかない。

「ま、その国は経済がぶっ壊れて、他国の通貨と物々交換しか通用せんようになったわ。だいぶ昔の話やけどな。

そんで、そんなんなったら終わりやから、鋳造所もっとる人らも、あのへんちくりんなルールの中で見逃される程度の量しか造っとらん。

あくまで王様からお目こぼしされとるだけやからな。

調子こいたら、すぐ『これ』やで」

『これ』という言葉と共に、手で首をスパンと斬る動作をして、おえっと舌を出すエルザ。

「それでも、やっぱ塵も積もれば山となる。そんな時、痛い目見るのが商人や。

あのルールな。最後の全部調べるやつで30枚以上の偽造貨幣が見つかったら、官憲の取り調べが入った上で、財産を全部没収されんねん。やから、みんな偽造貨幣を溜めんようにちょっとずつ吐き出していっとる。

そんでも、もし溜まってもうたらな、損することになるけど、役人に言って相応の値で買い取って貰うんよ」

ということは、あの偽の金貨は知っていたのか。

「まあ色々言うたけど、1枚や2枚くらい悪貨が混じっとるのはよくあることで、それが後から見つかった場合には見ない振りをするのが慣習なわけや。

だから、商人達はそれを“当たり”と呼んどる。

損しとることには違いないんやけど、せめて富くじの当たりになぞらえて、自分を慰めとるわけやな」

俺は、なるほどと思いつつ、いつの間にか止まっていた手を動かし始めた。

「それにな、うちくらい一流ともなれば、秤を使わずとも手で重さがわかる。

怪しい相手には、始めの1枚をきっちり選んで秤にかければ、後はこっちのもんやで」

にひひ、とはにかむような笑みを浮かべて、エルザのためになる話は終わった。

やがて、秤に5枚ずつ乗せる作業も無事に終了し、エルザから今回の取引の注文票を貰う。

今回は【砂糖】と【唐辛子】は少量で、【胡椒】が大量に要求されていた。

話を聞くと、【砂糖】に関しては修道院が作る【蜂蜜】の領分を侵さないため。

【唐辛子】に関しては、不評というわけではないが、【胡椒】の方がより求められたとのことだ。

そこで、ふと気になったことがある。

前回、【蜂蜜】のことを知りながら、【砂糖】を多分に持っていったのは何故かということだ。

するとエルザはこう言った。

「【砂糖】は名前を売るためのものやな。甘いっちゅうんは、味覚の中でも一番わかりやすいし、好まれる。

逆に【胡椒】や【唐辛子】は初めての味と言ってもええやろ。口にしたことのない味のせいで、首を傾ける奴もおるかもしれへん。

そこで【砂糖】っちゅう実績が役に立ってくるわけや。

【砂糖】っちゅう凄いもんを売った奴が持ってきた、今までにない【香辛料】。これも途方もないんやないか、って錯覚するんやな。

まあ、こんなことせんでも、未知の味に餓えとる金持ちはぎょうさんおるから、どうにでもなったと思うけどな」

やっぱり色々考えているんだなと感心しながら、その日の取引を終える。

受け取った金はリヤカーに載せて、狼族の者に自宅前まで運んでもらった。

夜になると、エルザ達の下へ酒と食事を運び、小さな宴会をした。

「いやあ、痛快やったわ! いつもこっちの足元見て偉そうにしてる奴等が、揉み手しながらペコペコと敬語使ってくるんやで?

フジワラさんにも見せてやりたかったわ!」

エルザはどうやら相当にご機嫌な様子。

話を聞く限り、今まで侮られていた相手との立場が一変したようである。

まあ、唯一無二の【砂糖】や【香辛料】は、他の商人にして見たらそれこそ黄門様の印籠のようなものだろう。

「あの、あまり敵をつくるような真似は……」

変に恨みを買われて、とばっちりがこっちに来ても困る。

エルザに何かあれば、俺との商売にも支障が出るのだ。

「わかっとるって。今だから言う話で、他ではちゃんと余所行きの仮面被っとるで。

うちの心情は度外視して、あらゆる面での損得を考慮して取引をやっとる。うちもプロやからな」

ということは、外行きの仮面を被って無さそうな今の状況を見るに、エルザは俺のことをそれなりに信頼してくれているということか。

それとも、今の顔も装った仮面の一つなのか。

そして翌日、エルザ達は品物を受け取って町を発った。

俺はそれを見送ると、にんまりと笑顔をつくる。

今回得た金は、約7万6000枚の金貨。

その総重量はおよそ230キロ。

それらは昨夜、既に【売却】しており、その額はなんと84億円になったのだ。

【資金】498億8112万2000円

→ 583億1317万000円

カトリーヌの背に揺られながら自宅に帰る間も、ニヤニヤとした笑みが止まらない。

元の世界でのことだが、預金通帳に金が貯まっていく様を見るのは、とても気分がよかった。

金には魔性の魅力がある。

僅かな増減ですら心を揺り動かす。

子供の頃などは財布の中身を数えて、よく暇を潰していたし。

とはいえ、7万6000枚の金貨がこの世界から消えたことに、人間世界の貨幣市場が混乱しないか少々心配になった。

まあ、今考えても仕方ない。

次にエルザが来た時にでも聞けばいいだろう。

ともかくも、これで俺の資金は約580億円。

最低限残しておく資金のラインを500億と考えているので、これで少々無茶ができるようになったというわけだ。