作品タイトル不明
57.
賑やかな喧騒と、香辛料のツンとした匂いが漂う城下町。
石畳の路地を歩きながら、ギデオンは隣を歩くミシェルに向かって咳払いをした。
「前置きしておくが。これは視察じゃない。デートだ」
「 公務(デート) ですね」
ミシェルが真顔で頷く。
ギデオンは完全に勘違いしたまま、ふふんと鼻を鳴らして超ご機嫌に笑った。
その様子を、路地の木箱の陰からこっそりと覗き見ている者たちがいる。
尾行してきたフローラ、ピクシー、ティルの三人である。
「アレ、絶対に公務と書いてデートと読んでるわね」
「違いないですぅ」
フローラが呆れたように呟き、ティルがパタパタと長い耳を揺らして同意した。
そんな外野の呆れ顔など知る由もなく、巨大な皇帝はご機嫌に街を歩く。
しかし、ミシェルはいつもの事務仕事とまったく同じペースで、すたすたと速足で先へ行ってしまうのだった。
「おい」
「なんですか」
ギデオンが立ち止まり、不満げに声をかける。
「歩くのが速い。俺に合わせろ」
「承知です」
ミシェルが歩調を落として隣に並ぶと、ギデオンは再びご満悦な表情を浮かべる。
しかし数歩進んで、またぴたりと足を止めた。
「おい」
「なんですか」
ミシェルが振り返り、感情の読めない視線を向ける。
「デートなのになぜ手を繋がない」
「言われていないので」
即答するミシェルに対し、ギデオンは苛立たしげに足鳴らしをした。
「仕事ならいつも言う前に動いてくれるのに、なぜデートだと言わないと動かないのだ」
「まあ、デートは仕事ではないので」
ミシェルは氷のような声で淡々と事実を述べる。
しかし、すぐに何かを納得したように小さく頷いた。
「しかし、公務の一環だと言うのなら。なるほど」
ミシェルはスッと手を伸ばし、ギデオンの大きな手を握った。
その瞬間、木箱の陰に隠れていたフローラが頭を抱える。
「おい、今ハッキリと公務って言ったわよ」
「ほんとだね」
ピクシーが丸眼鏡を押し上げながら苦笑いする。
「でも、本人が満足そうにしているからいいんですぅ」
ティルが呆れ果てた顔で、だらしなく頬を緩ませる皇帝を指差した。
手を繋いだまま大通りへ出ると、人だかりができている場所があった。
荷馬車の前で、商人と客が顔を真っ赤にして激しく揉めている。
怒声と荷物がぶつかる鈍い音が響き、周囲の者たちは遠巻きに見ているだけであった。
「行ってください、陛下」
ミシェルが手を繋いだまま、淡々と指示を出す。
しかし、ギデオンはそっぽを向いた。
「行かない」
「なんですか」
ミシェルが小首を傾げると、ギデオンは面倒くさい彼女のように唇を尖らせる。
「陛下はやめろ」
「はあ」
「今はデート中だろうが」
ギデオンが拗ねたように言い放つ。
あまりにも面倒くさい皇帝のこだわりに、ミシェルは短くため息を吐いた。
「ギデオン。行け」
「うむっ」
呼び捨ての命令形にされたというのに、ギデオンは名前を呼ばれただけで機嫌を直す。
彼は尻尾を振る大型犬のように意気揚々と歩き出し、トラブルの解決へと向かうのだった。