作品タイトル不明
33.
天蓋付きのふかふかとしたベッドの上。
薬品の微かな香りが漂う室内で、宮廷医のフローラが呆れたように息を吐いた。
「ちゃんと休まないと、元気になれないわよ」
「……休めと言われても」
ミシェルは重い体を寝返らせ、ぽつりとこぼす。
頭の奥には鈍い痛みが居座っており、熱っぽい視界が揺れていた。
「あの人を一人にする方が、よっぽど元気になれません。不安です」
「陛下はバカですから。私がいない間に、勝手に何かされても困るのです」
トップへの圧倒的な不信感を口にすると、部屋の扉が静かに開いた。
「お前がそう思って不安がると思ってな。ちゃんと側にいてやるぞ」
「はぁ。そう」
堂々と入室してきたギデオンは、宣言通りベッドの脇に椅子を引き、どっかりと腰を下ろした。
しかし、彼は本当に何もしない。ただじっと、射抜くような赤い瞳でミシェルを見つめ続けている。
「何をしているのですか」
「お前を見ている」
「何が楽しくてそんなことを」
「お前を見ていると飽きないからな」
「そうですか」
ミシェルは冷淡に返し、ぷいっと視線を逸らした。
静寂が落ちる中、彼女の頭は自然と未処理の事務作業へと向かっていく。
(ティルもいるし、事務は大丈夫でしょう。でもやっぱり、人手が足りないですね。大丈夫かな……)
「何を考えている」
不満げな低い声が降ってきた。
ミシェルは視線を戻さずに淡々と答える。
「ティルのことを」
「俺のことを考えてくれ」
「はぁ? なんで」
「貴方はそこにいるではないですか」
「お前な……」
目の前にいるのに別の部下のことを考えるミシェルに対し、皇帝はあからさまにガックリと項垂れて拗ねている。
やがて、昼食の時間になった。
ギデオンは一度部屋を出て、しばらくすると自信満々な足取りでお盆を運んできた。
「昼ご飯、作ってきたぞ」
カチャリとサイドテーブルに置かれた皿を見て、ミシェルの思考が停止する。
焦げた匂いと謎の酸味が混ざった空気が漂い、そこにはドロドロのボロ布のような、黒い物体が乗っていた。
「なんですこれ。ごみ?」
「ふっ」
「食事もまともにつくれないのですか」
ミシェルの容赦ない言葉に、ギデオンは不機嫌に眉をひそめた。
「ならいい。捨てる」
「なんで捨てるのですか。もったいない」
取り上げようとする大きな手を制し、ミシェルはスプーンで黒い物体を掬い、躊躇なく口に運んだ。
舌に触れた瞬間、強烈な苦味と得体の知れない食感が広がる。
「……ほんとに不味いです」
「ふっ。当然だ。料理なんて作ったことはないからな」
「じゃあなんで作ったんですか」
「お前のために決まってるだろうが」
ぶっきらぼうな口調の中に滲む不器用な本音に、ミシェルは小さく息を漏らした。
なんだかんだと言って、彼は彼なりに看病をしようとしてくれているらしい。
「早く元気になってくれ」
「ええ。国のために」
「俺のために、だ」
「えっ」
真っ直ぐに求められ、ミシェルは小さく目を丸くした。
胸の奥にポカポカとした温かい感情が広がり、強張っていた全身の力がふっと抜けていく。
「なんだか、眠くなる」
ミシェルは静かに目を閉じ、今度こそ安心して深い眠りに落ちていくのだった。