作品タイトル不明
123.
聖王国の使者は、客間の前に通されていた。
彼はソファに浅く座り、審判の時を待つ罪人のごとき表情で、うつむいてる。
額からたれまくる汗は、いくら拭っても止まることはない。
呼吸が浅い。
脇汗で服がぬれまくっている。
重力魔法が掛かってるかのごとく、体が重く感じた。
地面に視線を固定させて、考えるのはこれからのこと。
(冷徹妃は恐ろしい女性だと聞く……。今回の件はかなり腹を立てているだろう。なんとしても……ごまかさねば。死ぬ気で)
扉が開くと、「謁見の準備が整いましたぁ」と、若いハーフエルフの女が、呼び出す。
使者は女と共に部屋を出て、謁見の間へ。
扉を開けると、そこには、大男が玉座に座っていた。
この国の皇帝、ギデオンだ。
ギデオンを見た瞬間……使者は内心で、大きく安堵の息をついた。
(しめた! 無能帝だけしかいないぞ!)
周りを見渡すも、冷徹妃の姿は見えない。
後から入ってくる可能性は考えにくい。
(政治の分らぬ無能帝ならば、どうとでも説き伏せることができる……! やった……! 勝った……!)
先ほどまで自身にのしかかっていた、重みが解けて、体が軽くなったような気がした。
使者はギデオンの前まで移動し、跪く。
「シンシャーと申します」
「よくぞ参った。ギデオンである」
(くく……よくご存じだよ。冷徹妃がいなければ、政治をまったく理解できぬ馬鹿者だってことはぁ!)
「ギデオン陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……。
此度は部下が勝手をし、貴国に迷惑をかけてしまったこと、誠に申し訳ないと思っております!」
「ほう……部下が勝手に」
「はい! あの演習をよそおった攻撃は! 聖王国の総意ではございません! 一部の愚者たちの独断専行なのです!」
「なるほど……愚者どもの独断専行……か」
使者はニヤリ、と心の中で嗤う。
(いいぞ! やはりこの男……政治をまるで理解していない! 現に、私の言ったことをオウム返ししてるだけだ!)
くわぁ……とギデオンがあくびをする。
(つまらなそうにしてるし……やっぱり政治をまるで理解していない。くく……なんともやりやすい男!)
「つきましては、今回のお詫びとして、これだけの慰謝料を貴国にお支払い致しますゆえ、どうか……お許しいただけますと」
シンシャーは目録を、先ほどのハーフエルフに渡す。
女を経由して、ギデオンは書類に目を……通さなかった。
ぱさり、と書類が地面に落ちる。
「な、なにを……?」
「貴様の言い分によると、今回は聖王国の反乱分子が起こした犯行ということだな」
「え、ええ……」
「そうか。ならば、なにゆえそいつらの首をもってこない」
「は!? く、首……ですか?」
ギデオンは立ち上がる。
ぐしゃり、と書類を踏み潰す。
「当然だろう。そいつらは帝国に唾を吐いたのだ。俺は、舐められるのが一番許せん」
「い、いやいや! 何を言ってるのですか……。他国の人間を打ち首にする権限なんて、持ってるわけがないでしょう!?」
「その通り。だから、おまえらがやるのだ」
「な、なぜ……?」
「俺たちに申し訳ないと思っているのなら、せめて、反乱者どもの首を差し出す。それが誠意ってものではないのか……?」
(こ、この男……本気だ。本気で要求してきている……)
「おまえ達が持って寄越したそこの書類には、俺らへの誠意がまるで感じられん。いいか? 俺らを殺す気で来たのだから」
しゃきんっ、とギデオンは腰に佩いていた剣を抜いて、シンシャーの首に刃を立てる。
「殺されてもおかしくない。だろう? その覚悟があって俺らにケンカをふっかけてきたんじゃないのか?」
「ひ、ひ、ひいぃい!」
後ずさるシンシャーを、ギデオンが見下ろしている。
「それに……一部の反乱者が勝手にやったことというのなら、おまえもそこに含まれているだろう。立案者の中に入ってるんだってな」
「!? な、なぜそれを……」
「俺のミシェルを侮るな。アレは、全てを見通す聡明な女なのだ」
……書類上、シンシャーが今回の件に関わっていないことになる。
だが、ミシェルは、あの冷徹妃は、書類に書かれていないことから、真実を見つけ出したという。
「馬鹿どもの首で今回の件は許してやろう」
ギデオンは持っていた剣を、シンシャーの前に放り投げる。
「ほら、早く首を切れ。切って見せろ。本当に、俺たちに申し訳ないと思っているのならば」