軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 決戦を終えて

シラハの固有魔法による空間が完全に消え失せると同時に、チュラスが走ってきた。

「リオ! 先ほどの技を我にもできるか?」

カジハの死により散った邪気の影響はチュラスにも及んでいたらしく、戦闘前に分かれた時よりもはるかに強く邪気を纏っている。

チュラスの後ろからガルドラットが走ってくる。カリルやラスモアは状況がいまいち呑み込めないのか、戸惑っている様子だった。

魔力感受性が高いチュラスだけはリオが邪霊化したシラハを元に戻したことが分かったのだろう。

「たぶんできるよ。ちょっと待ってね」

リオは深呼吸を一つして、激流を発動しながら余剰魔力に神気を乗せる。

チュラスがリオを期待の籠った目で見上げた。

「神気であるな。聖人化したのか?」

「集中してるから黙ってて」

「う、うむ」

神気を十分に纏ったリオは片手でチュラスの邪気を振り払う。

チュラスは耳を寝かせて目を閉じ、しばらくしてゆっくりと目を開いた。

「……我の体内にあった邪気が消え失せた。窃盗衝動も消えた。突然、衝動が消えると戸惑うものだな」

自分の心の急激な変化についていけないのか、チュラスは髭を前足でしきりになでつける。

シラハがリオに近寄ってきた。

「……リオ」

「なに?」

「邪気が消えたけど、まだリオを独り占めしたい」

「……それ、邪気とは関係ない衝動なんじゃない?」

外見で騙されがちだが、シラハはまだ二歳だ。懐いた相手を独占したがるのも仕方がない年齢である。

シラハのそれは少し意味合いが違う気もしたが、邪気が消えた以上は問題にならない。

リオ達のもとにたどり着いたガルドラットがチュラスの前に膝をつく。

「チュラス殿、お加減は?」

「うむ。邪霊化は免れたようだ。神霊化したわけでも無い故、予断は許さぬ。だが、体内に蓄積していた邪気が綺麗に消え失せた」

「……リオ、聖人化したのか?」

ガルドラットに問われて、リオは首を横に振る。

「いえ、意図的に神気を作れるようになっただけで、聖人化はしてないです。邪気を祓うのも、神気をぶつけて強引に押し出してる感じですね」

感覚的な物なので説明が難しいと、リオは言葉を探す。

チュラスが見かねたように後を引き取った。

「ガルドラットが聖人となって以降、リヘーラン周辺で邪獣の発生頻度が極端に落ちたであろう? 神気が邪気を押し退けたと考えられる。おそらく神気と邪気は反発するのだろうな」

「そうそう。なんか、冷水に温水をぶつけてるみたいな感じでさ」

「分からんな」

「そっか……」

にべもなく否定されて、リオは肩を落とす。その肩をシラハが慰めるように叩いた。

遅れてきたカリルとラスモアが声をかけてくる。

「二人が黒い球体に取り込まれた時はどうしたもんかと思ったが、無事みたいだな」

「聞きたいことも多いが、まずはオッガンと合流するぞ。まだ他の部隊は邪霊や邪獣と戦っているのだからな」

ラスモアの言葉に全員が頷き、カジハ討伐完了を伝える合図をラスモアが空に放つ。神剣ヌラの能力で空に浮かび上がったのは邪神カジハ消滅の光景だった。

リオは転がっていた神剣オボフスを拾い上げてシラハと共に、オッガンが守る正門へ向かうラスモア達の後に続いて走りかけ、脚を止める。

「あれ? イオナは?」

「――いますよ」

まだ神弓ニーベユの効果を切っていなかったのか、自然とリオの死角に入っていたイオナが答える。

邪霊化したシラハよりよほど怖かった。

邪神カジハ討伐戦と邪霊、邪獣の掃討が完了して神霊スファンの町に凱旋するのは朝方のこと。

ラスモアが先んじて知らせたことで急遽、町を挙げての歓迎祭と祝勝会が開かれ、リオ達は万雷の拍手に迎えられる。

そんな予定を、夜を明かすための宿営テントで聞かされたリオは全力で嫌がった。

「嫌だ! 行きたくない!」

「うん! いや! 絶対いや!」

リオだけでなくシラハまで盛大に拒絶する。

二人の脳裏にはスファンの町を最初に訪れた際の騒動が色濃く残っている。

前回はスファンの巫女だの恋敵だのと言われ、今回は邪神カジハ討伐の英雄である。どんな盛大な歓迎をされるか分からない。

邪神カジハを討伐した第一戦功の二人に拒絶され、ラスモアとオッガンが顔を見合わせる。

「嫌というのなら無理強いはしないが、第一戦功の二人がいないのでは締まらないな」

「カリルを代役に立てるというのはどうじゃろう?」

「オレ!? 嫌だって! あの町にはオレが道場破りに通ったミロト流の道場があるんだ。どの面下げて代表面するってんだよ。勘弁してくれ!」

「道場破り……何をしてるんだ、お前は」

ラスモアが半分面白がりながらカリルの肩を叩く。どうやら初耳だったらしい。

自然と、視線はイオナに向けられた。

「……あまり得意ではありませんが、シュベート国の復興に繋がる以上は顔を売っておいて損はないですね」

「そんな目で見ないでよ。俺もシラハも悪いとは思ってるんだからさ」

「代わりにチュラスを貸す」

「我か? うむ。目は引くであろうな」

ただの猫にしか見えないチュラスがいれば確かにスファンの住人の目を引くだろう。

だが、チュラスは尻尾を揺らして困ったように鼻をひくつかせた。

「我は義賊ネコとして名が売れておる故、晴れの舞台で顔を出すのは不味かろう」

「カリルといい、どうなっているんだ……」

今度ばかりはラスモアも本気で呆れてしまったらしい。

いたずらを見つかった猫のように知らん顔するチュラスの隣でガルドラットが静かに手を上げた。

「出よう」

「聖人ガルドラットならば、話題性もあるじゃろう。適任じゃな」

オッガンがガルドラットの申し出を承認し、リオを見る。

「さて、明日のことはこれくらいにして、リオ達のことを話すべきじゃろうな」

オッガンが神鏡リィッペリを自らの前に置くのに合わせて、シラハが神玉を自分の前に置いた。

リオも邪剣カジハを鞘ごと自分の前に置く。

「これら三つが揃った今、シラハを神霊化させることが可能になる。というよりも、神霊化させねばならないというのが国の方針じゃろう。のう、トリグよ」

声をかけられた王国騎士団の隊長、トリグは頭を掻きつつへらへら笑う。

「まぁ、そうなるよねぇ。邪神カジハを討伐したとはいえ、シラハちゃんが邪神になったら元も子もないわけで。お国が警戒するのは当然と思って欲しいかなぁ」

「トリグさんが討伐戦に参加したのって、監視の意味もあったの?」

「そこは誤解しないで欲しいね。報告義務はあるけど、おじさんはリオ君のファンだから、力になりたかったのは本当さ」

「なんか軽いんだよなぁ」

「だから綿毛みたいにあちこちに飛ばされて面倒なお仕事させられてんのよ」

軽口が終わりそうにないので、リオはトリグへの追及をやめてシラハとチュラスを見る。

「それで、どうする? この神玉にどんな衝動が封じられているか分からないけど、神霊化する?」

シラハとチュラスが同時に首を横に振った。

「嫌。リィニン・ディアを守る衝動だったりしたら気持ち悪い」

「同感であるな」

チュラスが神玉を猫の前足でぺちぺち叩き、ガルドラットを見た。

「邪気は祓われたのだ。我は今日より、ガルドラットとリヘーランの冒険者ギルド訓練場にて過ごし、神霊化を図る。ナックの奴の墓がある以上、ガルドラットと同じ衝動でも構わぬ故な」

その手があったかと、リオ達は納得する。

ガルドラットが聖人となったのは、訓練場という閉鎖空間で長く過ごし、神気をため込んだからだ。

今やガルドラット自身が神気を発している以上、チュラスが同じように訓練場で過ごせば神霊化するのは間違いない。

チュラスが後ろ足で立ち上がり、リオに頭を下げた。

「少し前まではこんな選択はできなかった。リオよ。邪気を祓ってくれたこと、心より感謝する。我は生涯、この恩を忘れぬ」

「大げさだなぁ。俺の神気がどういうものか、チュラスになら分かるでしょう?」

「うむ。リオが剣術バカであると再認識した。後世に語り継いでやろうと思う」

「恩を思い出して?」

ツッコミを入れて、リオはシラハを見る。

チュラスと同じように訓練場に籠るという手も使えるが、それで神霊化した場合はリヘーランを守る衝動となる可能性が高い。気安くリヘーランから出ることもできなくなるだろう。

シラハはリオをじっと見て、リオの手を掴んだ。

「リオは絶対、またどこかで無茶する。だから、一緒にいられない衝動はダメ」

「言うと思った」

リオは過保護な義妹に苦笑して、場の全員を見回す。

「そんなわけで、俺はシラハとこのまま旅を続けようと思います」

「おじさん的には、不安があるんだけども」

「シラハが今後ため込んだ邪気は何度でも俺が祓って戻します。それに――俺の義妹に手を出すつもりならいくらでも相手になるよ」

「怖いなぁ。お偉方より怖いや。報告書まとめるのが大変だけど、まぁ、おじさんは嘘をつき慣れてるから大丈夫よ。ラスモア様、手を貸してくれる?」

トリグに協力を仰がれたラスモアはしょうがないな、といいたそうに苦笑して、リオを見た。

「たまには帰ってこい。そして、我が家の騎士に稽古をつけてくれ」

「稽古をつけられるくらいに強くなります」

「ならば、行ってよし」

オッガンもラスモアの決定に異を唱える気はないのか、やれやれとため息をついていた。

イオナがリオとシラハに手を差し出す。

「ホーンドラファミリア、いえ、シュベート国民を代表して感謝いたします。いつでも歓迎いたしますので」

「盛大なのはちょっと」

「えぇ、分かっています。……コンラッツ様の墓ができたらあなたたちの村へ連絡します。できれば、墓参りをお願いしたい」

「それはもちろんです。厄介な爺さんでしたけど、感謝もしているので」

イオナはリオと握手を交わし、シラハに手を伸ばす。

シラハはリオを真似るように握手に応じた。

「神霊化したら顔を見せに来てください」

「ん」

握手を交わす二人から、リオはカリルへ視線を移す。

カリルは苦笑していた。

「お前の両親には伝えとくよ。土産を期待してるぜ、剣術バカ」

「新しい技でいい?」

「おう」

笑いあって、リオはカリルとハイタッチを交わした。