作品タイトル不明
第八話 世界を変える技
持ち物を確認し、リオはチュラスを肩に乗せて家を出る。
「行ってきます」
「戦いに行くのにおかしいとは思うけど、気を付けて」
「ちゃんと帰ってこいよ」
父、バルドに頭をぐりぐりと撫でられて、リオは苦笑する。
深刻な空気にならないように気を使っているらしい。
村と街道を隔てる表門には、すでに騎乗したラスモアや騎士たちがいた。イオナ達ホーンドラファミリアは村人に気を使って街道上に駐留しているため、ここからは見えない。
ラスモアがリオを手招く。
「馬車を用意させた。乗れ」
「ラスモア様が馬に乗っているのに、俺が馬車に乗るわけには――」
「気にするな。お前が疲労しては元も子もない。中にオッガンも乗っている。あいつも歳だからな」
「聞こえてますぞ」
「ふむ、耳は遠くなっていないらしいな」
ラスモアが憎まれ口を叩くと、付近の騎士が隠しもせずに笑う。
朗らかな空気につられて笑いながら、オッガンが馬車に手招いた。
「ほれ、早う乗るのじゃ」
「分かりました。シラハ、先に乗って」
「ん」
シラハを馬車に乗せて、リオも後から続く。
馬車に乗る直前、リオは村を振り返った。
村長やラクドイ、幼馴染でシラハの友達レミニやその弟などが見送りに来ている。
遠くの方に所在なさそうに立っているユードを見つけて、リオは小さく笑った。リオが笑ったのに気付いたのだろう。ユードは決まりが悪そうな顔をして、頭を下げた。
そう言えば、シラハを虐めたことを謝ってもらってなかったな、とリオは思い出して手を振り返す。
命がけの戦いに行くのだから、和解の機会はこれっきりかもしれない。今さらだとも思うが、謝らないよりはいいだろうとみなおした。
馬車に乗り込み、リオはシラハに話しかける。
「ユードが頭を下げてたよ」
「ふーん」
シラハはまるで興味を示さない。
無理もない、とリオもそれ以上は何も言わなかった。
ラスモアが馬車の横に馬を並べ、声を張り上げる。
「――出発!」
馬車が動き出す。ラスモアが用意しただけあって揺れもなく、御者の扱いが上手いのか静かな動きだった。
村が遠ざかる。どうせすぐに帰ってくるのだからと、リオは進行方向に目を向けた。
御者に何かを話していたオッガンがリオとシラハに向き直る。
「指南書は読ませてもらった。不備はない。多少の誤脱字はあったが、こちらで修正しておこう」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、無理を言ってすまなかったのう。陽炎まで使える剣士がこの先どれほど世に出るか分からんが、確実に役に立つ技術じゃ」
オッガン曰く、指南書は何冊かの写本を作ってロシズ子爵家の書庫や王家、名門の武家などに贈られるという。
「流派としての名がないが、リオ流とでもしておこうかのう」
「それは恥ずかしいんですけど……」
今まで自分かシラハしか使わなかったため、流派の名前など考えもしなかった。そもそも、流派として起こす気もなかったのだから当然だ。
それでも、自分の名前を付けるのはあまりにも恥ずかしい。
「創始者の名を冠する場合が多いのだが、別の名にしたいのならば考えておくように」
「共同開発したカリルの名前でもいいですか?」
「奴も断るじゃろう。そもそも、発端はリオがラクドイ道場に見切りをつけて自分なりに剣術を作ろうとしたからと聞いておる。陽炎など、リオが独自に編み出した物じゃ。カリルでは、指南書の最後に名を連ねる権利くらいじゃろう」
どうやら本格的に流派の名前を考えなければいけないらしい。
悩みだしたリオを見て、オッガンは思い出したように話題を変える。
「一つ、聞いておきたいのじゃが、指南書の最後にあった技は本当にできるのか?」
「あぁ、あれですか」
神剣ヌラを使って光景を記録していた際、雨に消されていく陽炎を観察して気付いた違和感。
その違和感の再現実験の結果生み出された技だ。
リオは曖昧な顔で窓の外に視線を逃がす。
「結論としてはできます。ただ、危ないです」
「できるのか」
オッガンは魔法使いらしい理知的な瞳でシラハを見つめた。
「シラハもできるのか?」
「無理だった」
「シラハは陽炎もできませんよ」
魔法斬りや陽炎は身体強化の限界値が低くなければ、余剰魔力の放出ができないため使用できない。
シラハはもともと魔力で体が作られていただけあって身体強化の限界値が高い。もともとの身体能力が低めなため筋力はないが、強化率自体は高いのだ。
魔法斬りを使えるカリルも、身体強化の限界値はそこそこあるため、陽炎は発動できない。
オッガンは小さく唸って腕を組む。
「指南書があるとは言っても、再現できる才能の持ち主がいないのじゃな……」
「それもあるんですけど、シローズ流の使い手とか、医者の立ち合いで訓練しないと本当に危ないので指南書には再現できない程度の情報しか入れてないです。こっちの紙にまとめてありますけど、取り扱いには気を付けてください」
機会を見つけてラスモアに渡すつもりだった紙をオッガンに渡す。
魔法斬りは奥儀ともいえるもので、陽炎は奥儀の発展系だ。どちらも体を壊しかねない危険な技だが、リオが別紙にまとめたその技の危険性は比較にならない。
シラハの膝の上で丸くなっていたチュラスが顔を上げる。
「下手を打てば死ぬ技である。シローズ流、ミロト流、異伝エンロー流に旧シュベート国近衛騎士剣術、リオの旅の集大成。いわば秘奥義であるな」
「そんなに立派なモノじゃないけど――オッガンさん?」
チュラスの大袈裟な物言いを咎めたリオだったが、紙を見つめて硬直しているオッガンに気付いて声をかける。
オッガンは目を疑うように目頭を揉み、紙を丁寧に畳んだ。
「……これを実際にやったのじゃな?」
「できたので」
「他の者が言ったなら一笑に伏すところじゃ。しかし、リオが言うからにはやったのじゃろうな。となると、いくつかの魔法陣は組みなおすことに……」
オッガンは難問にぶつかった学者の顔で唸り、ぽつりと呟いた。
「世界が変わりかねんな――」