作品タイトル不明
第七話 指南書
実験や訓練を繰り返し、着々と邪神カジハ討伐の準備が進んでいく。
リオの周りだけでなく、国もまた大きく行動に移っていた。
オルス伯爵の逮捕を始め、リィニン・ディア関係者の逮捕や討伐が行われた。それらの情報が邪神カジハに届かないように内々に処理する念の入れようだ。
三か月ほど政治は激動していたらしいが、リオにはあまり関係のないことだった。
冬を過ぎて春を迎え、リオは自室にいた。
机に広げた紙に最後の一文を書き加え、隣に座るシラハに渡す。
シラハは慣れた手つきで紙に穴をあけて紐を通し、粗末ながら本の形に整えた。
「おわったー」
腑抜けた声で言って、リオは机に突っ伏す。
リオがまとめていたのは我流剣術の指南書だ。独自の歩法とその意義、各種の型や奥儀である魔法斬り、陽炎の発動の仕方や注意点までも網羅している。
この指南書があれば、邪神カジハ討伐が失敗してリオが死んだとしても、切り札である魔法斬りの技術を継承できる。
ラスモアやオッガンに指示された指南書作りだが、始めてみると案外面白かった。学のないリオが指南書をまとめられたのは、ガルドラットに見せてもらったシローズ流の資料などを覚えていたからだ。
後はこの指南書をラスモアに提出し、オッガンやトリグ、ラクドイなどに再編纂してもらえばリオの仕事は終わりである。
「シラハも手伝ってくれてありがとう。今度町に行くときになんか奢るよ。指南書の報酬も結構もらえるみたいだし」
「リオが欲しい」
「売ってないと思うなぁ」
「じゃあ、リオの人形」
「作ってもらわないといけないけど、その歳で人形遊びするの?」
「私、二歳」
「そっか。むしろ現役バリバリだったね」
中身のない会話をしながら、リオは欠伸する。
失敗した時の保険はできた。
後は目の前のことだけだと、リオは思考を切り替える。
陽炎の性質の研究は進んでいる。チュラスの神器エレッテリの鎮静効果を使った訓練も終えて、存在感を希薄化する陽炎も身につけた。
ラスモア達も連携訓練を重ねてまとまった作戦行動ができるようになっている。
準備はほぼ整った。
階下から母の呼ぶ声が聞こえてくる。
「リオ、ラスモア様がいらっしゃったわよ。下りてらっしゃい」
流石に母も家に領主の長男がやってくる状況に慣れてしまったらしい。特に緊張も感じさせない声だ。
返事をして、リオはシラハと共に一階に降りる。
玄関に立っていたラスモアが挨拶もそこそこに用件を話し出した。
「皆にリオの魔法斬りを見せる日取りが決まった。相手はトリグとオッガンだ。場所はリヘーランの郊外。我が家の騎士やホーンドラファミリア、参加する冒険者も見学する。明後日には出発するから準備をしておくように」
「分かりました」
領地の外への遠征とあって仕事が立て込んでいるらしく、ラスモアは連絡事項を伝え終えるとすぐにテントへ帰っていった。
母が心配そうな顔で見てくる。
「いよいよ、行くの?」
「そうなるね」
仲間も多いとはいえ、国を滅ぼした邪霊を相手に戦いを挑みに行くと聞いて、心穏やかでいられる親もいないだろう。
親不孝と言われればそれまでだが、戦わなければ殺しに来てもおかしくないのが邪神カジハである。
「死なないように訓練もしたし、土産話でも期待しててよ」
「リオはこんな時でも落ち着いてるわね……」
「今さら慌てても仕方がないし」
落ち着き払ったリオとシラハを見比べて、母はため息をつく。
「兄妹らしくなったわねぇ」
「シラハは元からだよ」
「リオも元から」
準備があるからと二階の自室へ戻ると、チュラスが窓辺に座っていた。その後ろ姿はまるきり猫のそれだ。
しかし、ここ最近強くなりつつある邪気がゆらゆらとチュラスの周りにたゆたっている。
「チュラス、明後日にリヘーランへ向かうんだけど大丈夫?」
「……衝動のことであろう? 明日の内に解消する故、森への同行を頼む」
「分かった」
村で盗みを働くわけにはいかず、チュラスは窃盗衝動の解消のために定期的に森で鳥の巣から卵を盗んだりしている。
チュラスは窓から森を見つめながら、耳を寝かせる。
「我の邪霊化は免れぬであろうな」
「神玉の資料は見つかったらしいけど、作るのに時間がかかりすぎるってさ」
リィニン・ディアの施設を相次いで襲撃、調査した結果の情報はラスモアを通してリオ達も共有している。
神玉は完成まで神気に溢れた場所に置く必要があり、十年以上の年月がかかるという。
魔玉の技術の応用だが、魔法陣が発動せず新たな生物が発生しない神玉は失敗作としてリィニン・ディアは製造を打ち切っていた。
リオ達が持つ神玉は現存する唯一の神玉なのだ。
シラハが神玉を持ち上げる。
「チュラスにあげてもいい」
「ならぬ。我は窃盗衝動持ち故、他人に直接の危害は加えぬ。しかし、シラハはどうなるか分からぬ。優先順位を考えれば、シラハが使うべきだ」
何度か提案されては、チュラスはいつもシラハを優先すべきだと断っている。
意思は固いと見て、シラハも残念そうな顔で神玉を布で厳重に包んでカバンに入れた。
チュラスは尻尾をだらりと垂らして呟いた。
「ナックの奴に謝らねばならぬな……」