作品タイトル不明
第二十話 敗戦
「――くれてやる」
コンラッツの言葉に、リオは耳を疑った。
「なに言ってんの?」
神剣オボフスはコンラッツが持つ唯一の武器だ。神器や邪器でなければカジハの固有魔法で無力化されかねない。
魔法斬りが使えるリオでもカジハの視界に剣を入れないように構えている。
コンラッツはカジハを睨みながら、なおもオボフスをリオに押し付ける。
「カジハ討伐は実質的に失敗だ。だが、儂はまだ切り札を持っている」
「切り札?」
「小僧たちが邪魔で使えんがな。神剣オボフスも邪魔だ。だから、くれてやる」
リオは少し考えて、コンラッツが今まで邪人としての固有魔法を使っていなかったことに気が付いた。
コンラッツは邪霊や邪獣を殺す衝動を持つ邪人だ。リオよりもよほど、邪霊相手の戦いに慣れている。
「勝てるの?」
「分からん。だから、この神剣を小僧に、リオにくれてやる」
コンラッツが押し付けてくる神剣オボフスの柄を見たリオが判断に迷った時、カジハが「あぁ」と何か納得したような声を出した。
「なんだか見覚えがあると思えば、そういうことか」
カジハがにやにやと笑いながらコンラッツを指さす。
「シュベート国崩壊時に逃げ出した近衛隊の副長だね? 老けたなぁ。あっはっは、まさか生きていたとは」
「生きていなければ、牙を砥げんだろうが」
「ちゃんと覚えてたんだね。こっちはすっかり忘れていたっていうのに律儀なことだよ。実に感心」
ニヤニヤ笑いもそのままに、カジハがコンラッツに向かって拍手した後、リオを見た。
「奇しくもあの日の再現というわけだ。副長の代わりがそこの少年というのは力不足だと思うがね」
ここまで言われればリオも察しがついた。
コンラッツが持つ神剣オボフスはシュベート国の近衛騎士団長が持つ物だった。
シュベート国崩壊時に、コンラッツが当時の団長から神剣オボフスを託されたのだろう。
おそらくは、再戦を誓うことでカジハをいままで待たせていたのだ。
リオは作戦会議を思い出す。カジハの討伐に失敗した時の対応について、リオが口にした再戦を誓うことを提案した。
奇しくも、シュベート国の団長と同じことを考えたらしい。
コンラッツが横目で見てくる。
「この剣の意味は分かるな?」
シュベート国の騎士団長からコンラッツへ、コンラッツからリオへ。邪神カジハを討伐する役目を持つことになった神剣オボフスの譲渡。
これを受け取れば、邪神カジハ討伐の責任が生じる。
「リオは投げ出さんだろう。受け取れ」
責任感の強さを見透かされている。逆手に取られている。
現状、リオの眼から見ても邪神カジハ討伐は失敗だ。逃げるのが正解だとリオも分かっている。
逃げるには、正確にはカジハに追いかけられないようにするには、再戦を誓って神剣オボフスを受け取るしかないことも分かっている。
「……外堀を埋めるなんて最低だな。クソ爺」
「年相応の憎まれ口だな」
余裕で受け流すコンラッツを睨み、リオは神剣オボフスの柄を握った。
リオの選択を見て、カジハが苦笑する。
「おいおい、本気かい? まぁ、この町に残っていたくらいだから、覚悟は認めてあげるけど、手の内を晒した君のような無才の輩が敵うとでも? 舐められたものだなぁ」
煽られても、リオは反応を示さず愛用の剣を鞘に納め、神剣オボフスを片手に握る。
「しばらくスファンの町にいる。三日以内に帰って来なかったら死んだとみなす」
「さっさと行け。邪魔だ」
リオを一瞥して撤退を促したコンラッツは一歩、カジハに踏み出した。
つまらなそうにリオを見るカジハに、コンラッツは鼻で笑う。
「カジハよ。ナイトストーカーは無念のうちに死んだと言ったようだな?」
「うん? あぁ、彼女から聞いたのかい?」
屋根の上で神弓ニーベユを構えるイオナを指さして、カジハが首をかしげる。
「それがどうかしたのかな?」
「ナイトストーカーは我流の剣の先をリオとそこの小娘に見て、納得して死んだ。リオに剣の才能はない。我流以外の剣の才はな」
「ははは、騎士団の副長ともあろうものが我流を認めるのか。いや、いまは邪人か。堕ちたものだよ」
カジハの台詞にコンラッツは余裕の表情で肩をすくめた。
「馬鹿な奴だ。確かに騎士を名乗るつもりは毛頭ない。だが、儂はここで貴様と相対し、殿を務める限り、人間だ」
「ふむ。分からないなぁ」
カジハはあきれ顔で首を横に振り、リオに向けて手を振った。
「十年くらいしたら迎えに行けばいいかな? せいぜい、頑張りたまえ」
リオはカジハを睨んだ後、コンラッツの背中に声をかける。
「また後で」
「ふっ」
短く笑ったコンラッツに背を向け、リオは一気に走り出す。
リオの動きを見て、イオナが動き出した。姿が見えないものの、シラハとチュラスも町の出口へ向けて走り出しているだろう。
リオの背後でコンラッツの邪気が膨れ上がる。
「融合だろうが変形だろうが、固有魔法の核ごと溶かしてやる」
「無差別溶解の固有魔法かな? はた迷惑だなぁ」
リオが肩越しに振り返ると、膨れ上がる邪気に触れた物は石畳も民家も区別なく液状化しブクブクと泡立って消滅していく。
言葉通り、何もかも溶かしてしまうのだろう。味方がそばにいては使えない切り札なのは確かだ。
コンラッツがカジハに勝てるのかは分からない。
だが、リオたちがこの場にいても足手まといにしかならない。
「ちくしょう……」
リオは初めて――負けを認めて戦場から逃げ出した。