軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5

野営をするのは初めての経験だった。

丁度良い岩陰があり、少し先には川が流れている。今夜はここで過ごすことになる。

いくつものテントが設置され、ランドリック様たちも辺境騎士団の皆様も手際がいい。慣れているのだろう。

「ルピナ様は休んでいていください」

「いえ、大丈夫ですよ? これでも修道院で料理は習いましたから」

わたしはテントの設営ではなく、夕食の準備だ。

チェリドさんが心配気なのは、わたしが殴られるのを止められなかったからだろう。治癒魔法で治療済みなのだからもう心配はいらないのだけれど。

「ですが、あれからずっと歩き通しだったではありませんか」

フォースナー様の指示で、わたしは馬にも乗せてもらわずに、皆と一緒に歩いた。

けれどヴェッタさんが身体強化をこっそりとしてくれていたのだ。

だから、そちらも問題なかった。

「チェリド。その点については抜かりない。それに、人目もある。ルピナ様だけが休んでいては、あまり良い結果にはならないと思うが?」

小声でチェリドさんに言いながら、ヴェッタさんはちらりと辺境騎士団の方に目線を向ける。

フォースナー様は離れたところにいたが、辺境騎士の数名はわりと近くにテントを設営している。わたしが休んでいたなら、すぐにフォースナー様に連絡がいくだろう。

「……ルピナ様に対して、彼らの言動はあんまりではないですか」

「言いたいことはわかるが、耐えろ。それにルピナ様を害したのは王宮騎士団だ。嘆かわしいことだがな」

悔し気に口を引き結ぶチェリドさんに、わたしはヴェール越しに笑いかける。顔は見えなくとも、気配は伝わって、チェリドさんははっとしてわたしを見た。

「チェリドさん。貴方がそう思ってくださるだけで、わたしは大丈夫です。どうか、本当に気に病まないでください」

「ルピナ様……」

「さぁ、彼女もそう言ってるんだ。お前もぼーっとしないで、食材を切り分けてくれ。なんせ少数精鋭とはいえ辺境騎士団と合わせれば五十人はいるんだ。大鍋二つでも足りないぐらいなんだからな」

「わかった、割り切る。もう何十個でも食材を切ってやる!」

軽くやけくそ気味にチェリドさんは腕まくりして、籠の中の大量の野菜を切り分け始めた。

ヴェッタさんが火をつけた薪はパチパチと燃えながらも、大きく広がりすぎることがない。

「もしかして、魔法で火力を調整されていますか?」

「おや、よくわかったね。そう、割と簡単な魔力調整で火加減は見られるからね。焦がす心配も無いだろう?」

パチンとウィンクするヴェッタさんに笑ってしまう。

美味しいスープが作れそうだ。

スープが大分煮込まれ、メインの肉料理もよい感じに焼けてきた頃には、すっかり日が落ちてしまった。

野営地の周囲に配置された松明の明かりと、調理の薪の明かりが煌々と当たりを照らす。

「……元聖女様が料理などをなさるとは、また随分と庶民的ですなぁ」

とげのある口調で嗤うのは、フォースナー様だ。

庶民的という言葉が意味ありげなのは、ルピナお義姉様がミミエラ・ロルト辺境伯令嬢を貶しめた言葉だからだろう。

お義姉様はもっと侮辱を込めて「平民が紛れ込んでいるようだ」といったのだったか。

「彼女は修道院でも献身的に活動していると何度もお伝えしたはずだが?」

そしてそんなフォースナー様に、ランドリック様は不快な様子を隠しもしない。

(どうしましょう。ロルト辺境伯家と王家がこれ以上に仲違いするようなことがあれば、王都の、いいえ、国の平穏が乱されてしまうのに)

ロルト辺境伯領が魔の森の魔物を定期的に駆除して下さっているから、王都まで魔獣がはびこらないのだ。

それだけではない。

隣国に接しているロルト辺境伯領では、隣国からの侵略にも常に目を光らせている。いまは平穏を保っているが、隣国は同盟国ではない。こちらが疲弊すればいつでも侵略されるだろう。そう、魔物の脅威だけではないのだ。

「ふん、どうだか。いまだって、ほぼ他の者たちにやらせてたんじゃないのかね」

「何を見ていた? 彼女が率先して食材を切り分け、ずっと鍋をかき混ぜていただろうが」

「一人でもできそうな作業を数人で行うこと自体が随分と甘えていらっしゃる」

「この大鍋を一人で見ていろと? 料理をすれば庶民的だと侮辱し、一人でやらないのはおかしいと因縁までつけて、何がしたい」

「何がしたいも何も、私は見たままを口にしているだけですよ。そうそう、元聖女様が妹を見たまま口にしたようにね」

「っ、それについては、すでに謝罪を申し入れたはずだ」

「そうでしたな、つまり謝罪をすればなにを言っても許されるわけだ! お前達、聞いたか? 元聖女様は何を言っても謝罪さえすれば許されるそうだ。これからは存分に彼女に感謝を口にして差し上げろ」

くくっといやな笑いを残して、フォースナー様はそばを離れていく。

(わたしがいるせいで、皆が辛い思いをしてしまう……)

立ち去ることができるならそうしたい。

けれど魔獣の王を討伐するまでは、それも許されない。

「ルピナ、気にするな。お前の仕事は丁寧だし、見ているやつはちゃんといるから」

「ありがとうございます……」

フォースナー様たちの態度は辛いが、まだ耐えられる。

ランドリック様やチェリドさん、ヴェッタさんが側にいてくれるのが本当に心強い。

「念のため、取り分けるのは私が担当するわ。あの調子じゃ、ルピナが配膳したらそのまま投げつけて来そうだ」

ヴェッタさんがレードルを片手にそんなことを言う。

「ありえるな」

「え、流石に、そこまでは……」

「無いとは言えないよな?」

頷くランドリック様とチェリドさんに、わたしは思わず苦笑してしまった。

簡易のイスとテーブルにそれぞれ席に着き、ヴェッタさんがスープを器に盛って配っていく。

わたしはランドリック様とチェリドさんに挟まれて座る形で席につく。

布巾ぐらいは配りたかったのだが、やはりフォースナー様の目が厳しすぎた。

本当に、配膳したら投げつけられそうなピリピリとした空気を纏っている。

(ロルト辺境伯領の城を出るときも、ここまで険しい雰囲気だったでしょうか……?)

ランドリック様の配慮で、必要最低限の接触だけで、出来る限り辺境伯家の皆様とは会わないようになっていた。

けれど城を発つ前は、憎しみを込めた目で見られはしても、ここまでではなかったように思える。

なぜ雰囲気が悪化してしまったのか、見当もつかない。

軽く頭を振った気持ちを切り替える。

野営とはいえ、城から魔の森までは二日程度の距離だから、食材も日持ちの良いものとすぐに食べられるものに分かれている。

配られたパンも城で食べるほどではなくとも、柔らかくてふかふかで、食べやすい。野営では硬いパンをスープに漬けて柔らかくして食べると聞いていたので、少し意外だった。

「…………なんか、気持ち悪い…………」

ぽつりと、ロルト辺境伯騎士団の一人が呟いた。

どうしたのだろう。

彼の手元には、みなと同じようにパンとスープ、それと焼き魚にキノコのソテーがある。

(……赤い何か?)

焼き魚と一緒に添えられたキノコのソテーに他の人の皿にはない赤いものが混じっている。

口元を抑えて騎士団の彼は席を立つ。

わたしは彼の席に移動して料理を確認する。

(っ、やっぱり!)

嫌な予感が当たってしまった。

「待ってください、いますぐ解毒薬を飲んでください!」

わたしの呼び止める声に、より一層気持ち悪そうに口元を抑えた彼が足を止める。

「解毒剤だと? 貴様、料理に毒を盛ったのか!」

フォースナー様がいきり立ってわたしに向かってくる。

けれどランドリック様がわたしを掴もうとしたフォースナー様の手を掴んで止めてくれた。

「離せっ」

「いいや、離さない。彼女の邪魔をしないでくれ。おそらく一刻を争う」

目線で動いて構わないと指示され、わたしは鞄に詰めておいた解毒剤を取り出す。

「あ……え、あな……」

既に焦点が合わなくなって呂律すらも怪しくなった辺境騎士をその場に座らせ、解毒薬をその口に流し込む。

主に魔黒蛇用の解毒剤を多めに持ってきてはいたが、他にもすぐに使えるように数種類持ち込んでいてよかった。

「何を飲ませているんだ、くそっ、離せっつ! 私の部下に余計なことをするでないっ」

フォースナー様はランドリック様を振り切ろうとするが、ランドリック様はびくともしない。

しっかりと彼を押さえつけてくれている。

「お加減はいかがですか?」

段々と視線が合うようになってきた辺境騎士に尋ねる。

「あ、えっと、大丈夫かな……」

「解毒薬が効いてきていますから、もう少しすれば気持ち悪さも治まりますよ。ですが、どうして毒キノコなどを口にされたのですか?」

「えっ、毒キノコ……?」

「はい。貴方の料理には、赤いキノコが混ざっていました。見目は確かに美しいかもしれませんし、味もとても美味しいらしいのですが、毒です」

毒は思わず食べたくなるような、口に含むとそのまま飲み込みたくなるような美味しさを持っているらしい。試したこともないし、試したくもないが、以前毒を思わず飲んでしまった患者が言っていたのだ。

「いえ、僕は、そんなものを混ぜたりしていないのですが……」

目の前の騎士は毒は抜けたものの、毒キノコについてはわからないようだ。

数日幻覚と吐き気に苦しむだけで、死ぬことはない種類なのだが、場合によっては後遺症が出ることもある。

明らかに赤いキノコが混入するとは考えづらいし、自分で入れたのではないのだろうか。

「やはりな。噂通りか」

暴れるのを辞めたフォースナー様が意味の分からないことを言う。

「見目の良い男か身分が高いもの以外は治療しない。それが元聖女の噂だったが、いま見たように毒の治療など魔法ですぐに治せたものを、手を抜いて解毒薬を使うとはな」

「フォースナー殿。いい加減にしてくれないか。ルピナは環境の変化で解毒ができなくなっていると事前に説明してあるだろう!」

「環境の変化といいますが、この女が城から修道院へ入って何か月経ちますか。一月かそこらならともかく、もうそろそろ馴染んでもよい頃でしょう。それが一向になじむことなく解毒ができないままというのは、あまりにも怠惰では?」

「ルピナはその分を自ら薬草を調合し、数多の解毒薬を作り出している。いま彼の治療に使われた薬も、ルピナ自らが作ったものだ。伯爵令嬢であり聖女であった彼女が自ら薬草を取り扱うことがどれほど稀有か、わからないのか?」

「大方、他の修道女達にやらせたのでしょう」

「話にならないな。結論ありきの言いがかりにこれ以上付き合う義理はない。ルピナ、行くぞ」

ランドリック様がフォースナー様の拘束を解いて、わたしに手を差し出す。

わたしはその手を取って、ランドリック様に連れられるままにその場を離れた。