軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 王太子の婚礼④

計画の通り俺は薄暗闇の中、王族席の方へ駆けた。

すぐむこうの壁から軋む音と怒号が聞こえてくる。背後でヴィヴィエンヌが照明弾を上げる。

そして俺は王族席の前に躍り出た。

「敵襲です! 殿下方、避難を!」

壁の一部が倒れる。黒づくめの敵が現れ、すぐに国王陛下目掛けて矢を射ってきた。

俺はそれを空中で掴んで下に落とす。

王族たちはみな、事態がわからず混乱したままだ。

その間に、俺はなだれ込む刺客たちと向き合う。飛んでくる矢をすべて叩き落とし、大声で叫ぶ。

「私はランキエール侯爵、アルシオンの息子トリスタン! 一命を賭し、御身をお守りいたす!」

そう言うとようやく、慌ただしく王族たちが立ち上がった。

追いついてきたヴィクトール殿が状況を判断する。

見ると、すでに王妃殿下は陛下を庇いながら、親衛隊のいる会場中央に退避を始めていた。

ヴィクトール殿は後ろから声を張る。

「王妃殿下の方へ! そちらは親衛隊がいます!」

王族方がぞろぞろと動き始める。

そうして俺と、襲撃者たちとの戦闘が始まる。

まず目の前に先行してきた五人。全員剣を持っている。武器の携帯を許されなかった俺は無論、徒手空拳。

間合いを測られたような空白があった。

だから、左足を踏ん張り、右脚を大きく伸ばすようにして、足裏で正面の男の腹を貫く。王都人にとって慣れない上背の違いは、間積もりを大きく狂わせるものだ。

俺は五人の中に、不意に侵入した格好になる。そして両隣の二人の首根っこを掴み、持ち上げ、両方の反作用を使いながら横にぶん投げて、敵と敵をぶつけ合う。

──これで、まず五人。

倒れた刺客の一人から剣を奪い、やってくる主力部隊との戦闘に備える。

だがそのときに、後ろをちらりと確認して、一人の王族が逃げ遅れているのを見つけてしまった。

王女。走ろうとして転げて、立ち上がれないようだ。

青みがかった銀髪。

あれは、第八王女マリネット。

仕方なく彼女の前まで下がる。

敵の部隊がその隙を見逃すはずもなく、今度は五人より多い、八人が詰めてくる。

左に思い切り柄を引いて構える。飛び込んでくる刺客たちをそのまま右に横薙ぎに、三人ほどまとめて吹っ飛ばす。別方向から剣が襲い来る。その剣の腹は肘で受け止め、あとはしゃがんで避け、今度は下から斜めに思い切り薙ぐ。

立ち上がる。敵は二名ほどまだ立って構えている。

雑に叩ききって蹴とばし、続く部隊に牽制する。

時間と間合いに余裕ができた。俺はうしろでへたれこんでいた第八王女を横抱きにして、その場を離脱した。

「ご無事ですか、マリネット殿下」

「……は、はい」

顔を覗き込む。ぼうっとしているが、無事なようだ。

彼女を王妃殿下と親衛隊の元に届け、戦線に復帰する。また、王族のところにいけないよう、なだれ込む敵をなぎ倒していく。

徐々に視界が回復していた。

空が白んでいる。これは、太陽の聖女の権能か。

──ヴィヴィエンヌが、指示してくれたに違いない。

相手はどんどん増える。次は十人、それから十五人。すでに間合いは見せてしまったせいで相手も慎重になっており、さすがにこの数相手では防戦一方になる。

だが、時間は稼げた。

壁のむこうの怒号から、見慣れた部下が現れた。

「トリスタン様!」

エルドだ。その他三名も。部下たちは挟み撃ちにする形で、俺に相対したやつらの背を蹴り、叩きのめし、あるいは引っ掴んでうしろにぶん投げ、まだ来ぬ敵の上にお見舞いする。

そして、計画通り皆で列の陣形になって王族の壁となる。

四人のランキエール兵。親衛隊も追いついた。

もう、任せて大丈夫だ。

ステージの方を振り返った。

ヴィヴィエンヌが心配だ。だから俺はそちらに駆け、二つ目の戦場に馳せ参じる。

だが、ステージ上の光景は、俺の心配がまったくの杞憂に終わるほどだった。

父上と、追いついてきたフェンリクたちランキエール兵。中央で権能を発動している聖女ミレイユと、慌てふためくだけのアドリアン殿下を守りながら、皆悠々と敵を屠り、あまつさえヴィヴィエンヌの指令である、ステージとドレスを血で汚さないこと、という無茶ぶりまでこなし得ている。

そしてその中央で縦横無尽に駆け回るヴィヴィエンヌの姿たるや。

彼女は血飛沫が飛ぶたびにあの深紅のドレスを美しくはためかせ、花嫁のウェディングドレスを穢れから守っていた。

それだけではなく機を見て負傷兵の救護に入り、そのたびにドレスの裾を破って止血し、血の赤が新郎新婦の晴れ舞台を汚さぬよう立ち回っている。

彼女の深紅のドレスは、決して、神聖な場に血の赤を残すことがない。

俺も見ているだけではいられぬと思った。敵にもまだ策があるらしい、俺の元来た方向から弓兵部隊が駆けてくる。国王陛下を諦め、王太子の方に標的を変えたらしい。

矢の雨が、殿下に向かって降る。

俺はそれに走って追いついて跳び、剣で叩き落し、いくつかは掴んで、ステージ中央に降り立った。

「トリスタン!」

ヴィヴィエンヌが嬉しそうに振り返ってこちらを見てくれる。

「待たせた!」

「状況は!?」

「他の王族はみな無事! あとはこちらだけだ!」

彼女の無事を近くで確認できて、俺も思わず顔が綻びそうになる。

「なっ……」

対し、すぐそば、背後のアドリアン殿下は呆気にとられた顔をしている。

俺が掴んだ矢を下に放り出すと、彼は自分が飛び道具で狙われたことをやっと理解して、恐怖に顔を引きつらせる。その恐怖は、矢を掴んだ俺という人間に対しても。

俺はそのような殿下の姿を見て、ひどく、矮小な男だと思った。

小さい。上背のことではない。

人として、あまりにも、小さい。

こんな男を守ることに意識を割いては、根本的な己の士気に関わる。

黙って父上と同じ戦線に並ぶ。

戦力が増え、ランキエール陣営はますます強くなり、追撃して弓兵まで倒し得るほど戦況は傾く。

視界は完全に戻っていた。日光は逆転する形勢と連動するように、より強まる。

制圧まであと少し。王宮の救護班も到着していた。もう負ける要素がない。

しかしその最中、あとは戦いを見守るだけのヴィヴィエンヌが突然、持ち場を離れ、数歩、歩んでいた。

彼女が向かったのは、誰かが斬り捨て、胸に大傷を負った刺客である。

彼女が部下に発した指令の通り、ステージを汚さないために傷口を天に向け、単に倒されて呻いている。絶命まで間もない、この戦場では単に捨て置かれるだけの存在。

ヴィヴィエンヌは地に座りその男の頭を膝に乗せた。鎮痛薬を飲ませ、そして深紅の手袋で、血肉が付くことも厭わず、傷口を露わにさせた。

彼女は自身の片手に息を吹き込み、魔力を込める。

それを、傷口に撃ち込む。

初級の、応急処置に使う治癒魔法だ。

彼女が何を考えてそうしたのかはわからない。

憐れみなのか慈悲なのか、あるいは証人を生かそうとしたのか。

──ごめんなさいね。

ただ一言、小さく口を動かして、そう呟いていた。

まもなくして決着がついた。刺客たちは敗走を始めた。

そこかしこで勝鬨の声が上がる。今まで見ているだけだった来賓も、呼応して小さな歓声まで上げている。

それでもなお、状況がわかっていない聖女ミレイユは必死に祈り続けていた。太陽は強まるに強まって、新郎新婦の入場のときと同じくらいの強度で日光が降り注いでいる。

敵兵の治療を終えたヴィヴィエンヌはすっくと立ち上がり、辺りを確認する。

それから事態が制圧されたのを見ると、ステージの真ん中に歩み始めた。

その次に何が起こるかを、アドリアン殿下が察する。

「ミレイユ! 止まれ! それ以上はマズい!」

だが、もう遅い。

聖なる儀式は守られた。

花嫁のウェディングドレスも、祭壇も、敵の血で少しも穢れることなく、襲撃前と同じ状態でそこにあった。

神々しく太陽が輝く下、血濡れのドレスを纏ったヴィヴィエンヌは高らかに言い放つ。

「他に、狼藉者は!?」

答える者は、誰一人いない。

ただ、制圧された襲撃とその顛末に、感じ入るのみである。