軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 王太子の婚礼③

何もかもが順調に進んでいる。そう思っていた。

王太子である俺の権限を使えば、王家の伝統的な結婚式は瞬く間に姿を変えた。すべては臣下たちに太陽の聖女の権能を示威し、俺とミレイユの結婚の正当性を知らしめるため。

教会も快く屋外での挙式を許してくれたし、演出に太陽の聖女の権能を使うことにも乗り気になってくれた。式前のパレードも、レーンヴァルド兵七万、中央軍二十万が俺たちのために出張り、王権の健在をこれでもかとアピールできた。

もっと早くこうしていれば良かったと思うほどだ。

最高の舞台を用意できた。甲斐あってミレイユの花嫁姿は本当に美しかった。

その姿は男なら誰もが手にしたいと心の底から渇望するほど魅力的で、歩む彼女は、まるで詩編の一シーン、聖母の如き神々しさを全身から放っていた。

そして彼女が向かう先は、俺の隣。

俺の物になるために、ミレイユは着飾り、歩いている。

ようやく彼女が、真の意味で、手に入るのだ。

それに比べれば、臣下たちの中に見えた 異(・) 物(・) など、心底取るに足らぬと、切り捨てることができた。

あの女は馬鹿みたいな赤いドレスに身を纏って、反抗的にその場に佇んでいた。

憎たらしいが一周回って健気ですらある。

こんな、自らまた罰される口実を作って目の前に現れるなんて。

ウェディングドレスに身を纏ったミレイユと比べれば、よりいっそうに滑稽だった。

小賢しく、醜く、醜悪で、愚かで、女としての魅力も可愛げもなにもない。せいぜい蛮族に手折られて、間違った矜持を正され、失意のどん底に落ちるのがお似合いだ。

──あとでまた、罰してやろう。

不敬罪でもなんでもいい。ミレイユの神性を穢そうとしたその罪過は死よりも重い。

ここまで来たらドルナク家丸ごとを潰してやってもいい。断罪はいつがいいだろうか。披露宴の余興にでもやってやるか。

何もかもが快かった。

パイプオルガンも、司祭の宣誓も、ミレイユの陽の光によって燦燦と輝き、俺を祝福しているようだ。

だが、そのすべては、ミレイユが「誓います」と答えたあの時を境に、暗転した。

最初は何が起きたのかまったく理解できなかった。

雲で太陽が隠れたように感じていた気がして、そのまま暗さが視界を奪うほどまで進行し、何もわからない中で照明弾が上がって。

それから壁の方から、破砕音と、怒号が響いた。

何者かによる襲撃だとわかったのは、壊れた壁から狼藉者がなだれ込んできて、照明弾が照らした金属の光が、剣だとわかってからだ。

後ろを見る。ミレイユはただ固まって、恐怖に慄き、その場を動けそうにない。

ようやく、まずい、と思った。ミレイユの権能に水を差したくないから、警備はあくまで会場の外に集中させていた。

近くにいたのは、ステージの下に二人の親衛隊のみ。だがいないわけではない。その二人はしばしの混乱ののち、ようやく襲撃者の対処に行った。

「そ、そうだ! おまえたち! 俺を守──」

しかしその二人は、瞬く間に斬り倒され、その場に倒れ込んだ。

「……は?」

襲撃者の数は、わからない。

ただ黒ずくめの者どもが俺とミレイユの方に向かい、万端の殺意をもって、俺に斬りかかってくる。

「や、や、やめろ! 貴様ら! 俺を誰だと心得る!?」

男は無慈悲に剣を振りかぶる。

だが、それを、真横からとんできた何かしらの物体が、ステージの下に、まとめて押し飛ばした。

それは、人の手だった。尋常ならざる大きさだ。

手の主が誰かなど、すぐにわかった。

ランキエール侯爵アルシオン。

蛮族の巣食う辺境の主。王都ではあり得ないほどの、圧倒的な巨漢。

侯爵は俺の前に立ち、ステージに押し寄せてくる襲撃者を次から次へと、振りかぶる剣ごと掴んで投げ飛ばしていく。

そして、呆気に取られる俺の前で、 あ(・) の(・) 女(・) が、まるで自分がそこにいても当然かのように、ステージに上がってきた。

「お久しぶりです、殿下」

不快な深紅のドレスに身を包んだその女は、式場から豹変した戦場の中にあって、嫌味ったらしく余裕たっぷりに、俺とミレイユに一礼をする。

「我らランキエール、ならびにドルナク。一命を賭し、御身をお守りいたします」

***

王族を守るにあたって、私たちは二手に分かれることにした。

まず何よりも、壁に近く、そして王権の主である国王陛下の方。

これは現状の最高戦力かつもっとも速く動けるトリスタンが守護し、その他の王族の誘導のため、ヴィクトールも行く。

そして、壁から少し距離のあるステージ上の、アドリアン殿下、聖女ミレイユ、司祭の三名。

こちらにはトリスタンに次ぐ戦力であるお義父様と、救護及び指揮のため、私が向かった。

お義父様の獅子奮迅の戦いは、あの信じられないほど強いトリスタンに勝るとも劣らないほどだった。体が大きい分、多対一では彼に勝るかもしれない。しかもなんと、私たち来賓の一人であるからして、お義父様は剣すら携えていないのに、すべて素手で敵を蹴散らしているのだ。

これがあのランキエールで長年、異民族とモンスターから領民を守り続けた戦士の姿。

会場の中ほどにいた親衛隊も徐々に追いつき始める。壁の向こうの怒号が増し、そして、たまに壁よりも高い男たちの頭がチラつく。

待機したランキエールの戦士、十二名の到着まで持てば、勝ちだ。

ただ問題はこの目くらましだった。視界はずっと悪いまま。閃光弾でも煙幕でもなく、日光が遮られてしまっては為す術ない。不意打ちをくらってしまう危険がまだ残っている。

だから私はすぐに聖女ミレイユの下へ行った。

彼女はやっと事態を理解したかと思うと、ふらふらとしゃがみ込んで、倒れかけてしまう。

それを抱えて、腰だけは抜けないように留める。

「おい貴様! 何を!」

「殿下は武器をお取りになってください! 自分の身は自分で守って!」

アドリアン殿下が文句をつけてきたが、さすがに襲撃の中にあって、私に口答えするのは無理だと知ったようだった。すぐに親衛隊から剣を借りるべく、周囲を振り返り始める。

「大丈夫ですか、ミレイユ殿下」

「あ、ああ、ありが──」

彼女は一度安心した様子を見せたあと、私があのにっくきヴィヴィエンヌだと察して、金切り声を上げた。

「きゃあ! あ、あなた、何を!?」

「我々は両殿下を守護しに参りました。いいですか、聞いてください」

「な、何? やめて! 助けて!」

うるさくて困った。

ただでさえ聞き分けが悪い女なのに、パニックを起こしている。

「ふざけないで! これはどういう! 助けてアドリアン!」

「ミレイユ殿下。聞いてください。今は緊急事態です」

「うるさい! なんなのあなたは!? どうせこれも、あなたの仕業なんでしょう!?」

「聞きなさい」

面倒になって頬を一度、打った。

「この暗闇は何かしらの魔法によるものです。対抗できるのはあなたの太陽の権能だけ。さっさとお日様を光らせて、戦士たちの視界を確保しなさい」

聖女ミレイユは、信じられない、という目で私を見た。

「ミレイユ殿下。これは殿下にしかできないことです。殿下と、王家の命がかかっています」

「は、はあ? なんで、あなたに、指図されなきゃ」

「命が惜しくないの? アドリアン様を見殺しにしてもよくって?」

彼女は顔を真っ赤にした。だが、アドリアン殿下の方を一度向いて、歯を食いしばる。

パニック自体は、収まったらしい。

「──あなたに言われなくてもっ!」

彼女はそれだけ言って黙り込み、天に祈りを捧げ始めた。

すぐに暗くなる一方だった視界がマシになる。

もしかすると、これなら押し返し得るかもしれない。

それだけ確認すると、私は翻って親衛隊の救護に向かった。

非戦闘員たる私の仕事はこれだ。お義父様の戦いの合間を縫い、負傷者を助ける。

斬られた者がいた。肩口に大きな傷がある。

私はそれを、 ス(・) テ(・) ー(・) ジ(・) に(・) 血(・) が(・) 垂(・) れ(・) な(・) い(・) よ(・) う(・) 細心の注意を払いつつ、 真(・) っ(・) 赤(・) な 観劇手袋(オペラグローブ) でぐっと押して止血する。

そしてドレスの裾を破り、手早く紐にして腕を縛り、戦いの邪魔にならないよう反対側のステージ下に転がす。

そうしている間に徐々に空が白む。視界が徐々に良くなってくる。

「奥様!」

壊れた壁の方角から声がした。

見慣れた、頼もしい大男たちが、万全の装備に身を纏ってやってきた。

「来ましたわね! フェンリク!」

彼らはすぐさま私を含んだ守護対象を同定し、お義父様と一緒に円形に囲む。

「奥様、状況は」

「お義父様が防いでくれました。今なら、打って出られるわ」

「了解」

「でも血には注意して。地面に落とさず、あなたたちも返り血を浴びなかったら最高よ」

「応!」

一騎当千のランキエールの戦士たちは、襲撃者などものともせず、なだれ込む敵を次から次へとなぎ倒していく。

そして私の指示を忠実に守り、剣ではあくまで敵の剣をいなすだけで、基本はお義父様と同じように敵を投げ飛ばしていく。

しかし、どうしても、そうはいかないときがある。

投げるのは無理だと判断したフェンリクは、振りかぶる敵を容赦なく叩き切る。

彼は反射的に私の指示を思い出し、返り血を回避すべく身を捻った。そしてその血飛沫は、背後の聖女ミレイユのウェディングドレスの方へ、流体然とした放物線を描いて飛んでいた。

「奥様! すみま──」

しまった、とフェンリクは苦い顔をする。

聖女ミレイユは飛んでくる血を見て、ぞっとするように顔を固める。

花嫁の純白が、敵の血で穢されようとした、その刹那。

私は円弧を描くように脚を振り上げた。

すると深紅のスカートが広がって盾になり、飛んできた返り血をすべて受け止める。

「大丈夫よフェンリク。血なんて飛んでおりません。この晴れ舞台に、そんなものは相応しくありませんから──」

来賓席からは血など、誰も見えない。

だって、この深紅のドレスは、血と同じ色をしているから。

「──ねえ、ミレイユ殿下?」

私は背後の聖女に振り返り、そう言った。