作品タイトル不明
転生公爵の育児。(2)
猫吸いならぬ息子吸いをしていると、フェリクスの体温が私にも移ってくる。あれだけ動き回ったのだから当たり前だが、息子の体はホカホカしていた。
肌もしっとり湿っており、柔らかな金髪が額に貼り付いている。
季節はもう夏だ。
汗をかいたままにしておくのは、肌にも体調にも宜しくないだろう。
「フェリクスの着替えを用意してくれる? 汗をかいているみたいだから」
「かしこまりました」
着替えたところで、また汗だくになる未来が見える気がするけれど、その時はその時。
幸いにも着替えは、お母様がお祝いの品として大量に仕立ててくれたので、有り余るほどにある。
「フェリちゃん、お着替えしようね」
「う?」
小首を傾げるフェリクスに話しかけながら、ベッドへと向かう。
「よいしょ……っと?」
腰を折り、ベッドの上にフェリクスを横たえてから手を離す。
しかし、ベッタリ貼り付いている息子が剥がれない。
「フェリちゃん、ちょっとだけ離してくれる?」
「だっ」
「フェリちゃん、おてて。おてて、ぱーって」
「んん」
プイッと横を向かれてしまった。
優しくポンポンと拳を叩いてみるけれど、応答はない。
服の方を引っ張れば、たぶん布が傷む。赤ちゃんの握力は結構侮れないので。
「あらまぁ」
「若様はお母様と離れたくないんですね」
服やタオル類を用意してくれていたノーラと侍女は、優しい表情でフェリクスを見ていた。
微笑ましく見守ってないで、剥がすのを手伝ってほしい。
私も余所の親子がやっていたら、同じような顔で見ると思うから、強くは言えないけれど。
「フェリちゃん、やなの?」
「うー」
「……分かった。もうちょっと抱っこしよっか」
下ろしかけたフェリクスの体を、よいせともう一度、持ち上げる。
要望が通ったことを悟った息子の機嫌は、再び上昇した。
ペタリと引っ付く息子は可愛い。
可愛いけれど、暑いものは暑い。
あと十分くらい抱っこしたら、着替えさせよう。
そう決意してから、あやすように揺らしていると、いつの間にかフェリクスは舟を漕ぎだした。
数分も経たないうちに、安らかな寝息が聞こえ始める。
フェリクスは一度寝ると中々起きない子なので、ささっと着替えを済ませてから、今度こそベッドに寝かせた。
「若様が駄々を捏ねるの、珍しいですよね」
「たぶん、寂しがらせちゃったんだと思うわ」
先週の頭から仕事を始めた。
とはいっても、お祝いの品の目録の確認や礼状の作成など軽いもの。ほんの数時間程度なのだが、それでも、療養中の頃よりはフェリクスとの時間が減っているのも事実。
本格的に仕事復帰することになっても、この子との時間はなるべく確保したいと思っているけれど、きっと寂しい思いはさせてしまうんだろうなぁ……。
せめて今日は、起きるまで傍にいよう。
そう決めて、ノーラと侍女達には席を外してもらった。
たまに汗を拭いながら、健やかに眠る我が子を見守る。
そうしていると、控え目に扉がノックされた。
フェリクスを起こさないよう、静かに戸口へと向かう。そっと開けると、立っていたのはレオンハルト様だった。
「レオン。お仕事は?」
「一区切りついたから、少し休憩。貴方とフェリクスの顔も見たかったし」
「残念ながら、フェリクスはお昼寝中です」
「貴方の顔は見られたから残念ではないよ」
軽いハグを受け入れながら、感心してしまう。
そういうセリフがさらりと出てくるのが、レオンハルト様の凄いところだよね。父様達には逆立ちしても真似できないスキルだと思う。
「寝顔を見ていく?」
「ぜひ」
ベッドに戻ると、フェリクスは大の字で気持ち良さそうに眠っている。
そんな息子をレオンハルト様は、とても優しい目で見た。
「フェリクスは今日も元気そう?」
静かな声で話しながら、レオンハルト様はフェリクスの額の汗を拭う。
私はその問いに対し、深く頷いた。
「今日も凄い勢いでグルグル回っていたわ」
「だから、こんなに汗かいているのか」
「そうね。暑いのもあるでしょうけど」
近くにあった扇子を手に取って、そよそよと扇ぐ。
気持ち良かったのか、フェリクスの口元が緩んだ。
「今でこの状態だから、歩けるようになったらと考えると、ちょっと怖いわ」
「ああ……、確かに。一人で何処かに行きそうで怖いな」
レオンハルト様は実感を込めて呟く。
そういえば、幼い頃のレオンハルト様はかなり活発だったらしい。港町で外出中に親の目を盗み、勝手に冒険していたと聞いた時には微笑ましく思ったけれど。
親の目線で見ると、とんでもないな。
ゲンコツを落としたお義父様の気持ちがよく分かる。
「自由に体を動かせるような遊び場でも作ろうかしら?」
要は有り余る体力を発散出来る場所があればいいのだろう。
複雑な遊具の設計は無理だけれど、簡単なものなら出来るかもしれない。怪我の心配もあるから、建築や設計関係のプロに相談しながらなら可能かも?
「うん、良いと思うよ」
「レオンも相談に乗ってくれる?」
「喜んで」
遊具の知識はあるけれど、運動神経の鈍い前世の私は、あまり使った記憶がない。ブランコとか滑り台とか、そのくらい。
もっぱら、砂場で泥団子の製作に没頭していた。
レオンハルト様の意見を聞いた方が、きっとフェリクスの望むものが出来る気がする。