軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の育児。

光陰矢の如し。

気付けば出産から、半年が経過していた。

プレリエ公爵家、待望の第一子である息子はフェリクスと名付けられた。

レオンハルト様が考えてくれたその名前は、古い言葉で『幸福』を意味する。私達に大きな幸せを運んできてくれたあの子にピッタリだと思う。

フェリクスは今のところ大きな怪我や病気もなく、スクスク成長している。

そう、元気にスクスクと――。

「わ、若様!」

女性の慌てた声と共に、ズダダダという鈍い音がする。

恐る恐るドアを開けると、高速で何かが部屋を横切っていくのが見えた。

「危のうございますので、もう少しゆっくりと……、ああ!」

「どうぞ、ぶつかるのでしたら私めに!」

「おお、素晴らしく滑らかな旋回。流石、レオンハルト様の御子だ」

室内を覗き込んだ私の目に映ったのは、慌てる乳母と侍女を尻目に、凄い勢いでハイハイする我が子。壁への激突を防ぐ為に受け止めてくれようとした護衛と、見事なコーナリングでその手をすり抜ける我が子。

そして、その光景を眺めながら感心するもう一人の護衛の姿だった。

今日も今日とて、我が子は元気である。

そう、元気過ぎるほどに。

「フェリ」

「!」

私が呼び掛けると、ドップラー効果を検証できそうなほどの高速ハイハイがピタリと止まる。グリンと勢いよく振り返ったフェリクスは、私の姿を見つけると目を輝かせる。

そのまま足元まで突っ込んで来た我が子を、私はしゃがんで受け止めた。

とん、と温かな体が腕の中に飛び込んでくる。

私にぶつかる直前で、速度を落としてくれたのか、それほど衝撃は大きくなかった。

私の鈍臭さを既に理解しているのか、それとも単純に体を心配してくれているのか。どちらにせよ、赤子とは思えないほどに出来た子だ。

ぐっと腕にかかる愛おしい重みを堪能しながら、柔い体を抱き上げた。

「フェリちゃん」

「う」

「今日も元気ね。良い子にしてた?」

「あーい」

ピカピカの笑顔で、フェリクスは良いお返事をする。

良い子にしていたかどうかは審議が必要そうだが、元気なのは間違いないようだ。

我が子はレオンハルト様に似たのか、大変、運動神経が良い。

けれど私にも似てしまったのか、ちょっと危なっかしくもある。父にイノシシと呼ばれ続けた私の子らしく、ウリボウみがあるのだ。

どうしてこうなったんだろう。

お腹の中にいた時はあんなにも大人しかったのに。母を傷付けないよう、静かにくるくる回っている子だったのに。

……もしや、そのせいだろうか。

お腹の中で溜めたフラストレーションを現在、発散しているのかもしれない。

私の胸にぴったり貼り付く我が子の頭を撫でながら、そんなことを考えていた。

「若様が、あのように大人しく……」

「流石、奥様だわ」

護衛や侍女の潜めた声が耳に届く。

尊敬の眼差しを向けられることは嬉しいけれど、それほど息子が困らせているのかと思うと、申しわけなさの方が勝る。

「ごめんなさい。たくさん困らせたでしょう?」

「とんでもございません」

乳母のノーラは笑顔で頭を振った。

彼女はうちの執事長の親族で、フェリクスよりも三か月ほど年上の男の子のお母さんでもある。

はつらつとした笑顔が魅力的な可愛らしい女性だ。

「うちの子に比べたら、若様は育てやすい方です……って、申し訳ございません。うちの子と比較するなんて失礼を」

「いいのよ。ライナーも元気いっぱいなのね」

「ええ、それはもう。今は物を投げることが好きな時期みたいで、部屋は散らかるし、ぶつけられて痛いしで散々です」

息子であるライナーとの日常を思い出したのか、ノーラは深い溜息を吐く。

うちの子にもいつかその時期が来そうで、今から怖い。

「その点、若様は活発に動き回るだけですから」

「ただ、程度が問題なのよね」

思わず、遠い目をしてしまう。

フェリクスは文句なしの良い子だと思う。

癇癪は起こさないし、夜泣きも少ないし、本当に手のかからない子だ。ただ時折、何かを思い出したかのように物凄く動き回るだけで。

「まさか、こんなにも活発な子になるとは思わなかったわ……」

初めてハイハイした日は、頭の重さにふらついて危なっかしかったはず。よろけながらも、ゆっくりと進む姿が愛おしくて、レオンハルト様と二人で大はしゃぎしていたっけ。

日を追うごとによろけることもなくなり、進む速度も速くなっていった。その過程を見守りながら、子の成長は早いものだなぁと感慨深く思ってはいたけれど。

まさか、短期間でここまで進化するとは思わないじゃない?

しかも、ただ遊んでいるのとは、ちょっと違うように見える。

フェリクスが転んでも怪我をしないように敷いた厚手で丈夫なカーペットの上を、彼は円を描くようにグルグル回っている。

ストイックに同じ動作を反復する様子は、まるで修行か鍛錬のよう。

お母様は、貴方がいつかバターになってしまわないか心配です。

「ねぇ、フェリちゃん。貴方、実は体を鍛えようとしていたりしない?」

「う?」

首を傾げながらフェリクスの顔を覗き込むと、息子は不思議そうな表情で私の仕草を真似る。

まんまるな目と半開きの唇。きょとんとした顔は、ただただ可愛い。

「今日も若様は天使だわ……」

侍女の独り言から察するに、フェリクスが可愛く見えるのは、親の欲目だけが理由ではないらしい。

実際、綺麗な顔をしていると思う。

長い睫毛に飾られた碧眼はやや吊り上がり気味で、くっきり二重。綺麗な形の眉と、通った鼻筋、薄めの唇。

レオンハルト様寄りの顔立ちだけれど、目元の辺りは父様や兄様に近い。将来的には、王家とオルセイン家の長所を併せ持ったハイブリッド美男子に成長しそうな気がする。

「元気なのはいいけれど、怪我はしないでね?」

「あーう」

「ノーラ達を困らせるのも駄目よ?」

「まー」

「本当に分かっているのかなぁ?」

「きゃあっ」

ぐりぐりと頬擦りをすると、一際高い歓声があがる。

はしゃぐ我が子からはミルクとお日様の良い匂いがして、大変、癒された。