軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの戦い

サラが目を覚ますと、朝の柔らかい日差しが窓から差し込んでいた。ウォルト男爵邸はグランチェスター城よりもこじんまりした造りであるため、朝の仕事に勤しむ使用人たちの微かな物音が聞こえてくる。

この辺りは領都よりも標高が高く、初秋でも朝はかなり冷え込むようだ。昨夜は早めにベッドに入ったため目覚めはすっきりとしていたが、ベッドから出るには少しだけ気合が必要だった。

ベッドサイドにある鈴を鳴らすと、3名のメイドがやってきた。一人は洗顔用のお湯を、一人は朝食と思われる軽食を、そしてもう一人は衣装を持っているようだ。

サラが促されるままに顔を洗って食事を済ませると、メイドたちはサラを鏡台の前に座らせた。メイドたちはサラの髪を丁寧にブラッシングして高い位置でポニーテールにまとめ、ささっとメイクを施した。

ウォルト男爵邸に到着した時は茶髪のウィッグを装着していたはずなのだが、眠ってしまったサラを着替えさせたメイドたちは、無粋なウィッグで美しい銀髪を隠すことを良しとしなかったようだ。

昨日のドレス姿でも銀髪は見せてしまっていたので今更隠すことでもないのだが、朝の日差しにキラキラと輝くポニーテールは明らかに目立っていた。

「こちらの衣装にお召しかえくださいませ」

そういってメイドたちが示したのは、何故か騎士団風の装束であった。あくまでも『騎士団風』であり正式なものとは細かい部分でデザインが異なっており、女性用の体型に合わせてウェストなどが柔らかなラインを描いている。

「あの…こちらの衣装は……?」

サラはおずおずとメイドに確認をする。

「お嬢様がソフィア様にと」

「え?」

「こちらにお越しの際、ソフィア様は男装されていらっしゃいましたので、急ぎ用意いたしました。昨夜は間に合わずドレスとなってしまい申し訳ございません」

『そんな頑張りいらなかったよーー』

などと言うこともできず、サラは用意された衣装を素直に着ることにした。布製の柔らかいコルセットも用意されており、豊かな胸が邪魔になるといった心配もなかった。

着替え終わって姿見の前に立ったサラは思った。

『これは、〇スカルだね』

間違ってもアライグマではない。

部屋を後にして玄関に向かうと、ちょうど侯爵が出立するところであった。

「ソフィア、なんとも麗しい女騎士ぶりだな」

「ありがとうございます。ウォルト男爵令嬢がご用意くださったようです。男装の方がいろいろと動きやすいとの配慮でしょう」

『多分そういう理由じゃない気はするけど、そういうことにしておこう』

「なるほどな。まぁお前にもここで頑張ってもらわねばならんしな」

「はい。微力ではございますが」

侯爵はフッと笑った。

「ではそろそろ行くとするか」

「閣下、ご武運を」

「戦に行くわけではないぞ」

「いえ戦でございましょう。使う武器は舌かもしれませんが」

「なるほど。言い得て妙だな」

ロバートも侯爵に近づき、ボウ・アンド・スクレープのようなお辞儀をする。

「父上。朗報を期待しております」

「今回は派手に立ち回ることになりそうだ。余波がここまで届くかもしれん。ここで皆を守るのはお前の役目だ」

「心得ております」

玄関から門までは騎士団が整列していた。門の外には数頭の馬と騎士が待機しており、その傍らにはジェフリーも立っている。

「ジェフリーよ。見送りは不要だとあれほど言ったではないか。お前はお前の仕事をするがよい」

「そうは申されましても…」

「くどいぞ。いい加減に伯父離れせんか」

侯爵はニヤリとジェフリーに笑いかけた。

「私は大丈夫だ。グランチェスター領を頼んだぞ」

「はっ。命に代えましても」

「お前は大袈裟だな」

豪快な笑い声を残しつつ、侯爵は王都へ向けて馬を走らせた。

『祖父様ならきっとやり遂げてくださるはず。私は私のできることをやろう』

侯爵を見送った後、邸に引き返そうとしたサラをジェフリーが呼び止めた。

「ソフィア様、その衣装では剣を佩いていないと違和感がありますね。美麗ではありますが」

「実際に使うこともできない剣を装備するのもおかしな話です」

「ふむ…。いっそ剣術を習われますか?」

「憧れないわけではありませんが、私のような女性に教えてくれる方はいらっしゃらないと伺っております」

「確かに少ないかもしれませんね。そういうことでしたら、例の少年と一緒に拙宅で習いませんか? 私が教えます」

「ジェフリー卿が直々にですか?」

「息子に指導するついでのようなものです。私がいない間は、騎士団の誰かが指導いたします」

そこにロバートが割って入った。

「おいジェフ。保護者抜きでそんな話を決めないでくれるかな」

「お前は保護者ではあるまい」

「父上から預かっているのだから似たようなものだろう」

ジェフリーとロバートは、サラを挟んで睨みあいを始めた。すると、それまで傍らで黙って控えていたレベッカが男性陣を諫めるよう身を乗り出す。

「お二人ともお止めください。騎士団の方が見ていらっしゃるではありませんか」

「これは失礼いたしました」

ジェフリーが一歩後ろに後退し、ロバートも口を閉じた。

「ジェフリー卿、私の立場から申し上げるのであれば、剣術はソフィアさんではなくサラさんに教えていただけないかしら? 私は彼女のガヴァネスでもあります」

「は? いやそれは同じ……」

不用意な発言をしようとしたジェフリーをレベッカが鋭い視線で遮った。

「騎士団長から直々にご指導いただけるのであれば、サラさんも心強いかと。ロブもそう思うわよね?」

もちろんレベッカはもう一人の男性を睨むことも忘れない。

「そ、そうだね。帰ってから、サラがやりたいって言ったら僕は構わないけど…」

こうして二人の男性を黙らせたレベッカは、ぼそりと呟いた。

「私も子供の頃からジェフリー卿には会っているのに、どうして私が教えて貰おうとすると周りが反対したのかしら。ロブも反対したわよね」

「当時は私もまだ若かったですからね。周囲も心配だったんでしょう。それにレベッカ嬢に近寄ると五月蠅いやつも絡んできましたしね」

ジェフリーはちらりとロバートに目を遣った。

『ははぁ。伯父様はジェフリー卿に嫉妬しちゃったんだろうなぁ』

ロバートは顔を引きつらせたが、それ以上は何も言わずに邸へと戻っていった。後に残った3人は目を見合わせてくすりと笑いあったが、それ以上の雑談を交わすことなく、それぞれの用事へと戻っていった。

もちろんサラはレベッカと共に森に向かう。身体が成長したため、サラも単独で馬に乗ることになった。更紗時代にも乗馬経験があったことが幸いし、少し身体を慣らしただけで普通に乗ることはできるようになった。

さすがに疾駆させたり障害を飛ぶことはできないが、今回は普通に乗りこなせれば十分だろう。最初はレベッカも心配気味に見ていたが、危なげなく馬を乗りこなすサラを見て安心したようだ。

そして、サラたちは狩猟場の回復へと向かい、ジェフリーは残党狩りへ、そしてロバートとウォルト男爵は邸に残って今回の暴動の後始末と今後の対策を協議するため、それぞれの戦場へと赴いた。