作品タイトル不明
宮中晩餐会 2
「ふむ。アカデミーに通わせたい程に優秀ではあるが実に惜しい。そういえば、アカデミーの教授たちを追い出したのはサラ嬢だと聞いたが、もしや其方自身がアカデミーに通えないことが気に入らなかったか?」
『は? 何を言ってるのかしら』
「追い出したというより、私有地に許可なく立ち入った方がいらっしゃると騎士団に通報したに過ぎません」
「彼らは事前に面会を申し込んでいたそうではないか」
「面会するつもりがございませんでしたので丁重にお断りいたしました。にもかかわらず無断で立ち入ったのですから当然の行動かと存じます」
「アカデミーの教授陣だぞ。そちらの錬金術師にとっても貴重な機会だっただろうに。それほど彼らの無礼な手紙が腹に据えかねたのかね?」
『なるほど。王は手紙のやり取りの内容を知ってるってことね』
「無礼な方々だとは思いましたが、腹に据えかねるという程ではございません。正直なところ、訪ねていらっしゃるまで存在を忘れておりました」
「だが、他の錬金術師との交流を断つのは、上に立つ者の振る舞いではあるまい」
「畏れながら、私どもは錬金術師の方々との交流を断ったりはしておりません」
「彼らとの面会を断ったのであろう?」
「マッケラン教授を始めとする方々とはその通りでございますが、アカデミーに在籍する他の錬金術師の方とは交流しております。アカデミーを介しているわけではないので、あくまでも個人としての交流レベルでございますが、わざわざグランチェスター領までお越しくださる方もいらっしゃいます」
「ふむ。それなら反省しているようだし、あ奴らを許して交流してやってはくれないだろうか」
この発言に初めてサラは王に向かって、くすりと小さく微笑んだ……というより鼻先で嗤った。
「陛下。先程も申し上げた通り、私どもは無礼な振る舞いに腹を立てているわけではなく、内容を理解できない方に割く時間が惜しいのです。私どもの論文を理解した上で質問する、あるいは持論を展開する方を優先するのは当然ではございませんか」
「つまりアカデミーの教授陣には内容が理解できていないと言いたいわけか。なんとも傲慢な物言いだ」
「陛下がそのように仰せなのであればその通りなのでございましょう。私どもは研究成果をアカデミーとも共有したいと考え論文を送りました。無論、その論文をどのように受け止めるかは読み手次第にございますが、同時に私どもも価値観を共有し得ない方々と交流することはございません」
ダンっとテーブルを激しく叩く音が室内に響き渡った。
「其方のような小娘が大人のことに首を突っ込むものではない。引き取られたばかりの孤児だとは聞いておったが、傲慢無知な振る舞いは目に余る」
「それでは、これ以上のお目汚しすることのないよう私は退室させていただきます」
「なっ!」
サラは静かに席を立ち、王に向かって優雅に最上位のカーテシーで挨拶をする。無論、このまま立ち去る気満々である。
「グランチェスター侯爵! 其方は孫娘にどのような教育をしておるのだ」
「仰せの意図がわかりかねます」
「其方の孫娘の不遜な態度についてだ」
「陛下は不遜と申されましたが、サラの何が不遜なのでございましょうか」
頭を下げたままのサラを横目で見遣ったグランチェスター侯爵は、静かに立ち上がってサラに近づいてそのまま抱え上げた。
「祖父様! いけません、これではグランチェスター家全体の問題となってしまいます」
「構わんよ。お前は正しい」
「なんだと!」
王はますます激高した。
「自分の土地に無断で侵入しようとした輩を排除したことが間違っておりますか?」
「間違ってはおらん」
「招く客人を自分で選ぶことが間違っていると仰せですか?」
「そのような判断を、右も左もわかっていないような小娘にさせることを間違っていると申しているのだ。しかも大人の言うことに耳を傾けぬ」
「陛下。サラは陛下のお言葉を拝聴した上で、アカデミー教授陣に割く時間を惜しんだだけにございます」
「其方まで何を言うのだ。乙女の塔に所属している若い女の錬金術師が少しばかり優秀であることは理解しよう。だが、それも祖先であるパラケルススが遺した資料あっての話だそうではないか。運よく魔石の研究に成功したからといって、アカデミーを足蹴にするなど許されることではない。それは国の権威を軽く見ていることに他ならぬ」
サラはグランチェスター侯爵の胸元をぽんぽんと叩き、抱っこをやめておろしてほしい意思を示した。グランチェスター侯爵はしぶしぶとサラをゆっくりとおろした。
「陛下。アカデミーを軽く見たつもりはございません。ただ、私どもの技術を理解できない方と話をするのが無駄だと申し上げているのです」
「それを何故其方のような小娘が決めるのだ」
「私の所有する塔の中で、私が雇用する錬金術師だからです」
「雇用しているのはソフィア商会であろうが!」
「いいえ。彼女たちはソフィア商会が設立されるよりも前から私が直接雇用しております。乙女の塔はソフィア商会から業務を委託されている関係でございます」
王はくるりとソフィアの方に向き直った。
「ソフィア、サラ嬢の話は本当か?」
「御意にございます」
「そうか。だが、何故いつまでもサラ嬢の元に錬金術師を置いておくのだ」
「錬金術師自身が乙女の塔で働き続けたいと希望しているのですから、強引に直接雇用などできるはずもございません」
「子供の遊びではないことくらい、其方にもわかっておるだろう!」
「逆にお尋ねいたしますが、サラお嬢様の元に乙女の塔があることに何の問題があるのでしょう」
ソフィアは不思議そうに首を傾げた。
「其方の手元に置かなければ、研究や他の錬金術師との交流などを制御できないではないか」
「ただでさえ商会運営に多忙を極めているのですから、私が乙女たちの研究を制御するなど手間が増えるだけかと存じます。当商会にとっても、業務を委託してしまった方が楽なことは間違いございません」
「だが、相手はわずか8歳の小娘ではないか」
「成果が得られるのであれば、年齢も性別も関係ありません」
「なんと非常識な。物事の重要性も理解できないような子供ではないか。気まぐれに大人たちを振り回すようなことは止めさせるべきだと言っておるのだ」
『うん。確かに普通の8歳には無茶な業務だよね。王様の方が常識的なことを言ってるってのはよくわかるよ』
「畏れながらお尋ねいたしますが、サラお嬢様を普通の8歳の少女だと本気で思っていらっしゃるわけではございませんよね?」
「確かに聡い子だとは思っておるが……」
「陛下は魔石についての論文に目をお通しになっていらっしゃらないようですね。あの中には『魔力そのものに属性はなく、属性と認知されているものは魔力の指向性である。サラ・グランチェスター嬢は、この仮説を実証実験によって明らかにした』と記述されている個所があるのです」
「なんだと?」
「つまり、サラお嬢様は共同研究者であり、論文を書いた錬金術師と同程度に研究内容を熟知していらっしゃるということです。故に、当商会は乙女の塔に業務を委託している次第でございます」
今日のソフィアはゴーレムなので、王の前でも表情を乱すことなく淡々と事情を説明する。
「ソフィア、それは言い過ぎだわ。さすがに私はアリシア程に理解できているわけではないもの。あのような天才的な錬金術師を前にすると、自分が小娘であることを改めて思い知らされるのよ。それに、私が魔力の属性について仮説を立てられたのはパラケルススの資料を読んだからなのだし」
「そう考えると、そもそも、あの資料を読み込める8歳というのが非常識なのかもしれません」
サラとソフィアのやり取りを目にした王は、本当にサラが共同研究者であることを理解した。
「……グランチェスター侯爵よ、お前の孫はどうなっておるのだ?」
「それについては、私も日々驚嘆しております。ご存じのように、手元に引き取ってからそれほど時間は経過しておりませんので」
これはグランチェスター侯爵の本音であった。既に驚くことに慣れてしまっているが、毎日が非常識の連続である。
「陛下、そもそも陛下は私どもに何を求めていらっしゃるのでしょう?」
「マッケランたちと議論を交わし、より良い魔石研究に取り組んでほしい」
「ですが陛下、基礎理論を理解できていない方に『補充可能な魔石を寄こせ』『作り方を教えろ』と繰り返し言われることに辟易しているのです」
「作り方を教えれば良い話だと思うが」
「それは致しかねます」
「では聞き方を変えよう。発見した技術を国に供出はしないつもりか?」
『あら、随分とダイレクトな質問ね。欲深いこと』
「魔力を補充可能な魔石についての論文は、既にアカデミーに提出済みです。それ以上の情報公開はいたしません」
「理論は書いてあるそうだが、実際の作り方やそのための魔法陣が公開されていないそうではないか」
「そのあたりの技術は当分秘匿させていただくつもりです。ソフィア商会との契約がございますので」
「なっ!」
するとソフィアがゆっくりと顔を上げて声を発した。
「陛下、発言をお許しいただけますか?」
「許す」
「魔力補充可能な魔石の技術は、今後50年に渡ってソフィア商会が独占する契約が締結されております」
「それほど重大な契約を国に断りもなく締結するとは!」
王は苛立ちを隠さず声を荒らげたが、ソフィアはまったく意に介さず淡々と説明を続けた。
「法に触れるとは考えておりません。そもそも研究開発費はすべて当商会が負担しているのですから、独占販売の権利を当商会が保有することは法に適っていると存じます。しかも利益を独占せず、技術に関する権利を錬金術師に帰属させる契約となっていることの方が極めて珍しい契約と言えるのではないでしょうか。基礎理論だけでも公表したいという錬金術師の意志を尊重し、論文をアカデミーに送付することを当商会も認めたのです。今後、論文の内容を元に、新たな方法で魔力補充可能な魔石を開発された方がいらっしゃったとしても、ソフィア商会はその技術に権利を主張することはございません」
そこでソフィアは一呼吸おいた……ように見せているが実際に呼吸しているわけではない。
「よもやアヴァロンという国家が、一商人が私財を投じて開発した技術を献上せよと仰せになるおつもりでしょうか?」
「ならば、ソフィア商会が負担したという開発費用を王室で負担すれば情報の開示にも応じるか?」
『やっぱりね。そう言うと思ったわ』
サラはゴーレムのソフィアに軽く目配せし、ソフィアも小さく頷いた。
「それは研究開発に使用した魔石の費用も全額負担するとの仰せでしょうか?」
「無論だ」
ソフィアは近くに控えていたグラツィオーソのゴーレムに、土産として持参した箱を持ってくるよう指示した。一片が30cmほどの立方体で、前面に留め金の付いた重厚な雰囲気の木箱である。グラツィオーソは涼しい顔で抱えてきたが、王の侍従は箱を受け取るなり、その重さに驚き落としそうになった。
「陛下、これは当商会から持参した献上品でございます。今回の研究開発で使用した物よりもやや小ぶりではございますが、こうした品をいくつも割り、消費した結果の研究であることをご理解くださいませ」
王は侍従が捧げ持つ箱をテーブルの上に載せ、留め金を外して蓋をそっと持ち上げた。
「なんだこれは!」
箱の中はきっちりと詰め物がされ、天鵞絨が敷き詰められた上に光属性の大きな魔石がキラキラと鎮座していた。狩猟大会前のグランチェスター城で、小侯爵一家が到着した時に披露した魔石よりも一回り大きい。
「光属性の魔石でございます。誠に申し訳ございませんが、そちらの魔石に魔力は補充できません」
『補充可能にするのは簡単だけどね』
「こ、このような魔石をいくつも割ったのか?」
「御意にございます。もっと大きな魔石もございました。光属性の魔石だけでも20個以上、その他の属性の物も含めると200個以上は消費しているかと存じます。随分と割りましたし、使い切って石墨と化した魔石は山になっております。もともと私が遺産として相続した魔石が多いため、なかなか市場価格に合わせて換算するのは困難ではございますが、ざっと計算してもそちらの魔石30個分を下回ることはないかと」
王はごくりと唾を飲み込んだ。目の前に置かれた魔石ですら国宝級であるにもかかわらず、それを30個分と涼しい顔で言われているのだ。軽く見積もっても、アヴァロンの国家予算数年分に相当するだろう。少なくとも王室の財産だけで支払えるとは到底思えない金額である。
「それは本気で言っているのか?」
「国王陛下に虚言など畏れ多い。王室が負担してくださるということであれば、市場価格に鑑み、明確に金額を算出いたします。無論、証拠として石墨と化した魔石も現物を残しております。不当な費用の計上は致しません。割った魔石も破片を繋ぎ合わせることで元が一つであったことを証明できるようにしております」
この説明は嘘である。使い切った魔石はどんどん再利用してしまったため残ってはいない。だが、必要なら適当にそれっぽい魔石の破片や石墨を作ればいい。もちろん、事前に打ち合わせ済みの設定なので、ソフィアというよりマギは淀みなく言葉を紡いでいく。
「其方はやはり亡国の王族なのだな。それ程の遺産を引き継いでおるとは。しかも、それらを 擲(なげう) ってまで新たな魔石の技術を開発したとは……。なんという大博打であろうか……」
「それ程、この研究には価値があると考えたのでございます。私は投資した資金を補って余りある収益を上げつつ、人々の生活を根本から変えるほど大きな革新をもたらすことができると確信しております」
王を始め周囲は暫し黙りこくった。ちなみに、グランチェスター側の人間は、涼しい顔でソフィアが『とんでもない大嘘をついている』と思っていた。だが、魔石を使い潰したこと自体は嘘ではなく、技術によって大きな革新をもたらすと信じていたため、サラの良心はまったく痛んでいなかった。そもそも王室が研究開発費を支払えるはずがないことなど最初からお見通しである。
「そこまで言うのであれば引き下がるしかあるまい。だが、他国にその技術を売り渡したりはしないでほしい」
「それについても、支払っていただける金額次第としか申し上げられません。ですが、売るとすれば研究開発費だけでなく、私どもがこれから得られるであろう収益分も請求する所存でございますので……」
「ふっ。それは誰も支払えるはずもないな。其方の言い値なのであろう?」
「御意にございます」
中身がマギであるが故に、感情に揺らぎのないソフィアは周囲に不思議な恐怖を呼び起こしていた。ヴィクトリアは王とソフィアのやり取りを傍らで見守っている風体でなんとか表情を保っていたが、背筋がゾッとするような恐怖を必死に隠していた。
『絶対に敵に回してはいけない相手と判断した過去の自分を褒めてあげたいわ。これほどの化け物だったなんて。ライサンダーが取り返しのつかないことをしていなくて良かったと思うべきかしら。いいえ、そもそもあの義弟がソフィア相手に何かできるはずもなかったわね』
夫のアールバラ公爵は、実弟がソフィアに無礼を働いたことをいまさらながらに思い出し冷や汗をかいていた。
『サラ嬢の誕生日はアールバラ公爵家が全力で開催しなければならないな。ライサンダーは出入り禁止にしておこう』