作品タイトル不明
華やかな戦支度
ジャスミンドレスのお茶会当日、サラは夜明け前からマリアに叩き起こされた。
「サラお嬢様、起きてください。そろそろソフィア様と入れ替わりませんと、他のメイドたちが来てしまいます」
「あ、そうだった。急がないと」
サラは慌ててベッドから跳ね起き、マリアが用意してくれた朝食を手早く済ませると、離れにあるソフィアの部屋へと魔法で通路を作った。ソフィアのために用意されているベッドにはゴーレムのソフィアが横になっているが、眠っているわけではない。
「ソフィア、そろそろサラに変身する時間よ」
「承知しました」
サラはゴーレムに手を翳し、複合魔法によってゴーレムを自分にそっくりの姿に変えると、次いで自分の姿をソフィアへと変えた。先日マルカートに授けてもらったチートのお陰で、ミケを呼ばなくても変身できるようになったことは正直便利である。
この話をミケにしたところ『私が活躍する場面がなくなっちゃうじゃない!』と憤慨していたが、『何もしてくれなくたって、ミケは大事なお友達だよ』と言ったらすぐに機嫌を直した。もっとも、あの酒好きな妖精のことだから、これからも適当に酒を熟成させて楽しむに違いない。なんならチーズなどの酒のつまみもいい感じに作りそうだ。
「ところで、マギとの通信状態は良好かしら?」
「問題ないわ」
「道中埋めてきた中継器はいい仕事してるみたいね。そろそろグランチェスター領はかなり雪が積もってるはずだけど、通信の遅延とかもない?」
「気になるレベルでは発生していないわ」
「グランチェスター領で何か問題はあったかしら?」
「特にないわよ。あぁ祭りの日にスコットと本物のサラを襲った不埒者たちは、処分を受けて1年間の苦役に就いたみたいよ」
「苦役?」
「泥炭を掘って運ぶの。単純労働だけど人間にはキツイ仕事よね。しかも今は冬だから余計に辛いんじゃないかしら。ゴーレムだったら楽勝な作業なんだけどね」
「確かにゴーレムには苦役にはならないでしょうね。やらせる気ないけど」
『それにしても、グランチェスター領では泥炭が取れるんだ……へぇ。これはさっそくミケに協力を仰ぐべき案件ね』
ソフィアの頭の中には、既にいい感じにスモーキーな香りのお酒が浮かんでいた。しかも、隣の領では大麦を栽培していることを先日知ったばかりである。
グランチェスター領の狩猟大会にエイムズベリー侯爵本人は出席していなかった。長男でエイムズベリー小侯爵であるギルバートは出席していたが、サラが親戚として挨拶を交わすだけに留まっている。ギルバートはソフィア商会にはあまり興味を持たなかったらしく、ソフィアとして会話するには至っていない。
『祖母様のご実家なんだから、サラの名義でお手紙を書くべきよねぇ』
ソフィアはやや上を向いてセドリックを呼んだ。
「セドリック、近くにいる?」
「どうされました?」
「今日はクロエとゴーレムのサラの後ろにも、あなたの眷属を付けてもらえないかしら」
「お嬢様方に話しかける方々の情報を耳打ちすればよろしいのですか?」
「そういうこと。基本的にずっと傍に付いているつもりではあるけど、離れてしまうこともあるかもしれないから、気にしてあげてほしいの」
「承知しました」
ソフィアは空間収納からゴーレムのユニットを3つ取り出し、三柱に似せたゴーレムを作り上げた。
「マエスとマルは使用人として私に付いていて頂戴。エスコートはマエスにお願いするわ。グラツィは侍女としてサラに付き従ってくれるかしら。マリアはまだメイドとして参加するのでしょう?」
マリアは少し困ったような表情を浮かべて、ソフィアの問い掛けに頷いた。
「申し訳ありませんが、まだ私は侍女教育は終わっておりません。それに私の年齢で侍女と言うのはあまりにも烏滸がましく……」
「侍女のお仕事も大変なのね。グラツィは大丈夫?」
グラツィオーソは優美な微笑みを浮かべ、ソフィアにゆっくりと頭を下げた。
「グランチェスター家の侍女の動きを真似るだけでしたら可能です」
「今回はそれで十分よ。さて、分かってるとは思うけど、ゴーレムたちは全員可能な限り出席者たちの会話に耳を傾けて情報収集して頂戴。どうせマギで全部分析するのでしょうから後でいろいろ共有しましょう」
ゴーレムたちは、サラも含めて全員がソフィアに頭を下げた。
「もちろんセドリックとその眷属も同じよ。だけど、セドリックはエドワード伯父様の方にも眷属を付けて頂戴。今日は王宮に参内する日なのよ」
「承知しております。既に眷属が付いておりますのでご安心ください」
「相変わらず用意がいいわね」
「マギとゴーレムに負けるわけには参りませんので」
「勝負しているわけじゃないと思うのだけど」
「まったくです。マギ的には妖精、特にセドリックとは仲良くしたいです。情報を共有したくてたまりません」
グラツィオーソが不思議そうにセドリックに迫った。
「うーん。正直なところ、私はマギとゴーレムが少しだけ苦手なのです」
「どうしてですか? 私たちは妖精にとても興味を持っています。これは好意といっても良いレベルです」
「なんというか、その熱っぽい眼差しで見つめられるのが苦手なのです。私は情報を収集するのは得意なのですが、自分を分析されることには居心地の悪さを感じるんですよ」
「ふーん。セドリックにも苦手なことがあるのね。まぁ良いわ、とにかく今日のお茶会を無事に乗り切りましょう」
「承知しました」
セドリックは頷いてからそっと空中に手を伸ばし、空間に裂け目を作って眷属を二匹取り出した。
「お前たちは、クロエお嬢様とゴーレムのサラお嬢様に付け。なにか問題があったらすぐに共有するように」
「「はい」」
すると、二匹のうち一匹だけが再び空間の裂け目に飛び込んだ。おそらくクロエの元に移動したのだろう。
もう一匹は、ゴーレムのサラの背後にふわふわと浮いている。
「外では姿を消して活動してね」
「もちろんです」
ゴーレムやセドリックとの調整を終えると、ゴーレムのサラはマリアと共にサラの部屋へと移動した。ソフィアは二人が移動したことを確認して通路を閉じると、次に乙女の塔にあるサラの部屋に通路を開いた。グラツィオーソを伴って乙女の塔に戻ると、そこには既にトマシーナが待機していた。
「お帰りなさいませ」
「急いでお風呂に入らないと」
「お手伝いいたします。本日はお部屋にある浴室をお使いになるんですよね?」
「朝の露天風呂も捨てがたいけど、今日は自重しておくわ」
自室に付属している専用の浴室でトマシーナとグラツィオーソに傅かれるように入浴を終えると、サラは魔法であっさりと髪を乾かした。
「ゴーレムも魔法が使えたら便利なのですけど」
「それは無敵すぎでしょ」
「リヒト様も同じことを仰せでした」
「でしょうねぇ」
ドレッサーの前に座ったソフィアの髪をグラツィオーソが器用に結い上げ、サイドに残した髪や後れ毛をトマシーナが温めてあったカールアイロンで緩やかに巻いていく。ちなみに、このカールアイロンはサラが開発した魔道具である。クロエが寝るときにラグカールのリボンをたくさん結んでいるのを見て、『あれじゃ寝返りもできないわね』と思ったことがきっかけで発明したのだが、当のクロエはラグカールをやめてストレートヘアになってしまったため、出番がなくなってしまった。今後はソフィア商会の商品にしようかとも思っているが、今のところは忙しくてそれどころではない。
ヘアの次はメイクである。今日はクロエの付き添いであるため、いつもより大人しい雰囲気に仕上げるようトマシーナに指示を出す。『薄く化粧しているように見せかけたフルメイク』というテクニックを駆使した高度なメイクであるが、トマシーナの(というよりマギの)技術は完璧であった。その間、グラツィオーソも自分自身にメイクを施していた。本日は侍女としてソフィアたちに同行するため、キリっとした雰囲気になるよう目元のラインを強調する。当然だが、こちらのテクニックも完璧である。
最後に用意してあったドレスに着替える。相変わらずこの世界のドレスは魔法を使わない限り一人では着られないため、トマシーナとグラツィオーソが二人掛りでソフィアにドレスを着せていく。
「これでもシンプルなドレスのはずなのだけど、着替えは本当に面倒ね」
「いつも魔法で済ませてしまわれるから余計にそのように思うのでしょうね」
「そういえばトマシーナはずっとその姿のままでユニットには戻らないのよね?」
「はい。その通りです」
「着替えはどうしているの?」
「メイドのお仕着せは一人でも着替えられますから」
「なるほど」
ちなみにグラツィオーソの服はサラが魔法で作り出しており、本日は既に外出用のドレスに身を包んでいる。
支度が済むと、ソフィアは再び王都邸の離れへと戻った。出発の時間も迫っているため、ソフィアは三柱のゴーレムとダニエルを従え、”歩いて”本館に向かった。途中ですれ違う使用人たちは、客人であるソフィアに深々と頭を下げて道を譲ってくれたが、興味津々といった風情でチラチラと盗み見ることは止められないらしい。
本館の玄関ホールには、外出しようとしていたグランチェスター侯爵とエドワードの姿があった。
「おはようございます。グランチェスター侯爵閣下、ならびに小侯爵閣下」
「あぁソフィアか。今日は娘と姪をよろしく頼む」
「謹んで承ります」
するとグランチェスター侯爵は、ソフィアの背後にいる三柱を模したゴーレムたちに目を向けた。
「ソフィア、お前の後ろに控えておる使用人たちは初めて見るが、ソフィア商会の者か?」
「然様でございます。乙女の塔にいるトマシーナの縁戚にあたる者たちでございます」
この説明でグランチェスター侯爵は、この三名の使用人がゴーレムであることを理解した。
「ほう……トマシーナの縁戚か。どうりで見目が良いはずだ。お前が連れ歩いているところを見ると、さぞかし能力も優れているのだろう。ソフィア商会が羨ましい限りだ」
「お褒めいただき光栄にございます」
ソフィアの発言に合わせ、ゴーレムたちは深々と頭を下げた。
「我らはこれから王宮に向かう。其方らに付いていくことはできぬが、困ったことがあれば遠慮なくグランチェスターの名前を出せ。孫娘たちの身の安全を一番に考えろ」
「心得ましてございます」
グランチェスター侯爵の傍らに控えていたエドワードは、ニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべてソフィアに向き直った。
「それにしても、今日のソフィアも美しいな。いつもより控え目な装いのように見えるが、その禁欲的な雰囲気は逆に男の視線を奪いそうだ。何とも男たちが気の毒になるな」
「小侯爵閣下でも、そのような冗談を口にされることがあるのですね」
「全く冗談ではないのだがな」
エドワードは言外に見た目に反してソフィアの中身が非常に残念であることを揶揄しており、ソフィアやグランチェスター侯爵は正しく意味を認識していた。サラの姿であれば、いつも通りのやり取りである。
だが、ソフィアの正体を知らない王都邸の使用人たちは、エドワードの発言を『ソフィアが自分の愛人だから、惚れる男たちが気の毒になる』と大きく誤解した。しかも、アダムとエリザベスが戻らなかったことで、『とうとうグランチェスター侯爵はアダムを見限り、息子を甘やかしてダメにしたエリザベスと別れさせることにしたのかもしれない』『もしや、ソフィアは後妻として嫁ぐのではないか』などと勝手な想像を始めていた。
こうしてソフィアへのさまざまな憶測が飛び交う中、クロエとゴーレムのサラも玄関ホールに姿を見せた。
「おはようソフィア。相変わらず美しいわね」
「おはようございます。今日のクロエお嬢様はいつもより大人びた雰囲気ですわね」
「サラの横に並ぶのだから、可愛らしさや愛らしさを強調しても埋もれてしまうだけだもの」
「私の方は幼いから可愛いってだけだと思うの。クロエの年齢になったら、可愛いってあんまり言われないと思うんだよね」
「はいはいわかってる。綺麗なご令嬢になるんでしょ。嫌味なくらいあなたたちは美しい女性よね」
「でも、こういう顔は三日で飽きるって言うらしいわよ」
「誰が言ったのか知らないけど絶対嘘ね。それが本当ならスコットやブレイズがとっくに飽きてるわよ」
「言われてみれば確かにそうね」
しかし、クロエは言うほど自分の容姿を卑下しているわけではない。グランチェスターの直系の令嬢であるため、クロエは愛らしさの際立つ大変な美少女である。サラの前世の感覚で言えば、クロエはアイドルのように可愛らしく美しいのだ。おそらく成長すれば、女優のような外見になるのではないだろうか。
一方のサラは、妖精や天使にたとえられることの多い美しさである。ソフィアくらいまで成長すると妖艶さが加わるため、黙っていると絵画や彫刻のようにすら見える。だが、そんな外見を裏切るような性格のせいかコロコロと表情が良く変わり、それが人間的な魅力になっている。そう考えると、ゴーレムのサラは、本物のサラをかなり忠実に再現していると言えるだろう。会話も自然である。
王宮にある塔の鐘が鳴って時刻を知らせると、グランチェスター侯爵とエドワードは顔を見合わせて互いにニヤリと不敵な笑いを浮かべた。
「父上、そろそろ参りましょう」
「そうだな。今日はいろいろと騒ぎになりそうだ」
「面白いほど我らにすり寄ってくる者が現れるでしょうね」
その様子を見ていたソフィアは二人に向かって深々と頭を下げる。
「ご武運をお祈り申し上げます」
「ははは。負ける気がしない戦だな」
「父上、武器は私の顔です」
「エドワードよ、それは違うぞ。その顔はソフィアの商品だ」
「そうでした」
周囲で静かに見送っていた使用人たちは、グランチェスター侯爵とエドワードの会話を聞いて『やはり若返りはソフィア商会のおかげか』と納得した。そして、この瞬間からソフィアはグランチェスター家で、最上位のもてなしを受けられることが確定した。同時にソフィアの血縁であろうサラについても、クロエと同等の扱いを受けられるようになる。
一年前にグランチェスター侯爵が連れてきたアーサーの娘は、グランチェスターの血は引いていても平民である。王都邸で働く使用人たちの大半は下級貴族であり、平民に過ぎないサラについては複雑な気持ちを抱いている者も少なくなかった。
しかし、グランチェスターの血筋であり、ソフィア商会という後ろ盾があり、ロバートの養女として子爵令嬢となることが決まっているサラは、間違っても粗末に扱われることのない堂々とした存在となったのである。
専属メイドとしてマリアしか付けてもらえなかった頃が嘘のようであるが、だからと言って安易に他の使用人を付ける気にもなれなかった。王都に長居する気が無いのでサラとしては当然の決定だったが、サラに仕えてソフィア商会へのコネクションを作りたかった王都邸の使用人たちは大いに不満であった。
「まぁお前たちの武運も祈っておこうではないか。女の戦なのであろう?」
「ええ祖父様。負けられない戦なのです。今回の私は奇襲作戦にでるのですわ」
クロエは扇子を口元にあて、ホホホと声を上げて笑った。
『クロエ……それじゃ悪役令嬢みたいだよ』
ソフィアはしょっぱい気持ちになったが、やる気に満ちているクロエに言うほどのことでもないと言葉を飲み込んだ。
「確かに私たちも戦いに赴かねばなりませんね」
「ええ、私は社交界の中心にいなければならないもの。頼んだわよソフィア」
「かしこまりました。クロエお嬢様」
こうして4人と複数のゴーレムたちは、王都での華やかな戦に身を投じたのである。