作品タイトル不明
驚異の美魔女伝説
王都のグランチェスター邸にエドワード一行が到着した際、迎えに出てきた使用人たちは全員が衝撃を受けていた。なにしろ次期当主であるエドワードが、突然若返ったのだ。驚くなという方が無理だろう。
しかし、彼らは躾の行き届いたグランチェスター侯爵家の使用人たちなので、表面上は平静を装っていた。……のだが、魔石灯で明るく照らされた邸内に足を踏み入れた瞬間から、使用人たちはエドワードを盗み見る衝動を抑えられないでいた。
より正確に言えば、小侯爵であるエドワードは盗み見られるだけで済んだが、クロエに付き従っている侍女やメイドの中にも明らかに若返った者がいることが判明した途端、彼女たちは王都邸に残っていた仲間に取り囲まれ、若返った理由を追及されることになった。
しかし、彼女たちは主家と魔法契約を締結しているため、この件については無断で第三者に話すことができない。中には乱暴な言葉で脅すような態度をとる先輩もいたが、魔法的な制約を前にすれば諦めるしかなかった。魔法契約を締結するには膨大な魔力を持った魔法使いが必要であり、手数料はとてつもなく高い。これほどの人数に魔法契約を強要できるのは主家の方々だけであることは容易に想像可能であり、秘密を暴こうとする行為はグランチェスター家への不忠となってしまう。下手をすれば紹介状もなく解雇されてしまうだろう。
だからと言って簡単に引き下がったりはしない。明らかに若返ったと思われる使用人たちは仲間から行動を監視され、グランチェスター領から持ち帰った私物もこっそりチェックされることになった。その結果、使用人たちの間である噂が囁かれるようになった。
『どうやら若返りの秘密はソフィア商会にあるらしい』
若返った侍女やメイドたちは、全員がソフィア商会の化粧品を利用していた。アメリアがさまざまな肌質の女性をモニタリングしたいと考えたため、サラを通じてサンプルを彼女たちに渡していたのだ。このサンプルは人によって微妙に中身が異なるカウンセリング化粧品である。
化粧品の製造元までは秘匿する指示を受けていなかったため、その情報はあっという間に邸内を駆け巡った。そして離れに滞在しているソフィアが商会の会長で、20年物の酒の製造と販売を手掛けていることを知った使用人たちは、勝手にソフィアを『驚異の美魔女』だと思い込んだ。
10代の後半から20代前半くらいにしか見えない容姿のソフィアではあるが、グランチェスター侯爵やエドワードとの会話からは老獪ささえ感じる。また、ソフィアの名義で多くの貴族家に親書を送っていることからも、彼女が見た目通りの年齢ではないことは明らかであった。
もちろんレベッカを間近で見ているグランチェスター家の使用人たちは、妖精との友愛によって若々しい容姿を保ち続ける者が存在することを理解している。だが、そうした実例が身近に存在しているが故に、妖精の恵みを受けるためには多くの魔力を必要とすることを彼らは熟知していた。
それほどの魔力を持つ者は上位貴族であっても極めて稀であり、子爵令嬢に過ぎないレベッカがそれだけの魔力量を持っていることは例外中の例外だと思われていた。だが、実際のところ、オルソン家はアヴァロンでもかなりの旧家である。遡れば祖先には王族や上位貴族も多く、魔力の多い子供の生まれやすい家でもあった。
ここに彼らの思考を妨げる要因があった。サラとソフィアが酷似していることは誰が見ても明らかであり、ソフィアはサラの母方の親戚であろうと使用人たちは考えた。まさかアデリアが他国の旧王族であることなど知るはずもなく、使用人たちはソフィアをアデリアと同じ平民女性だと思っている。つまり、平民に過ぎないソフィアが、貴族でも難しい妖精の恵みを受けられるはずがないということだ。
『ソフィア様がお使いになっている化粧品に若返りの秘密があるのではないかしら』
『おそらく愛飲されているハーブティに優れた薬効があるのよ』
『ソフィア商会はグランチェスター領に専属の錬金術師と薬師を抱えているそうよ。きっと錬金術で若返りの秘薬を錬成しているに違いないわ』
憶測は憶測を呼び、邸内にはソフィアについてのさまざまな噂が飛び交った。また、グランチェスター領から戻ったエドワードとクロエが、以前とは打って変わってサラに好意的であることも噂に拍車をかけていた。
『サラお嬢様の待遇が変わったのは、ソフィア様の後ろ盾のお陰かしら』
『ソフィア商会はグランチェスター家にかなり便宜を図っているはずよ』
いずれの噂も大きく間違ってはいないのだが、微妙にズレているせいでソフィアがどんどん神格化されていく。しかも、肝心のソフィアはエドワードやクロエに用事があるとき以外、商会の従業員や護衛と連れ立って外出してしまうことが多い。食事もほぼ外で済ませてくるため、使用人たちはソフィアと親しくなる効果的な機会を得られていない状況が続いていた。
実はエドワードの側近にも肌を若返らせた者が数名いる。これはサラの魔法による施術ではなく、アメリアが実験的に作成した魔法薬によるものである。アメリアはリヒトの魔法解析の説明を受けるや否やアイデアを思い付き、実験室にリヒトとアリシアを連れて駆け込んだ。そして、液体化した魔力を原料とした魔力回復薬をベースに、肌を再生させるという画期的なポーションを数時間で作り出した。
サラの魔法による施術では、相手の肌の状態を解析するというステップを経て一気に肌の状態を修復する。ところがアメリアの魔法薬は『傷を治す』ポーションのように、使用者の『肌の状態を修復する』というアプローチを試みた。つまり、肌専用のポーションだ。
このポーションを服用すると、本人の治癒力を底上げしてゆっくりと肌が理想的な状態へと修復されていく。魔法のように短時間で劇的に変化するわけではないが、数日かければサラの魔法に近い効果が得られることを、エドワードの側近たちが証明してくれたのである。
もちろん魔法薬なので、完成させるためにはポーションの中に魔法を溶け込ませなければならない。だが、その工程もリヒトが解析した魔法を魔法陣として記述し、その魔法陣を魔石で起動することで解決している。
この魔法薬の完成をサラは非常に楽しみにしているが、『こうした魔法薬はどのような副作用が出るかわかりません。安易に商品化はできないと思ってください』とアメリアに釘を刺されている。現状ではアメリアがすべての工程を管理しなければ品質を保つことができないことから考えても、安易に商品化できるようなものにはなりそうにない。もちろんサラ自身も、商売のために商品の安全性を疎かにすることは絶対にあってはならないと考えており、これからもモニターを増やしていく方針である。
当初は王都邸でもモニターを募集して試してもらうつもりでいたのだが、熱病が流行したことでアメリアやリヒトが自由に使える時間はあっさりと失われてしまった。結果的に魔法薬は少量しか製造できず、数名の男性だけがエドワードのように若い頃の肌のハリを取り戻すことになったのである。
そしてこのポーションには、アメリアも想定していなかった作用が現れた。服用した者の肌が理想的な状態に戻る効果により、『古い傷跡が少しずつ消えていく』ということが明らかになったのである。エドワードの側近の一人は元騎士で、顔に引き攣れたような大きな傷があった。この人物は王都に発つ前日にポーションを服用したが、王都への移動中に傷が跡形もなく消えてしまった。
”全身の”肌の状態が改善するということは、頭皮の状態も改善されるということでもあった。モニターとなった別の側近は、不惑をいくつか過ぎて頭頂部の毛髪が失われていることが悩みであった。しかし、この人物も王都に着くころには、気になっていた部分にふんわりとした産毛が生えていた。
この報告を受けたサラは、この情報が知られるとヤバいことになると即座に判断し、モニター全員に機密保持を徹底するように命じている。だが、知り合いから見れば変化は一目瞭然であり、そう長いこと隠しておくことは難しいだろうとサラは考えていた。
『アメリア……アリシアに負けない才能だわ。この薬で戦争が起きても不思議じゃない』
そもそも自分の魔法チートが原因であることを棚に上げ、サラは深いため息をついた。
当然だが、この肌専用ポーションを製造するには、液状化した魔力、複雑な魔法陣、起動するための魔石、希少な薬草といった高価な材料や道具が不可欠である。いずれにしても貴族が引くレベルで高価な商品になることは間違いない。
クロエたちがドレスの打合せをした日の夜、グランチェスター侯爵、エドワード、クロエ、サラの4人は人払いをした上で、肌の若返りについて対策会議を行っていた。
「サラ、明らかにやり過ぎだ。邸内で私の側近たちが浮いている」
「浮いているのは伯父様も一緒です。私としても、ポーションのモニターになっていただいただけなのですが……」
エドワードからの指摘に、サラも戸惑いを隠せないでいた。
「流石にハゲが治っちゃうのはダメでしょ。お父様も祖父様もふさふさだから気にしないかもしれないけど、国王陛下はあのポーションほしがると思うな」
「クロエ、国王陛下がカツラなのはトップシークレットなんじゃないの?」
「みんな知ってるけど言わないだけよ」
「赤銅色の髪って王室の特徴よね? カツラ用の毛髪ってどうやって準備してるんだろ」
「ブラシをかけるたび、髪箱に取っておくらしいよ」
「それは涙ぐましいね」
「もしかして、王子が髪を長く伸ばしてるのは将来のため?」
「祖父様のためじゃない?」
「肖像画を見るとアンドリュー王子って若い頃の国王陛下にそっくりだよね。ってことは将来ヤバくない?」
「サラ、それまでに薬を実用化して!」
「クロエが王妃になるなら考える」
くすくすと少女たちが笑いを漏らす中で、笑えないのが大人たちであった。
「お前たち、不敬だぞ。それにクロエ、お前は本当に王子妃を目指すつもりなのか?」
「もちろんです。お父様」
「父上も私もお前を王室に嫁がせるつもりは無かったのだが……」
「そうだな。グランチェスターは、子供たちを政略結婚の駒とするほど弱くはない。お前たちには好いた相手と結婚させようと思っていたのだが、敢えて王室に嫁ぐというのか」
「私の好きなお方が王子なのですから仕方ありません」
「ふはは。それは仕方あるまい。だが、相応に厳しい教育も受ける必要があるぞ」
「承知しております」
「ならば良し。お前の父と今後を相談しなさい」
「はい。祖父様」
「クロエ……何も自分から苦労しなくても」
エドワードはクロエを見遣って小さくため息をついた。貴族家として王室との縁組は決して悪い話ではない。しかも、アンドリュー王子は王太子の長男であり、将来は国王になる可能性の高い人物である。だが、その分だけ他家との争いを避けることは難しくなるだろう。
「サラ、このポーションを王室に献上してグランチェスター家の立場を優位にできない?」
「やめた方が良いわ。できたばっかりで副作用もわかっていないのよ。うっかり陛下の体調が悪化したら、反逆罪で一族郎党処刑されちゃう。まぁそうなる前に国王陛下を治療するか、アヴァロン相手に戦争すると思うけど」
「それは大問題ね。やめておくわ」
「だがサラ。これだけの効能を隠しておくのは難しいぞ。私が社交界に顔を出せば当然詮索されるだろうし、被験者になった使用人たちが外出した先で知り合いに会えば、理由を問い質されることだろう」
「そうでしょうね……」
「あら、お父様。問い質されても使用人は魔法の制約で話せないではありませんか」
「確かに言うことも書くこともできない。だが、裏を返せば『グランチェスター家が秘密にしている』ということと同義だ。そうなればグランチェスター家はもちろん、ソフィア商会にも探りを入れられることになるだろうな」
「それは覚悟するしかありませんね。いまさら避けることはできないでしょうから」
「精々我らは若々しい顔を社交界に晒し、グランチェスター家やソフィア商会に味方すれば良いこともあると思わせるしかないな」
「あまり露骨にされると敵を作りそうです」
「この顔のインパクトが凄いからな。いまさら露骨にするなと言われても難しいだろう」
「なんなら戻します?」
「お断りだ。リズが気に入っているんだよ」
結局のところ、ソフィア商会に探りを入れられるのも時間の問題であった。なお、ジャスミンドレスのお茶会が開催される日、エドワードは王宮に参内することになっている。
「国王陛下が若返りについて御下問された場合、どのようにお答えすれば良いのか……」
「光属性と水属性の複合魔法と正直にお答えになるべきでしょうね」
すると、グランチェスター侯爵が厳しい表情を浮かべてサラに問いかけた。
「陛下が若返りの施術をせよと命を下された場合、お前は如何にする?」
「もちろん施術しに参内いたします」
「お前の能力を明らかにするつもりか?」
「老婆に姿を変えようと思っています。ソフィア商会とは縁のある外国の魔法使いとでも申し上げてくださいませ。ソフィアも連れて行けば、容姿の類似性に国王陛下もお気付きになるでしょう」
「なんとも雑な方法だな。身元を問い質されると思うが」
「フローレンスの人里離れた山奥とでも答えましょう。どうせソフィアのことは既に調べられているはずですから問題ありません」
「ソフィアの身分を作ったのはロバートだったはずだが、その後に記録を操作したようだな」
「ジェノアやフローレンスでもちょっと細工してますから、違和感を持たれることは無いでしょう。そう簡単には尻尾をつかまれないはずです」
「なんとも念の入ったことだ」
グランチェスター侯爵は呆れたような表情を浮かべ、ソファの背もたれにどっかりと寄り掛かった。
「そういえば伯父様。肌の若返りについて御下問された際は、人払いをお願いして国王陛下あるいは王妃殿下にのみお答えください」
「人払いを願った瞬間から、他家は我らに秘密があると騒ぎ立てるぞ」
「魔法での施術を疑うよりも、ソフィア商会の商品を疑う人の方が多いはずです」
「お前は陛下をソフィア商会の宣伝に使うつもりか!」
「まさかそんな! 勝手に想像する方々のことなんて知りません。ただ、翌日の話題の中心がジャスミンドレスの新作になるのか、ソフィア商会の商品の噂になるのかがとても楽しみだというだけです」
サラは首を少しだけ横に傾げ、可愛らしい微笑みを浮かべている。その瞳にはまったく陰りや曇りがなく、邪気のない純粋な子供の笑顔に見える。
「お前のその作り笑顔は本当に怖い。どれだけの大人が騙されるんだろうな」
「人聞きの悪い。ただ微笑んでいるだけではありませんか。とにかく、隠しておけないのなら堂々とする。ただし、限られた人にだけ特別感を出すことを忘れずにってことです」
「だが争いを生むかもしれん」
「それまでには、なんとか魔法薬を安定して供給できるようにしなければなりませんね」
「サラのやることは頭の痛いことばかりだ」
エドワードがぐちぐちと文句を言い始めたため、サラは久しぶりに空間収納から1ダル銅貨を取り出し、指先で弾いてエドワードの額にびたんとぶつけた。
「あだっ!」
「そもそも伯父様の肌を若返らせた時に、こうなることは予想できてたはずです。文句があるなら元に戻しますよ。それに、首まで借金漬けなんですからきっちり働いてくださいませ。その行動で貴族たちがソフィア商会にお金を落とすんですからね」
「痛いじゃないか。ちゃんと働くから、その分だけ借金減らさないかい?」
「クロエのドレスやアクセサリーの代金を実費で払ってくれるなら構いませんよ」
「お父様、絶対ダメ!」
「私はどちらでもいいので、親子で話し合って決めてください。お肌に悪いので、そろそろ私は寝ますね。あ、私が退室したら盗聴防止の魔法は切れますから、会話の内容には気を付けてくださいね」
それだけ言い残してサラは自室へと引き上げた。明日はソフィアとして精力的に動かなければならない日であり、いつもより早めにベッドに入った。
『まずはゆっくり休んで、英気を養っておこう。何しろ明日は王都の商業ギルドとアールバラ公爵家に行かなきゃいけないし』
どうやら日中の衣装合わせで疲弊していたらしく、ベッドに入って目を閉じた途端に、サラは深い眠りについた。その様子を見に来た妖精たちは、気持ちよさそうに眠るサラを見つめてにっこりと微笑み、その寝顔にキラキラとした金色の粒を降り注いだ。
「おやすみサラ。いい夢を」