作品タイトル不明
Shoot for the moon. - SIDE スコット -
初めて会った時の印象は、『うわ、すげー美少女だな』だったことを今でも覚えている。
少しだけウェーブのかかった銀の髪と宝石みたいな瞳が特徴的なサラは、まるで人形が歩いているのかと思うくらい完璧な造形の子供だった。
「はじめまして。サラ・グランチェスターです」
サラの優雅なカーテシーに応えるように僕はボウアンドスクレープを返し、少し大袈裟かなと思いつつもサラの手を取って手の甲にキスをした。今思えば幼い姿に似つかわしくない静謐な雰囲気を持つサラを年相応に動揺させたかったのだろう。
だけど、そんな僕の軽薄な期待をサラはあっさりと裏切った。何ら動揺を見せることなく、ふわりと僕に微笑んだのだ。
「どうかサラと呼んでください」
親し気な態度で僕に名前呼びを許してくれた瞬間、僕の心臓が勝手にドクリと跳ね、胃のあたりがソワソワと不思議な感覚に包まれた。そんな僕の態度に父上はすぐに気付き、ニヤニヤと笑いながら僕を 揶揄(からか) った。だが、この時点では、まだ恋に落ちたわけではなかったと思う。
その後、新しく出来た弟に”ブレイズ”という名前が付けられたことを報告したサラは、慈愛に満ちた笑顔でブレイズに接していた。サラの方が年下のはずだが、年齢の割に小柄なブレイズがサラを姉のように慕っているように見えた。その様子はとても好ましく、『穏やかな性格の女の子なんだな』と僕は盛大に勘違いした。
僕のそんな思い込みを吹き飛ばすように、手合わせをしたサラはとんでもなく強かった。初めて剣を握ったと聞いていたが、彼女は剣を持って生まれてきたかのように華麗に舞った。彼女の体力が尽きなければ、地面に倒れ込んだのはきっと僕だっただろう。同世代で負け知らずだった僕のプライドをあっさりと粉々にしてくれたのだ。
僕は舞い踊るサラと対峙したことで、はっきりと自分が恋に落ちたことを自覚した。普段のサラは凪いだ湖面に映る月のように静謐で美しいが、闘うサラは流れる水のように動き、隙を見せた瞬間に激流となって一気に襲い掛かってくる。途切れることなく、停滞することなく、形を変えて常に動く水のような剣筋であった。
そこからはただひたすらに、サラという存在に堕ちていくことしかできなかった。
初めて会った時から頭の良い子だとは思っていたが、一緒に机を並べるようになると、自分の不甲斐なさを思い知らされた。サラの言葉に毎回打ちのめされ、どれだけ自分がサラを欲しても、手の届かない場所にいるような気になった。そして、トマス先生がサラに好意を持っていることを知り、サラとトマス先生の間でしか理解されない会話をしているのを見るたびに焦燥感に苛まれた。
ソフィアの正体を知ったことで、ダニエルさんやブレイズというライバルも増えた。僕の見えないところでも、サラを好きなヤツはいっぱいいるのだろう。
正直なところ、僕はトマス先生やダニエルさんよりもブレイズの方が怖い。サラと年が近く、魔法の才能があり、頭も良い。おまけに剣術のセンスまである。このまま鍛えれば、そこらの騎士では太刀打ちできないレベルになるに違いない。
何よりブレイズにはノアールがいて、サラと同じ時を生きていけるのだ。僕にも妖精の友人はいるが、魔力が足りないせいでまだ名付けができていない。僕は日々魔力を枯渇寸前まで追い込み、魔力回復のハーブティを飲んで眠っている。その成果は確実に上がっており、特に最近は身体の成長に伴って増大する幅も広がっているように感じている。おそらく近い将来、妖精の友人に名付けができるだろう。
サラが前世の記憶を持つ転生者であるという事実は、かえって僕を安心させることに繋がった。年齢を重ねて自分も大人になれば、今感じている精神的な差異を埋められるだろうと思えるからだ。もちろん、サラがとても優秀であることは理解している。僕がどれだけ頑張っても、頭の方は追い付くのは難しいだろうが、それは並び立つための努力を怠る理由にはならない。
だが、またしても僕は自分が酷く暢気であったことを思い知らされた。今のサラは8歳でまだまだ時間はたくさんあると思い込んでいた。たびたびソフィアになることは理解していても、実年齢は8歳なのだからと安心していたように思う。
そんな浅はかな僕の考えをサラは華麗に飛び越えた。いや、今回は僕の自業自得かもしれない。13歳の姿をしたサラとデートしたいなどと思いついてしまったせいで、僕は再び彼女への恋心に打ちのめされることになった。
大人とも子供ともつかない思春期特有の危うげな容姿を持つサラは、髪を染めてもその他大勢に紛れ込むことなど不可能な程に美しい。近くに寄るだけで、ふわりと漂う彼女の甘い香りにくらくらする。もはや恋などという綺麗な物ではなく、邪な欲望に支配されて暴走しそうになる。今の僕はアダムを責められるほど清廉潔白ではない。そのことは自分でもよくわかっている。
僕は気が付いてしまった。アカデミーを卒業するには最短でも3年かかる。騎士科の平均在籍年数は約5年だ。これは演習などが多いことが原因である。つまり、僕が暢気にアカデミーに通っている間に、サラは成長して目の前にいるような魅力的な美少女になってしまうということだ。有象無象の男たちがサラを狙うようになるに違いない。そして、僕のように欲望に満ちた眼差しで彼女を見ることになるだろう。
しかも、これから彼女はソフィアとしてアヴァロン国内を仕事で飛び回ることになる。もしかしなくとも、この国を飛び出してロイセンを始めとする外国にも行くだろう。このまま何もしなければ、あっという間に僕は単なる再従兄の幼馴染というだけの存在になってしまうはずだ。これほど魅力的なサラを相手に、最初から余裕などあるはずもなかった。
だから僕は決めた。もう待たない、と。ほしいなら全力で勝ち取るしかない。他人の目にはどれだけ愚かに見えるとしても、足掻けるだけ足掻こう。こればっかりは ブレイズ(可愛い弟) にも譲れない。
ディムナに揺られて屋敷に帰りつくまでの間、僕は夜空を見上げて愛しい月に想いを馳せる。
「僕は本気で月を狙うよ。それが困難な道のりであっても」
この激しい衝動がどこに向かうのかは僕自身にもわからない。